「私はカシスオレンジで。先輩は?」
「私も。同じでお願いします」
ああ、手に汗をかいてしまう。
「こんばんは!ホストクラブ、来るの初めてなんだって?」
今度は、違うお兄さんだ。
「はいっ、そうなんです。だからよくわからなくて」
華ちゃんがいつもと違う声色で話している。
そして嘘だ。華ちゃんは初めてじゃない。
「そうなんだね。怖いところじゃないから安心してね。説明すると、うちのお店は、初回は三人までテーブルに呼べる人を選べるんだ。ここから選んでくれる?」
そう言うと、ホストさんはメニュー表みたいなものを出してくれた。
ここに在籍しているホストさんたちの写真の一覧らしい。
この写真の中から話してみたいホストさんを選べっていうこと?
写真だけじゃ内面なんてわからないから、好きな容姿の人を選べってことなのかな。
「ただ、やっぱり人気な人は指名が入っちゃうことが多いから、ゆっくり話ができないかも。だから新人ホストとかが狙い目だよ?俺みたいな」
子どものようにニコッと彼は笑っている。
「とくに、今日は大人気の|流星《りゅうせい》さんは何本も予約入っているみたいだった。あと、|春人《はると》さんも難しいかもね」
流星さんに、春人さんか。
あ、この人だ。渡された写真を見る。
うん、かっこ良いな。
まるで、ゲームに出てくるキャラクターみたい。
春人さんって人は、可愛い系なのかな。流星さんはキリっとしているけど、春人さんはフワッとしている雰囲気。写真でしかわからないけれど。
「えー。そうなんですか?私、流星さんも春人さんも見て見たかったのに」
「選んだら、少しは来てくれると思うけど……」
華ちゃんが悔しがっている。私は話してみたい人はいないし、華ちゃんに任せよう。
「私、誰でもいいから。華ちゃん、私の分まで好きな人選んでいいよ」
ボソッと小声で伝えた。
「わかりました。ありがとうございます」
わーい、どうしようかなっとページをめくっている。
華ちゃん、嬉しそうだ。
二人で来ていることもあり、次々とホストさんが回ってきてくれる。
順番で回る仕組みなのかな?
「私たちは初回だから、指名しなくても空いているホストさんは挨拶に来てくれるはずです。次から指名を取りたいから」
ホストさんの入れ替えのタイミングで華ちゃんがミニ情報を伝えてくれた。
テーブルに来てくれたホストさんと話をする。
もちろん、華ちゃんが写真で選んだ人も来てくれた。
華ちゃんと、私、別々に話をする時もある。ほとんどの人が名刺を渡してくれ、連絡先も交換しようと言われて、何人かと交換した。
名刺、渡してくれるけど、誰が誰だかわからないよ。名前だって覚えていられない。
「えー。そんなことがあったの?それは辛かったね」
何を話していいのかわからないけれど、私が無言になっても、ホストさんたちが話しかけてくれる。だけど、どこまで話していいのかわからず、緊張が解けない。
あれ。私、今、何杯目だっけ?華ちゃんと同じペースで飲んでいるかもしれない。
「こんな可愛い姫なのに。酷いね。別れて良かったよ」
話す内容は、ほとんど私の失恋話だ。私たちのテーブルは、私を慰める会みたいな感じになっている。
「ねー、先輩。ホントですよ!別れて良かったと思いますよ!」
別れて良かったと言われるたびに、救われる気がする。尊に未練なんてないはずなのに。
「そうですよね!あんなやつ!」
ああ、気分が高揚する。身体が熱い。
こんなに飲んだのは、久しぶりかも。話しているからか喉が渇き、カクテルをグラス半分まで一気に飲んでしまった。
やばい。酔ってきたかも。
「先輩、無理しないでくださいね!お酒弱いんだから!」
そうだ、セーブしなきゃ。
お店の雰囲気とみんなが優しいから、ついついペースが乱れてしまう。
そこへ
「初めまして。いいかな、座っても?|皐月 春人《さつき はると》です。選んでくれてありがとうね」
華ちゃんが写真で指名した人だ。一番最初のホストさんが教えてくれた、人気ホストの春人さん。
春人さんが私の隣に座ったため、チラッと春人さんを見ると、写真通りだった。可愛い顔をしている。少しだけ丸顔で、雰囲気も柔らかい感じだ。
「わーい!春人さんだっ!」
