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「え・・・え~と・・・今週末でしょ?無理よ!

そんな急じゃ彼が行けるとは思えないわ!」





早口でそう答えたが、この言い訳は自分の耳にも真実みに欠けて聞こえた





「彼の様なビジネス界の大物がどんなに忙しいかお母さんは想像がつかないのよ!」




『ええ!つきませんとも!』





母親はいつになく引き下がらなかった






『たしか、 お父さんの50歳の誕生日には、国際金融ディーラーの五十嵐さんはニューヨークに居て、お正月にはオーストラリアに飛んでいたし、ゴールデンウィークにはあなたを連れてパリに行っていたし、先月母さんと麻美が揃ってあなたのいる大阪に行った時にはずっと九州に出張中だったわよね!


正直言ってね、くるみ!

あなたが誠君と別れてからずっと尼さんみたいな生活をしているのを見て、ついに素敵な男性とお付き合いし出したと聞いた時は、家中大喜びしたものよ!


しかしいつまでもあなたの彼の五十嵐さんを会わせてくれないものだからひょっとして、あなたは彼に遊ばれているのではないかとても心配しているのよ』





「お母さん、決してそんなことはないわ!」


 




母はくるみを無視して話し続けた、何せ半年にも渡ってたまった怒りがとうとう爆発した感じだ




『あなたのお金持ちの五十嵐さんが、お父さんの半分でも親切で思いやりがあったらと思うわ


半年もお付き合いをしていて一度も恋人の家族に会わないなんて、もし彼があなたと真剣なお付き合いをしているなら、来週自分の愛しい彼女の妹の結婚式にはあなたと一緒に出席したいと思うでしょうよ。自分のスケジュールを変更してでもね、麻美はあなたのたった一人の妹なのよ?


それに誠君はこれからの

お父さんを支えてくれるお医者様になるばかりでなく、過去に色々あったかもしれないけど、あなたとは身内になるのよ!


毎月家族の結婚式があるわけじゃなし、くるみ・・・少しはお母さんを安心させてちょうだい』





「お母さん、ほんとに、まったくの誤解だわ!」






『そりゃうちのお父さんは五十嵐さんほど億万長者ではないかもしれないわ、国際金融業などの華々しいお仕事でもないわ!


でもね!

もし五十嵐さんが私達をただの田舎の小さな病院の医者の一族だとバカにしてる様なら・・・自分がわざわざ会う価値もないような恋人の家族だと鼻にもかけていない様なら、大間違いだと分からせてあげようとお母さんは思っているのよ』







くるみはやっと母のマシンガントークに口を挟んだ

五十嵐渉が家族に全く姿を見せない理由を

母はすっかり誤解している





「絶対彼は私の家族をそんな風に思っていないわ、渉さんはとても思いやりのある人よ」





くるみは急いで言った



「私の家族に会いたいといつも言ってくれるし、私だってそうしたいわ、でも、彼のスケジュールは・・・その・・・異常なのよ!国際金融ディーラーは常に1分1秒を争っているの、だから今までのところ実現していないだけで・・・・」




「それなら、妹の結婚式には実現するようにして!私達を愛しているならね!」





いつも優しい娘思いの母でも今度ばかりはくるみの意見を聞こうとしなかった



母のきつい口調には涙声が混じり、くるみは罪悪感に心を痛めた







「わかったわ・・・渉さんが行けるように努力するわ・・・でも、 確約はできないの・・・期待しないでね」





『都合よくインフルエンザに罹ったなんて言わないでって言っておいてね!どうぞ連れてきてくれたらお父さんが診察するでしょう!』ガチャ!







