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取引を優位に進めるにはしっかりとした事前準備が必須だと、先生は俺とレオン様にいくつかの指示を出した。特にレオン様の協力は不可欠との事で、こちらは念入りに打ち合わせをしなくてはならないという。
「まずは……レオンが飼ってる鳥がいるだろ。あいつはメーアレクトのいるリオラドまで手紙を運ぶことは可能か?」
「エリスですね。可能ですよ。彼が顔と名前を覚えている人物で、居場所が王都内であるのなら問題なく飛んでくれますから。対象を具体的に言うならメーアレクト様の他には俺の両親と『とまり木』の隊員……あとはクレハです。いずれはその中にルーイ先生も加えるつもりでいます」
「そりゃ凄い。飼い主に似て賢いな」
褒められて照れ臭くなったのか、レオン様は視線を横に逸らした。エリスはレオン様によく似ている。クレハ様のことが大好きなところなんかもそっくりだった。
「あの……先生。メーアレクト様にどのような用向きなのか伺っても?」
本来なら人間同士の揉め事に神を介入させるのは難しいと聞いた。グレッグが起こした事件が例外だったのだ。奴は島内で魔法を使ったことにより、神たちの間で結ばれている決まりを犯した。結果グレッグはシエルレクトによる制裁を受けるに至った……
先生はメーアレクト様に更なる協力を仰ごうとしているのだろうか。ニュアージュの二人組との取引もグレッグ関連といえばそうなのだが……あまり神の存在をあてにするなと言ったのも先生だった。それなのに彼自身は我々への助力を惜しまない。先ほども冗談めかしてではあったけど、自分を利用しろだなんてのたまう始末。矛盾しているように感じる。まさか先生はご自身を『神』の中に含めていないのか。魔法が使えないからといって、そうはならないだろう。
先生が味方であるのは本当に頼もしく、ありがたいと思っているが、俺たちのために神のルールを破るなど無茶な真似だけは決してしないで欲しかった。
「セディ、心配しなくても大丈夫。俺は今の自分に出来る範囲での手助けをするだけだよ。メーアにはお使いを頼みたくてね」
「お使い……ですか?」
「そう。お前たちに迷惑がかからないようにね。後から苦情が来ると面倒だからさ。連絡だけはしておかないと……」
これだけでは何のことやらさっぱりだが、やはり先生のやりたいことには他の神たちも関わってくるようだ。
「セディはペンと便箋を準備してくれるかな」
「は、はい」
「レオンもエリスを呼んでおいてね。書いた手紙をすぐに送れるように……」
期待半分、不安半分……もう少し踏み込んだ話をしたかったが、詳しいことはメーアレクト様に送る手紙の返事が返ってきてからだと、先生はそれ以上語ることはなかった。レオン様は俺と先生のやり取りを黙って見守っていた。取引の詳細が教えて貰えなかったせいだろう、表情はどこか不満そうに見える。それでも先生の指示に従って粛々と準備に取り掛かったのだ。
俺たちは先生の強い押しに負けて、彼の願いを承諾した。カレンとノアから情報を引き出すための取引が先生主導で行われる。
もう決まったことなので今更どうこう言うつもりはない。先生の身を案じる気持ちは変わらないけれど、上手くまとめると断言したあの方の言葉を信じようと思う。
それでも万が一、カレンとノアが取引に応じなかったり……あまつさえ、先生とレオン様に危害を加えようとしたらその時は――――
もう手加減は一切しない。その場で切り捨ててやる。俺は『とまり木』の隊長だ。レオン様と先生を護ることだけを考えていればいいのだ。
「お父様どうですか?」
「とても美味しいよ」
「良かった……!! メニューはお父様のお好きな物にしようって、オーバンさんと相談して決めたんですよ。たくさん食べて下さいね」
テーブルの上を彩る美しい花にお気に入りの料理。憔悴したお父様を少しでも元気づけてあげたくて準備したのだ。
お父様は私の昼食の誘いに応じてくれた。ゆっくりではあるが料理を口に運んでいる姿を見て安心する。
私が王宮に滞在していたのはおよそふた月。その間にお父様の見た目がかなり変わってしまった。痩せて……表情も暗く落ち込んでいる。食事を取らなくなる日も多くなり、料理長のオーバンさんの頭を悩ませていた。お父様がこのようになってしまった原因は分かっている。精神的な問題であるので解決するのが難しいことも。
「ソースがとっても美味しいです。さっぱりしてて食べやすくて……蒸し鶏のレモンソースがけは私も好きな料理なんですよ」
娘に誘われたらお父様は断ることができないらしい。ズルいやり方なのは分かっているけど、食事だけは取って頂かないとますます体が弱ってしまう。
これからしばらくはお父様と共に食事をすることにした。決まった時間に少しだけでもいい。食事をする習慣自体が薄れてしまわないように注意しないと……
「クレハ……気を使わせてしまってすまない」
「そんなことありません。久しぶりにお父様と食事ができて嬉しいです。夕食も一緒に食べましょうね」
「子供のお前にまで励まされて情けない。クレハにも大変な思いをさせてしまったね」
「お父様……」
フィオナ姉様のことでただでさえ気落ちして弱っているのに……そんなお父様を追い詰めるように屋敷内で事件が発生してしまった。レオンたちが解決してくれるだろうけど、どうして悪い出来事というのは続けざまに起きてしまうのか。
「私は大丈夫です。手紙にも書きましたが、王宮ではみんな親切にしてくれました。レオン殿下は私をとても大切にしてくれています」
レオンとの関係を報告するのはまだ気恥ずかしいけれど、大事にして貰っていると伝えれば安心するはずだ。これ以上お父様の悩みの種を増やしてはいけない。
「……ジェラール陛下からも聞いているよ。殿下は暇さえあればクレハの側に行って離れないとね」
「えっ、は? 陛下が……お父様にそんなことを?」
「ああ、でもやっぱりクレハ本人から直接話を聞きたいな。王宮で殿下とどのように過ごしていたのか、お父様に教えてくれるかな」
「え、えーと……はい」
お父様の気を少しでも楽にしようと思っただけなのに……もしかして自分は墓穴を掘ってしまったのかもしれない。