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「ん···あさ···?」
昨日の気持ち悪さはなく、頭も痛くないことにほっとして横を向くとすぐ隣に藤澤さんがスヤスヤ眠っていて。
そこでようやく昨日のあれこれを一気に思い出す。
起きたらめちゃくちゃ謝らなきゃいけないと思いながら、こんな風に自分の家とはいえ他人と寝られるんだ、と少し驚いた。
自分の部屋以外で眠るのが苦手で引っ越してきたすぐはなかなか落ち着かなかった。たまに高野が泊まりに来たこともあったけどその時もなんだか人がいると落ち着かなくて···けど藤澤さんが居るのは、嫌じゃないから不思議だった。
「おはよ···元貴、へーき?」
至近距離で目があって、思わず恥ずかしくなる。
「平気です···昨日は本当にすみません···ご迷惑おかけして」
「いいって、元貴が元気で笑ってるならそれで。こっちこそ服とか借りて泊まっちゃったし」
「···良かったら朝食食べて行きませんか?簡単なものでそんな美味しくないかもだけど、作ります」
俺の誘いに嬉しい、たぶん僕よりは上手だよ、なんて藤澤さんは笑ってる。
本当に気にしてない様子にほっとして、俺は朝食を準備した。
トースト、目玉焼き、ウインナーにコーヒー。焼いただけの料理を美味しいって食べてくれる。誰かと朝食を一緒に食べるなんて久しぶりで喜んで貰えて嬉しくなった。
「ご馳走様でした。元貴料理するなんて偉いねー、僕は全然だめだから···」
「料理というほどじゃ···けど良かったです、誰かと一緒に食べるのって楽しいし」
「···ねぇ、ひとつ聞いてもいい?嫌だったら答えなくていいから」
「え?はい」
「あの写真の人は···元貴の大切な人?」
すっかり忘れていた、滉斗の写真やカメラや指輪やマグカップ···それらは高野や綾華が来る時は必ず見えないように隠していたから。
「···はい、大切な恋人です。もう、この世にはいないけど」
友達とか兄弟とか、適当に誤魔化すことも出来たけど、そんな風に滉斗のことを言うのは嘘でも嫌だった。
「そっか···カッコいい人だね、名前はなんていうの?手を合わせてさせてもらっても、いい?」
「はい···若井って、いいます···」
藤澤さんは滉斗の写真の前で手を合わせる。
「若井さん、お邪魔してます。元貴が酔って送ってきたの、僕がもっと気をつけてれば良かった。心配かけました」
藤澤さんが本当に滉斗がそこにいるように自然に話しかけるものだから、びっくりしたけど···嬉しかった。
「もしかして、元貴がクリスマスに急いで帰るのは若井さんがいるから?」
「え···気づいてたんですか?」
「うん。元貴ってクリスマスの誘い何回か断ってたでしょ。そのくせ早く帰るし···それに昔ね、高野からも少し聞いたことがあったのを思い出して···恋人がいるのかなって、思ってたから。けど普段は遊びにも僕と行ってくれるし恋人のことなんてなんにも言わないから···気になってて」
「···クリスマスは、記念日で···それに彼が事故で亡くなった日だから、俺は他の人と過ごすことはないんです」
他の人に滉斗のことを話してあれこれ聞かるのに耐えられるほど過去のことにはなってなくて、だから誰にも言ったことはなかった。
けどなんでだろう、藤澤さんの聞き方は嫌じゃなかったし、自然と話をしてしまっている。
「そうだったんだ···ごめん、思い出させて。若井さんは嬉しいよね、元貴が一緒に居てくれて」
「いえ···今まで誰にも話したことなくて···けど聞かれて嫌じゃなかったです」
滉斗は嬉しいと思ってくれてる···そう言ってもらえたことが嬉しくて、思わず写真を見つめる。
「僕も若井さんに会ってみたかったな。僕が知らない元貴をたくさん知ってるんだろうね、羨ましいよ」
そう言って藤澤さんはありがとうと帰って、 ひとりになった部屋はなんだか寂しく感じる。
「藤澤さんっていい人でしょ?優しくて面倒見が良くって、なんか滉斗みたいだよね」