シン・・・・と耳鳴りがして電話は切れた


立ち上がっていたクルミはどさっと椅子に座り

どっと涙を流すか、さもなければ大笑いするかどっちか決めかねていた




半年前・・・・・





母に詰め寄られて咄嗟に思いついた



「国際金融ディーラーの五十嵐渉さん」



はくるみの架空の恋人だった





でっちあげの恋人・・・

軽い気持ちでついた嘘・・・

まさかそれがこんなにも自分を苦しめるなんて・・・




ため息をつきながら帰り支度をし、ゆるくシニヨンにまとめた髪をほどいて

小型のヘアアイロンで型がついた髪を整える


ファー素材の襟が付いたコートを羽織る、外見は正常なのに心の中はズタズタだった





最後に誰もいないオフィスの自分のデスクの写真立てを両手で持ち上げて、ポツリと呟く






「杏奈先輩・・・・ 」






写真立てに映っているのはくるみが尊敬する秘書科主任だった


二人でこのオフィスを背景に仲良く笑顔をこっちに向けている






―姫野杏奈―





今はこのディアマンテ海運の代表の妻・・・「阿部杏奈さん」だ





くるみの先輩の杏奈先輩は本当に5年前に、ここの秘書課に来て右も左もわからない自分に、親身になって立派な秘書になれるように指導してもらった





そして・・・ディアマンテ海運の創始者であり今は名誉会長の「阿部大和」会長に見初められて結婚した



あの盛大な結婚式は忘れられない。杏奈先輩は自分が人生で見て来た花嫁の誰よりも豪華で美しかった






しかし・・・・あの当時の杏奈先輩は必ずしも

阿部会長を愛していたわけではなかった



あれは婚約者に裏切られ傷ついた杏奈先輩と会長の偽装婚だった





それでもあの二人は運命の様に惹かれ合い、結婚して今では会長の所有する島で4人の子供と幸せに暮らしている






くるみは大きくため息をついて写真立てをデスクに置いた






私とは大違い・・・・







こんなに落ち込んでいる時にも、くるみは1階の受付にいる守衛さんに笑顔で挨拶をし、木枯らしの吹く夜の街に出てトボトボ歩き出す




誠の事は今でも心に引っかかっている、彼が浮気をしていたのは知っていた、浮気がバレた時に謝ってくれたし、これから二度としないと泣いて誓ってくれた




彼の事は好きだったし一度は許そうと思ったが

やはり傷ついた心は正直で、彼と手を繋ぐのさえも触れられるのも無理になってしまった





彼は償いをさせてくれと言った




もう一度友達から始めたいとも言った、しかし二人の間には恋人の愛を裏切ったと言う事実が常にあり・・・とうとうくるみはその重苦しさから

彼を避けるようになった・・・・






それから両親には大反対されたが、医大ではなく秘書専門学校を進路に選んだ。都会で独り暮らしをし、立派にやっている所を家族に認めてもらいたかった





とぼとぼアスファルトを歩く帰り道

またため息が漏れた





私は家族にとんでもない嘘をついている・・・・






あれはちょうど半年前、咄嗟にうるさい母に誰か良い人はいないのかと言われ、恋人がいるとついた嘘がここまで自分を苦しめる事になるとは





突然来週、私の恋人の国際金融ディーラーの

「五十嵐渉」(30歳)が必要になった






ああ・・・そもそもどうして架空の恋人がそんな

仕事をしている事にしてしまったのかしら・・・・





医者の家系のうちの家族なら金融の事など全く知らないはず・・・なのでクルミは二人の恋を(架空だけど)干渉して欲しくなかった




しかしひとつついた嘘はどんどんその嘘を上塗りしていき、五十嵐渉は日本人で背が高く、黒髪で、詳しくは彼の容姿を明かさないようにしていたけど




母の裁判官のような追跡にポロポロ嘘をこぼしていくうちに、完璧なくるみのスーパー国際金融ディーラーの素敵な恋人


「五十嵐渉」


が出来上がってしまっていたのだ





今は昔の浮気で破局した恋人が妹と結婚するのを悩むべきか、母親が「五十嵐渉」を連れて来いと言うのを悩むべきか、それさえ悩んでしまうのだ




どうしてそんな「いかにも」な名前にしてしまったのだろう






会社から家までの帰り道・・・・



いつも立ち寄る素敵な韓国カフェの前にまで来た

今夜は自炊する気にならない、ここで一人ディナーをして帰ろう





カランカランと鐘を鳴らし、おしゃれなウッド調のドアを開けると



入口に焼きたてのパンがバスケットに入って所狭しと並んでいる、クンクンとくるみは鼻を鳴らし、香ばしくて、美味しそうな匂いを肺一杯に吸った




少しだけ気分が良くなった





トングとトレーを持ち、焼きたてのパンを2つ選んで



あとは・・・この店の奥のカフェで美味しいスパゲティを頼もうと思った




クルミは端の棚のほとんど空のケースを探った、最後の一つの大好きなラズベリータルトをトングで挟みトレーに乗せた






「おっと、それは売却済みだよ!

くるちゃん譲ってよ」







その時陽気な男性の声がくるみの思考に割って入ってきた




「僕はラズベリータルトの事だけを考えてこの五キロを走って来たんだよ」





クルミは目の前の男性を見てクスクス笑った





「仕方がないわね!今夜は譲ってあげる!洋平君!」





くるみはラズベリータルトをトングで挟んで

目の前のジョギングをしてきたばかりの

ご近所さんの男性のトレーに乗せてあげた






「ありがとう!」






爽やかな笑顔とその男性の胸の筋肉に張りつくトレーニングウェアに、少しドキッとしたけどくるみは何でもない顔をした





「最近このカフェで会ってなかったよね?今日は走っていたの?」






くるみが微笑んで自分と同じカフェの常連さんに聞く




背が高く日に焼けて、鍛え上げた体が見事な彼は

数か月前もここでパンを取り合い・・・そして嗜好品が似ている二人は同じパンを譲り合った





彼は洋平と名乗り、ちょうどこのカフェの隣の

タワーマンションに住んでいると言った






「またジョギング?いつもそんなに走ってるのね、道路に穴が開いちゃいそう!でも走るのには良い季節よね」




洋平は首に巻いたタオルで喉を拭きながらクルミに微笑んだ






「確かにそうだね、風が気持ち良いよ、でもこの店のタルトを食べ続けているのに走るのをやめたらどんなことになるか、クリーニング屋でズボンが縮んだフリばかりもしていられないからね」




「そうかしら、去年このお店であなたを見かけた頃からちっとも太ってなんかないわよ?」



ハハッ

「それじゃ、僕の努力が報われてるんだな」




クルミは彼とここでの軽い会話が好きだった



それは日によって違い、お天気の話だったり、駅前のタコ焼き屋の話だったり




いつもこの店に寄り道して帰るくるみと

彼のジョギングルートの終点がここだった


私の偽装婚約者は億万長者

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