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(ダメだ……これ以上聞いたら、今ここで『俺がキッドだ』ってバラして抱きついちゃうだろ……!)
机の木目に顔を押し付け、快斗は必死に息を整えようとした。しかし、ドクドクと暴れる鼓動は一向に収まらない。
「おい、黒羽? 大丈夫かよ」
椅子のきしむ音がして、新一の気配がすぐ近くに近づく。新一は机に突っ伏した快斗の頭に、そっと手を置いた。おでこに触れようとしたその手のひらが、快斗の髪を優しく撫でるような形になる。
「……なぁ、黒羽」
新一の声が、さっきよりも少しだけ低く、トーンを落としたものに変わった。
「お前、さっき『キッドが黒羽快斗みたいな普通の奴になったら』って言ったよな」
「……っ」
快斗の背中がびくりと跳ねる。
「仮定の話にしては、具体的すぎるだろ。……お前さ、自分が手品師だからって、あいつにシンパシーでも感じてんのか?」
新一の手が、快斗の耳の裏から首筋へとゆっくり滑り落ちる。その冷たい指先が触れた瞬間、快斗はゾクッと全身を震わせた。顔を上げられない快斗の耳元で、新一の囁くような声が続く。
「泥棒じゃなくなったら、なんて言ったけどさ。……本当は、あいつが泥棒のままだって構わねぇんだよ」
「……え?」
快斗は思わず顔を上げた。目の前にいた新一は、夕日を背に受けて表情が影になり、その瞳だけが真剣に光っていた。
「あいつが夜の闇に紛れて、どれだけ世界を騙そうが、俺の前に現れる時はいつも本気だ。言葉を交わさなくても、トランプ銃の軌道や、シルクハットの奥の視線で、あいつが俺を試してるのが分かる。……あいつといる時の俺は、探偵としての脳細胞をフル回転させなきゃ追いつかねぇ。それが、たまらなく心地いいんだ」
新一はふっと、どこか切なげで、けれど熱い笑みを浮かべた。快斗のブレザーの襟元に指をかけ、ぐい、と自分の方へと引き寄せる。二人の鼻先が触れ合いそうなほど、距離が縮まった。
「もし、あいつの正体が……世界中の誰も知らないような、どこにでもいる普通の男だったとしてもさ。俺はあいつを犯罪者としてしか見られない自分が、たまに酷くもどかしくなるんだよ」
「工藤……お前、それ……」
快斗の喉が、完全に干上がった。新一の目はあまりにも真っ直ぐで、あまりにもピュアだった。そう、この名探偵は、目の前にいる同級生の黒羽快斗がキッドだなんて、これっぽっちも、1ミリも気づいていない。気づいていないからこそ、自分の胸の奥にある「宿敵(キッド)への狂おしいほどの執着」を、一番気心の知れた友人である快斗にだけ、無防備に全開でさらけ出しているのだ。
「あいつを捕まえるのは、探偵としての義務だ。だけど……」
新一は引き寄せていた快斗の襟から手を離すと、その細い指先で、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。
「もしあいつを捕まえて、その仮面を剥ぎ取った後……あいつが泥棒という肩書きを失くしたその時は。俺の生涯の『パートナー』として、一生俺の隣に繋ぎ止めておきたい。……そう思っちまうくらいには、俺、あいつにイカれてるのかもな」
新一は自嘲気味にそう言って、照れ隠しにふいっと顔を背けた。自分がどれだけ残酷で、どれだけ甘い拷問を快斗に与えているか、本気で分かっていない顔だった。
キッドとしての自分に向けられた、あまりにも重く、あまりにも純粋な独占欲の告白。黒羽快斗としての理性が、その瞬間、完全に消し飛んだ。
「――っ、もう無理、降伏!!」
快斗は新一の細い手首をガシッと掴むと、そのまま勢いよく、新一の体を自分の胸の中へと激しく抱きすくめた。
「うわっ!? おい黒羽、何すんだよ!?」
突然の強い力に驚いた新一が快斗の胸の中で暴れるが、快斗はそれを許さず、壊れ物を扱うように、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて、その細い体を腕の中に閉じ込める。
(ダメだ、これ以上格好つけてられるか……! 目の前に本人がいるのに、他の男の語りをするみたいに俺への愛を囁くなんて、どんな生殺しだよ……!)
「く、黒羽……? 苦し、離せって……!」
「離さない。……お前がそんなこと言うから、頭おかしくなりそうなんだよ」
新一の首筋に顔を埋めながら、快斗は心の中で叫んでいた。
――絶対に捕まってやるよ、名探偵。ただし、その仮面を剥ぎ取った瞬間、俺がお前を一生離さねぇからな。
コメント
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いやもう、最高でした……!新一が目の前の快斗こそキッドだと知らずに、あんな重くてピュアな独占欲を隣の席でぶちまけるとか、読んでるこっちの胸が痛いほど切ないし甘い。最後の快斗の「離さない」と「捕まってやる」の裏返し宣言、痺れました。この二人の距離感と気づかれなさがたまらない回でした!