テラーノベル
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気づくと部屋は薄暗く、カーテンを閉めていない窓から街灯と月の光のほうが明るかった。
ハッと隣を見ると俺は藤澤さんに抱きしめられていた。どうやら俺も藤澤さんも寝てしまっていたみたいだ。
「元貴···?大丈夫?」
「ごめんなさい···俺、また迷惑かけて···」
こんな寒い部屋で···俺は藤澤さんに抱きしめられていたのとかけられていた毛布のおかげですっかり気持ちよく寝てしまっていた。
「ううん···暖房入れるね、なにか温かいものでも飲もうか」
立ち上がろうとする俺を止めて毛布をしっかりもう一度巻きつけると台所借りるねってキッチンのちいさな電気をつけてお湯を沸かして 適当に見つけたインスタントのカフェオレを入れてくれる。
「熱いから気をつけて」
甘い甘いカフェオレを飲むと染み込むようにじんわりと温かさが広がってその甘さにほっとする。
まるで、藤澤さんみたいだ。
「···お墓参り、行ってたの?」
部屋が暖まる頃、俺たちはようやく上着を脱いで焼き芋を温め直して食べ ながら滉斗のお母さんに言われたことを藤澤さんに伝えた。
「···無理に、忘れることもないし、忘れないようにすることもないと思う。どうしたって忘れていくように人は出来てるから···どんなに辛いことも、楽しいことも。だからこそ、無理して今は忘れなくていいんじゃないかな···僕は全然若井さんのこと知らないけど、元貴が忘れないでいてくれることは嬉しいと思ってるし、でももし忘れていってもそれで元貴が笑ってるなら責めたりはしないよ。けど元貴が寂しいなら若井さんも辛い。だから甘えて寂しい時には誰かと居て笑えればいい···例えば、僕とか?」
おどけたように笑って、ねぇ若井さんもそう思うでしょって写真の滉斗に向かってそう言って、俺の頭をポンポンする。
なんでこの人はこんなにも俺に優しく欲しい言葉をかけてくれるんだろう。
胸がドキドキして、じんわりと熱くなる。
「ご馳走様でした、焼き芋美味しかったね···んで、元貴はどうしたい?」
「どうって···?」
「ひとりでゆっくり考えたい?騒ぎたいなら一緒にどこか行こう。もし寂しいなら···僕はまだ元貴の側にいるよ」
今までの俺ならきっとひとりを選んでいた、滉斗がいるからって。
けどもしこれがおばさんのいう『もういい』ってことで、滉斗がそれを許してくれるなら。
「寂しい。寂しいから、一緒にいて欲しいです」
「うん、じゃあ一緒にいようね」
この前の服返しに来たのにまた借りちゃうねって藤澤さんが袋から服を取り出すとお菓子がたくさんバサバサと出てきた。
「服のお礼に···あれ、なんで笑うの」
「なんか藤澤さんが可愛くて···ふふ」
そう言いながら俺は笑って涙まで出てきてしまう。
「泣くほど笑うー?どれも僕のおすすめ!美味しいんだから」
これもこれも!ってはしゃいで並べているのを見ていた。
滉斗、 大好きで愛してるよ。
その気持ちに嘘はない。
けど俺はたぶん、この時から藤澤さんのことを好きになっていたんだ。
良いお年を、と職場で挨拶をして俺たちは休みに入った。
あれから藤澤さんは俺をお昼に誘ってくれたり気にかけてくれていたけど気を使うわけじゃなくあくまでさり気ない優しさが嬉しかった。
「休みだ〜!31日本当にお邪魔しちゃっていいの?」
「はい、一緒に年越し蕎麦食べましょう」
「わぁ、楽しみ。スーパーに一緒に行こうよ、毎年カップのお蕎麦だったからちゃんとしたの食べたい」
こんなに楽しみな、誰かと過ごす年越しは本当に久しぶりかもしれない。
約束通りやってきた藤澤さんと買い出しに出かけて年越し蕎麦を一緒に食べる。
「元貴って料理上手だね···すごいねぇ、おいしい」
「ほぼ作ってないようなものですけど···」
「そんなことないよ、僕より上手だ」
作ったものを誰かが食べてくれるのも、誰かと一緒の食事も久しぶりに嬉しくて、藤澤さんと俺は食べたあとはゲームをしたり音楽番組を見て盛り上がる。
「そういえば藤澤さんはキーボード弾いてましたよね?大学で」
「うん、何回か見に来てくれたよね、高野と。その時可愛い子がいるなって元貴を誘ったけどサークルに入部するのは断られちゃったよね」
可愛いってなんだろう、可愛いって···俺のこと?そんな風に認識されてたなんて全く知らなくて恥ずかしくなる。
「本当は高校までギター弾いてたんです、若井は上手で文化祭でもみんなの前で披露してて。けどあれから何年も弾いてないな···」
一応、捨てられずに持ってきたギターはクローゼットの中で何年も弾けずに眠っている···まだ弾けるだろうか?