華ちゃん、実際に会って嬉しそうだな。
「こちらの姫は、顔が真っ赤だけど。大丈夫?」
そう言って春人さんは、自然と私の頬に手のひらを優しくあてた。
「えっ!あっ、あああああのっ!」
初対面のイケメンにそんなことをされたことがない。つい、大きな声を出してしまった。
春人さんはハハっと笑って
「反応が可愛い。こういうところ、初めてなんだって?」
そう言ったあと、春人さんは小声で隣にいたホストさんに何か指示を出していた。
ホストさんがテーブルから離れる。
「はいっ、そうです」
お酒で顔が赤いのに、この人のせいでさらに真っ赤になっちゃう。
「先輩いいなー。私も春人さんのとなりに行きたいー」
「えー!俺じゃダメなの?」
隣にいるホストさんがそんな華ちゃんにツッコみを入れた。
「失礼します」
先ほどまでいたホストさんが頼んでもいないのに、水を持ってきてくれた。
「はい、お水飲んで?そこまで赤いと帰る時大変だから。しばらくお酒は飲まない方が良いよ」
春人さんが私の様子を見て、お水を頼んでくれたんだ。
えっ、こんな気配りまでしてくれるの?
てっきり、お酒を飲ませて気分を良くして、何かを注文させる、なんてことがあるかもしれないって思っていたけれど。良心的な人もいるんだ。
「ありがとうございます」
グラスを手に取ろうとすると、春人さんは自分のお手拭きでグラスについている水滴を拭いてくれ、渡してくれた。
うわー。すごーい。
会社の飲み会で上司にお酒を渡すとき、そんなことしなかったな。
お水を飲むと
「おいしい」
冷たくて美味しい。
そんな私の様子を見て春人さんはクスっと笑って
「お水なのに、すっごい美味しいって顔してくれたね。やっぱりその反応面白いし、可愛いな」
春人さんと目が合う。
見ないでほしい、恥ずかしい。
「失礼します。春人さん」
スーツを着た男性がコソっと何かを春人さんに伝えていた。この人は、ホストさんじゃない。マネジャーって書いてある。
「ごめんね。呼ばれちゃった。良かったらまた来てね」
春人さんは、立ち上がって席を離れる時、私の頬に指をちょんっと押した。
「えええええっ!!」
「いいね、その顔。また会いたいな」
微笑んで、違う席に行ってしまった。
すごい、王子様みたい!!
でもやっぱり当たり前だけど、良くしてくれるのは、みんな指名を取るのが目的なんだろうな。
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カウンターの裏――。
「おはよう。流星。今日、来るの遅かったね」
春人が出勤したばかりの流星に声をかけた。
「んー。同伴してたからな。今日、お客さんが誕生日でさ」
そう言って流星は、予約客をマネジャーから聞き確認している。
「どう?今日の卓?」
「そうだね。普通かな。コールもあんまり入ってないし、ゆっくりしている感じ」
「そうか。新規のお客さんいる?時間あるうちに挨拶だけしてくる」
「さすがだね!ここだけの話、一番人気の流星なのに。えっと、新規のお客さんは、八卓だったかな?二人組。普通のOLさんっぽかったけど、ホスト自体初めてなんだって」
「あそこ?」
流星が八テーブルを見た。
「そう。まあ、向こうの派手目の女の子はたぶんホストは初めてじゃないと思う。慣れている感じしたから。でも、担当探しているっていう感じでもなかったな。初回で安く飲めれば的な感じだと思う。もう一人の落ち着いている女の子の方は、本当に初めてみたいな感じだったよ」
「ふーん」
流星は春人から話を聞き、軽く挨拶だけしようと八テーブルへ向かおうとした。
しかし――。
「……。マジかよ」
流星の目線が八テーブルから離れなかったため
「えっ?どうしたの?」
春人も二人を見る。
「落ち着いている子の方、知り合いかもしれない……」
「そうなの?流星にあんな真面目そうな子の知り合いなんているんだね」
「なんだよそれ!?とりあえず、行ってくる」
鏡で一度、流星は自分の容姿を確認し、テーブルへ向かった。
コメント
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まさかの知り合い?!!