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講義終了のチャイムが鳴った瞬間、悠翔は席を立てなかった。
背中に無数の視線が貼りついていた。
皮膚の裏側までじわじわ染み込んでくるような、目という名の刃。
そのどれもが、名前を呼ぶことはない。だが、彼を指している。
「ほんとに本人なのかな」
「でもあの表情、作れないよね。てか、身体……やばかった」
「兄貴って、あの先生じゃね? うわ、やっべ……」
「つーか、もっと出してほしい。顔とか、アングル変えて」
「てかあれ、まだ“前座”って感じだし」
語られているのは自分の身体だった。
笑われているのは、自分の崩れた表情だった。
悠翔はうつむいたまま、ゆっくりと教室を出る。
背後で、わずかに起きた拍手の音。誰が手を叩いたのかはわからない。
だがそれは明らかに、講義の内容に対してではなかった。
廊下を歩くと、スマホを掲げる数人の姿があった。
表向きは通話のふり。あるいは、写真を撮るふり。
だが、悠翔が通り過ぎると同時に、わずかに角度が変わる。
まるで動物園の檻の中にいるようだった。
自分が“見せ物”であることを、誰一人として隠そうとしない世界。
非常階段の踊り場にたどり着いて、ようやく壁にもたれかかる。
視界がにじんでいた。光の強さではない。自分の内側から焼けるような感覚。
そのとき、ポケットのスマホが震えた。
——新しい動画が出た。
見ずに済ませたかった。
だが、蓮翔の言葉が脳内で反響する。
「“今の”おまえも、撮らせてよ」
指が勝手に動いて、画面を開いた。
そこには、「3:17AM」というタイトルとともに、数秒の映像が表示されていた。
画面の中の自分は、明らかに“見せたくない顔”をしていた。
汗と涙と羞恥とが混ざった顔。音はなかった。
だが、唇の動きから誰もが察するだろう。
「やめて……兄ちゃん……お願い、もうやめて……」
映像の最後、画面が暗転する直前に、蓮翔の声だけが入っていた。
「ね、こういう顔のほうが、バズるって」
「もう逃げられないんだよ、おまえ」
心の中で、蓮翔の声が、陽翔の講義と重なっていた。
そしてその背後に、無言の蒼翔のまなざしが貼りついている。