「久しぶりでうまくは弾けないな、きっと」
「けど弾きたいなら···聴かせて」
ぎこちなくギターを構えるとそれでも手は、指は覚えている。
滉斗が好きだった海外のバンドのフレーズを鳴らすとあの頃を思い出す。
「···とっても上手、元貴の音は優しいね。今度セッションする?僕のほうが指動かないかもだけど」
「少しずつ、また弾けたらいいなぁ···その時は一緒に弾いてください」
「うん···いつまででも待ってる」
そんな風に話をしているとあっと言う間に年越しが近づいてきて、テレビではカウントダウンが始まる。
3…2…1..ハッピーニューイヤー!
「元貴、今年もよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」
藤澤さんが笑うから、俺もつられて笑顔になる。いい子ってまた頭を撫でられる。撫でてくれるその手が優しくて、柔らかくて···辛い時に抱きしめてくれるその腕が温かくて心地よくて···ずっとそこにいたくなる、甘えたくなる···昔、滉斗にそうであったみたいに。
けどそれは違う、だって藤澤さんはあくまで先輩として優しく接してくれているんだから···。
だから今日は布団をちゃんとリビングに用意した。
「明日は初詣いこうよ···穴場があるの人が少ない、いい神社」
「ぜひ!おみくじ引きたいです···きっと今年はもっといい年になりそうだから」
「きっと良い年になるよ···おやすみ」
やっぱり藤澤さんが家にいても俺はなんだか落ち着いて眠ることが出来た。
···けど、夜中にリビングで藤澤さんが起きたような気配がして気になってそっとドアを開けると、滉斗の写真に向かって話しかけていた。
「若井さん···あなた以上になろうなんて思ってないよ。けどごめんなさい、僕も好きなんだ···寂しいときも楽しいときも、側にいてあげたい。あなたの代わりにはなれなくても、少しでも笑わせてあげたい」
「···それは誰のこと?」
「えっ···もとき?起きてたの?」
驚いて後ずさる藤澤さんに近づいていく。暗い部屋の中、壁を背にした藤澤さんは困った顔で笑う。
「教えてください···お願い」
「···まだ、言うつもりはなかったんだけど···ごめんね、僕は元貴が好きなんだ。けど何も元貴は気にしなくっていい、忘れて。聞かなかったことに······わっ?!」
いきなり俺が抱きついて体勢を崩して2人床に座り込む。それでも俺は藤澤さんに抱きついて離さなかった。
「まだ他の誰かを好きって言えないです」
「うん···分かってる」
「滉斗のこと、忘れるつもりもないんです」
「そうだよね」
「けど、藤澤さんが好きって言ってくれるのが嬉しくて···撫でられると、抱きしめられるともっとそうしてほしくなる。こんなのずるいって分かってるけど···離れたくない」
「···ずるくない。だって僕はそう言ってもらえて幸せだよ···好きって言ってくれなくても、若井さんのこと忘れなくてもそれでいいから、僕を側にいさせて」
お願い···そう囁いて藤澤さんが頬にキスをした。やっぱり俺はずるい。
キスがこんなにも嬉しいんだから、泣きそうになるくらい幸せを感じているんだから。
「そばにいてください···お願いします」
藤澤さんは俺を抱きかかえるとベッドに連れていき、隣に入ると布団をかけた。
「なんにもしないからお願い。抱きしめるだけ···寂しくないように」
返事の代わりに抱きつくと腕がまわされて藤澤さんは瞳を閉じて、俺も眠りについた。
コメント
4件
めちゃくちゃ切ない😭 胸キュンの場面なのに、ずっとずっと私の心に若井さんがいて…胸がぎゅーっとなるぅ🥺 藤澤さんがいい人であればあるほど、愛しさと苦しさが合わさっていって、もう、もう、どうしたらいいの〜って感情が暴れてます🫨💦
涙目です🥺 みんなみんな幸せになってください‥🥺✨
💛ちゃんが日だまりのお日様のようにあったかくて🥹❣️ なんか泣けちゃいます🥲✨