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私は玄関にある、靴を履くための椅子に腰かけると、恐る恐る靴を履こうとする。
「俺が履かせてあげるね」
涼さんはそう言い、しゃがむと自分の太腿の上に私の足をのせ、パンプスを履かせてくれる。
(うう……)
彼と付き合うようになってから、こういう事を日常的にされるようになっても、慣れないものは慣れない。
「立ってみて。おろしたてでも靴擦れしないように、少し整えてもらったんだけど、どうかな?」
私は彼に手を引かれて立ち、その場で足踏みしてみる。
「ちょっとその辺、一周してみて」
涼さんはギャラリーホールのほうを指さす。
「家の中ですよ」
「まだ外を歩いてないでしょ? ならまだ大丈夫。あとでお掃除ロボットが拭き掃除してくれるし」
言われて、私は「知りませんからね」とうなってからペタペタと歩き始めた。
いつも履いている靴より少しヒールが高いけれど、ヒールが太くて安定感があるからか、グラグラしない。
履き心地も良くて、これならオフィスでも転ばないだろうと感じた。
「大丈夫みたいです」
「なら良かった。じゃあ行こうか。会社の近くまで送るよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
篠宮ホールディングスがあるのは日本橋で、涼さんが勤める会社は大手町の皇居添いにある。
なので車でも十分かからず、歩いても二十分くらいで行き来できたりする。
まぁ、行く事はないんだけど。
駐車場まで行くと、すでに運転手さんが控えていて、私たちは後部座席に乗って出発した。
「仕事が終わったら教えてね。迎えに行くから」
「はい。……でも涼さんは仕事いいんですか?」
「この日のために空けたに決まってるじゃないか~! 俺だって凄く楽しみにしてたんだから。秘書には仕事の連絡するなって言ってるしね」
「あぁ……、はい……」
私は上条さんを思い出し、遠い目になる。
「夜はコース料理だから、お昼あんまり食べ過ぎないで、スタンバイしといてね」
「うっす」
返事をしながら、私は「朱里はいつも通り大盛りいきそうだな……」と生ぬるい笑みを浮かべていた。
出社すると、目ざとい綾子さんがアンテナを伸ばし、「あらあらあらあら?」と近づいてきた。
そして綾子のファッションチェックよろしく、じっくりとスキャンするように私を見て、ふかーく頷くとおもむろにサムズアップした。
「いいわ。今日の中村さん、非常にいいわ。というか、最近凄く洗練されてきたわね? 恋人ができたの?」
「あぁ……、まぁ、そうです」
気まずいながらも頷くと、綾子さんは腕組みをしてうんうんと頷いた。
「女は男の質によって変わっていくのよ。男もまたしかり」
その言葉を聞き、私は「おや」となって尋ねる。
「例の彼氏さんの教育、うまくいってるんですか?」
すると綾子さんはキリッとした表情でまたサムズアップした。
「以前に中村さんと上村さんに色々指摘されて、私も思うところがあったのよ。それで龍一に向き合って、本音でぶつかったわ。『結婚しようと思ってくれてるなら、試すような真似をするのはやめてほしい。私を信用できないなら、別れてもいい』って。……正直、大バクチだったけどね」
「やりましたね~。彼氏さん、なんて言ってましたか?」
「容赦なくビシバシ指摘したら、さすがに反省したみたい。やっぱり彼もハイスペックイケメンだから、女性に利用されてるんじゃ……って疑心暗鬼になっていたみたいで。今までの私は龍一に嫌われないように、彼の言う事を全部聞いていたけれど、逆に遠慮なくなんでも言うようにして、心の壁がなくなったみたい」
「良かったじゃないですか」
「ええ。二人のお陰だわ。今、結婚について真剣に話し合ってるから、もしもうまくいった時は招待するわ」
「はい!」
明るく笑った綾子さんは、もう他のハイスペ男に気を取られる心配はないように見えた。