なんであの人となら一緒にいるのが心地良いのか、滉斗のことを素直に話が出来たのか不思議だった。
それに滉斗のことを恋人だと伝えても受け入れてくれたことが嬉しかった。
月曜日、お昼に不思議さんを誘ってランチに行く。
「この前はありがとうございました、迷惑かけたからランチご馳走様します」
「もう、気にしないでよ。元貴の作ってくれた朝食ご馳走になったのに」
そう言いながらも定食大盛りを選んでニコニコしてるあたりが可愛らしい。
変に遠慮されるよりそのくらいのほうが気を使わなくて俺も好きなものを注文した。
食べ終えてコートを着て出るとお店であたたまった身体には外は寒すぎてポケットにあった手袋をはめる。
「さむいねぇ、もう少しで年末だもんね···年末年始は実家に帰るの?」
「クリスマス終わったら週末には1回帰りますけど、年末年始はこっちですね、毎年」
「そうなんだ、じゃあ一緒に年越しでもする?年越しそば食べようよ、あとはお雑煮も」
「いいですよ、お節とか買っちゃいますか?」
「買いたいね、1人だと食べきれないしついカレーとかピザとか食べちゃう···って食べることばっかり話してる」
そう言いながら笑う藤澤さんは楽しそうで、毎年1人だった俺もなんだか楽しみでわくわくしてしまう。
「その色、似合うね···深い緑色」
「···若井も、そう言ってくれました」
滉斗がプレゼントしてくれた手袋は使いすぎて、けど捨てられなくて家に置いてある。そのあと自分で手袋を買うときも、どうしても似たものを探してしまう自分がいた。
「あ、すみません。つい···」
「いいよ、元貴が嫌じゃないなら聞かせて。あんまり昔の話とかも聞いたことなかったから···色々知りたいし」
昔の自分の話をしようとするといつもそこには滉斗の存在があってつい話すのを避けていた。
「···若井とは小さい頃から友達で、高校も一緒で3年間クラスもずっと一緒で。昔の思い出には全部若井がいて、毎年春はお花見して夏は海とか花火とか···俺、泳げないのに海に誘われてずっと浮き輪で浮いてました」
「運動神経良さそうなのに泳げないの?意外だなぁ···まぁ、僕もだめだけど」
「じゃあ俺たち2人とも浮き輪ですね、いい年して」
「それもいいじゃない。何年も行ってないけど来年は海に一緒にいこう、花火も夏祭りも」
「行きたいです···!」
水着買わなきゃ、なんて言ってる俺を藤澤さんがにこにこと見つめてくれて少し恥ずかしくなった。
その瞳はやっぱり滉斗が俺を見る瞳に似ていたから。
週末、俺は滉斗のお墓に足を運んだ。
「お花持ってきたよ、滉斗···今年で10年なんて信じられないね」
お墓に手を合わせても滉斗がここで眠っていることが俺には不思議だった。10年経っても、元貴遅くなってごめんって笑いながら帰ってきそうな気がしているんだから···。
「元貴くん?」
「おばさん···お久しぶりです」
そこには滉斗のお母さんがいて···会うのは久しぶりだった。
大学生の頃はお墓参りに行って滉斗の家に行って、実家に帰って年末年始を過ごしてということがあったけど、社会人になってなかなかそれも難しくなってお墓参りだけになっていたから。
「毎年ありがとう、ずっとお礼を言いたかったんだけどなかなか会えなかったから。今日は忙しい?もし良かったらうちに寄っていかない?」
「ご無沙汰しています···ぜひ、お邪魔させてください」
お線香をあげて手を合わせる。
久しぶりに来た滉斗の家。
あんなに入り浸っていた、懐かしい場所。
「今思うと、高校生の時は本当に毎日来て週末は泊まって···入り浸っててすみません」
「全然いいのよ···だって、滉斗は元貴くんのこと本当に大好きで、一緒にいるとき楽しそうで···仲良くしてくれてありがとう」
俺だって大好きだったから。
本当に楽しかったあの頃を思い出す。
「あれから10年、本当に毎年ありがとう。だからこそ、もういいからって伝えたくて」
もういい···?
