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ああ、もうダメ。頭が働かない。
「やだー、先輩。うつ伏せにならないでくださいよっ。恥ずかしい!!」
テーブルに両手を置き、俯いてしまっている私を華ちゃんがゆさぶり、起こそうとしている。
「姫、飲みすぎちゃったね。ちょっと休んでなー」
テーブルにいるホストさんが困った様子なのはわかっているけれど、なんだか動きたくない。
完全に酔ってしまった。
そんな時
「えっ!流星さん!?」
テーブルにいるホストさんの戸惑っている声が聞こえる。
誰だっけ?流星さんって……。
「こんばんは。今日は、来てくれてありがとうございます。|聖 流星《ひじり りゅうせい》です」
私はテーブルにうつ伏せになっているため、彼の顔は見えなかったが、華ちゃんの
「キャー!流星さんだ!」
という甲高い声に驚き、少し顔をあげた。
「すごいすごい!」
華ちゃんのテンションが今日一番と思えるくらい上がっている。そうだ、華ちゃんが会いたがっていたもう一人の人気ホストさんだ。
恥ずかしいな、こんな姿。
まあ、私なんか流星さんの眼中にないんだろうし、別に良いか。
「こちらの姫は、どうしちゃったの?飲みすぎた?具合、悪くなっちゃったのかな」
私のこんな態度の悪い姿を見ても、流星さんは大丈夫?と声をかけてくれた。
「ごめんなさい。失礼で。葵先輩、こういうところ初めてなのもあって、緊張して飲みすぎちゃったみたいなんです。あと、彼氏にフラれて自暴自棄になってるっていうこともあって」
華ちゃんが私の代わりに流星さんに説明をしている。
本当にごめんなさい、その通りです。
帰ろうかな、ここにいたら迷惑だよね。
「ごめんなさい。もう帰ります。お会計を……」
私がしっかりと顔を上げた時、流星さんと目が合った。
あれっ?私の目の錯覚かな。どこかで見た気がする。
でも、こんなカッコいい人見たら、そう簡単に忘れないはずなのに。
「今日はお店もそんなに混んでないから、もうちょっと酔いが醒めてから帰りな。危ないよ」
流星さんは私の額に手を当てた。
「あー!!さっきから先輩ばっかりズルい!!」
そっか、華ちゃん、流星さんが見たかったんだっけ。
「ゆっくりしていってね」
そう言うと流星さんは、席から離れていった。
・・・・・ーーーー・・・・・ーーーー・・
流星は、カウンターで待機している春人に声をかけた。
「春人、頼みがあるんだけど」
「へっ?頼み?」
触れていたスマホを春人は落とした。
「何?流星が俺に頼みって、変なことじゃないよね?」
「あそこのさ、八卓の酔ってる子、やっぱり知り合いだった。送って帰るから、サポート頼む」
「えええ!!流星が送って帰るって。そんなにお金持ちの子なの?」
「いや、金とかの問題じゃない。また今度説明するから」
近くで話を聞いていたマネジャーが
「流星さん。今日この後、指名が何本か入っているので、最後までいてもらわなきゃ困るんですが」
タブレットで指名客を確認していた。
「途中まではいる。あとのフォローは自分でもなんとかする」
「いいじゃーん。なんか事情がありそうで楽しそう。ね、歩夢も手伝ってあげようよ?」
となりに座って、自分の指名客が来るのを待っている|北条 歩夢《ほうじょう あゆむ》に春人は面白半分に提案をした。
「まぁ、流星さんの頼みなら。協力しますけど」
黒髪で短髪の彼は、この中では最年少だ。
身長が高く、スタイルが良い。
優しすぎず、自分の思ったことをはっきり伝えるところが好評だ。
「ありがとう。今度二人になんか奢る」
「高級な肉が食いたいっす」
歩夢がポツリと呟く。
「歩夢って見かけによらず、めっちゃ食べるもんね。俺も高級肉食べたーい!」
手を挙げる春人。
流星が二人にこの後の段取りについて、伝えた。
「了解。流星に協力してあげるから、その事情ってやつを今度絶対教えてね」
「わかった。約束する。じゃあ、頼むな?」
私は何をしてるんだろう、テーブルにうつ伏せの状態から動けずにいた。
華ちゃんは私のことは気にせず、来てくれるホストさんと楽しそうに話をしている。
お酒を飲むところだし、私みたいに酔ってしまうお客さんも多いんだろうな。
今度からお酒にはやっぱり気をつけよう。
休んだおかげで、さっきよりは頭がスッキリしてきた気がする。あと少しで一人で帰れそうだ。
「先輩、私、お手洗い行ってきますね?」
華ちゃんがトイレに立った。
えっ?一人にするの?