おばさんは穏やかな表情でそういったけど、俺は意味がわからなくて次の言葉が出て来ない。
「10年経って私たちより元貴くんのほうが滉斗のことをたくさん今でも思ってくれてるんじゃないかって、心配してたの。あの子の遺影にする写真を探すためにカメラの写真を見たとき、本当に元貴くんといるときの滉斗の顔が幸せそうで。この写真も元貴くんが撮ってくれたんじゃない?」
おばさんは、きっと俺たちのことに気づいてたんだ。
友達以上の関係だったことに。
それでも受け入れて何にも言わないでくれていたんだ。
「···そうです、俺が撮った写真です。俺も滉斗といた時間が一番幸せでした、それはこれからも変わりません」
「···ありがとう、それはすごく嬉しい。けどもういいの。まだまだ元貴くんは若いし滉斗もきっと元貴くんには幸せになってほしいって思ってると思うの。だから滉斗のことだけ思ってるなんてもったいない···だから、もういいからねって言いたくて」
「···はい、ありがとうございます」
俺はおばさんに挨拶すると実家にも寄らず電車で家に帰って おばさんが言った意味をぐるぐると考えていた。
おばさんが俺のことを思って言ってくれたのはすごく伝わった。
けど、どうしてそれが『もういい』
になるのかわからなかった。
だって今でも俺は滉斗が好きなのに。
これからだって···滉斗だけを思って···けどそれは俺の幸せじゃないの?
滉斗は望んでないの?
このままじゃだめなの?
「わかんないよ···滉斗···」
その時インターホンがなってふらふらと出ていくとそこには藤澤さんが立っていた。
「あ、元貴いてよかった!散歩してたらねぇ、焼き芋屋さんがいて!いっぱい買ったからお裾分け···あれ、出かけるところだった?」
俺、マフラーもコートも着たままどのくらいぼうっとしてたんだろ。
部屋は暖房も入れてないから冷え切っている。
「帰ってきたところで···ありがとうございます···どうぞ」
「お邪魔しまーす、どのくらい食べる?アツアツだよ···え、元貴···?大丈夫?どこか痛い?」
袋を投げ出すように置いて藤澤さんは俺の所に駆けつけて頬を優しく撫でてくれて、ようやく自分が泣いていることに気づいた。
「俺、どうしたらいいのかわかんない···滉斗のことずっと好きで忘れたくないのに、なんでこのままじゃいられないの···必死で忘れないようにしてるのに!それでももう思い出せないこともいっぱいあるのに!滉斗の温もりも手の感触も声もだんだん曖昧になっていく···本当は寂しいけど、ひとりぼっちは嫌だけど、滉斗にそんなこと言えない···!ふじさわさん···助けて···」
やだやだって言いながら子供みたいに泣いてしまう、こんなのだめだって思うのに涙が止まらない。
藤澤さんはそんな俺をぎゅうっと力強く抱きしめてくれた。
時々背中を撫でながら、やだよね、辛いよねって声を掛けてくれた。
静かな寒い部屋で外が暗くなっても、泣きつかれて俺が眠ってしまっても藤澤さんはずっと俺を抱きしめてくれたいた。
コメント
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💛ちゃんの優しさに包まれていく♥️くんが良かった〜🥹と思いながらも、切ないです🥲❣️ 少しづつほぐれていきますようにと願ってます✨
藤澤さんが出てきて、元貴くんを支えてくれて、もりょき推しの私としては嬉しいはずなのに…切なすぎる😭 滉斗に戻ってきてほしい!元貴くんを今すぐに抱きしめてあげて〜😭💦 亡くなった人を想い続ける…美しいようで、どこまでも悲しい気もしますよね…🥺 物語にすごく惹き込まれてます、続きを楽しみにしています🥰
周りから「もういいよ」とか言われても、じゃあ次いこうかなんてならないよなぁ。踏ん切りをつけようにも簡単に切り替えられることじゃないから。恋人なしで一人で生きていくにはつながりが足りないよね。 (* '-´(( '-' * )ムギュ♡