でも、こんな状態だもん。誰も私なんかに話しかけないよね。
「はいっ、行ってらっしゃい!」
私は、顔をあげて華ちゃんを見送った。
時計を見る。終電が近いな。もう帰らなきゃ。
そう思っていた時――。
「大丈夫?」
声をかけてきたホストさんを見る。
「あああ、はいっ!だいじょぶです!」
えええっ!!流星さんだっ!!
流星さんは私の隣に座り、華ちゃんの相手をしていたホストさんに
「どいて?」
声をかけた。
流星さんと二人きりになる。
華ちゃん、早く帰ってきて!?
「今日、送ってくから。立てる?」
はいっ?
一体、どういうこと?なぜっ?
送って行くって、お店の外までだよね。
「大丈夫です!一人で帰れます。ありがとうございます」
「ダメ。送ってく」
どうして―??
お酒がまだ残っている勢いから
「私、お金持ってないです!普通のOLなので!あなたのこと指名とかできませんし!お酒も頼めませんっ。すみません!」
正直にそう伝え、慌てて帰ろうと準備をすると、クスっと彼は笑った。
「お金を要求しようとは思ってないから安心して」
じゃあ、何が目的なの?
とにかく、流星さんと関わると大変そうだ。
楽しかったけれど、もうこのお店に来るつもりはない。
「すみません。お金だけ払いますので。失礼しますっ!」
急に立ち上がったため、酔いが回っているからか足元がふらつき、よろけた。
流星さんが支えてくれる。
「すすすみませんっ、ごめんなさい」
あああああ、大変だ。
大人気の人に触ってしまった。
他のお客さんとかに見られていたらどうしよう。
「ほら、危ないだろ?ケガしたらどうすんだよ、《《葵》》」
耳元で囁かれた。
えっ、私の名前。
あれ、自分の名前、伝えたっけ?
さっき華ちゃんが流星さんの前で私の名前を言ったから覚えてくれていたのかな。
流星さん。なんかさっきより、口調が違う気がする。
「じゃあ、あの。華ちゃんに帰るって言わないと!」
せめて帰ることを華ちゃんに伝えないと、申し訳ない。
「あぁ、あの子?あっちで春人と飲んでるよ。ここから見える?」
流星さんが教えてくれたテーブルを見ると、華ちゃんお気に入りの春人さんと一対一で楽しそうに話していた。華ちゃんと春人さんの距離が近い。
あの笑顔、華ちゃん、素で嬉しそうだ。
「あの子も春人が送っていくから大丈夫だよ」
華ちゃん、春人さんがテーブルに来た時も嬉しそうだったもんな。
「行こう?」
流星さんに手をひかれる。
「えっ!こっちってどこに行くんですか?それにお金まだ払ってないです」
流星さんは、出口ではない方向へ私を連れて行く。
ここは裏口?スタッフの出入口だよね。
「普通に出ると、他のお客さんに見られるから面倒。お金は、俺の奢りってことで」
「そんな!あとで利息とかって言われて、何万円も請求来たりしませんよね?」
ふぅと流星さんはため息をつき
「少しは信用しろよ。まぁ、ホスト相手だからそのくらいの方がいいのかもしれないけど。そんなブラックなことはしないから」