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「……遅い」
滉斗がわずかな違和感に眉をひそめたのは、朝露が和唐折衷の屋根を濡らし、静かに陽が昇り始めた時刻のことだった。
普段であれば、朝に弱い滉斗を「ひろぱ、起きて!」と、精一杯の力で揺すり起こしに来る元貴の足音が聞こえない。静寂が支配する部屋の中で、滉斗は窓から差し込む陽光に目を細め、ようやく重い腰を上げた。はじめは、復興の疲れで寝坊でもしているのだろうと思っていた。だが、それにしても遅すぎる。
「元貴、入るぞ」
短く声をかけ、隣室の襖を静かに引く。そこには、まだ布団に丸まっている元貴の姿があった。頭まで隠れんばかりに深く布団を被り、漏れ聞こえる吐息は熱を帯びて浅い。透き通るような白い肌は、今は林檎のように紅く火照り、滉斗が部屋に入ったことさえ気づいていないようだった。
「……どうした。少し触れるぞ」
「……ん……」
意識が混濁しているのか、曖昧な返事が返る。滉斗はそれを了承と受け取り、その大きな掌をそっと元貴の額に添えた。氷剣術を操る滉斗の手は常にひんやりとしているが、そこへじわりと、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
「熱いな。……しんどいだろ、待ってろ」
ぶっきらぼうながらも、その声には隠しきれない動揺が混じる。滉斗はすぐさま立ち上がり、台所へと向かった。
手慣れた手つきで桶に水を溜め、肌触りの良い清潔な布を浸す。昨日、近所の八百屋から「いつもお世話になっているお礼に」と受け取ったネギを刻み、滋養に富んだ粥を作り始める。王都を捨て、二人で暮らし始めてからというもの、滉斗の料理の腕は、かつての剣技に劣らぬほど格段に上がっていた。
「元貴、布団から顔を出せ。息がしづらいだろ」
「……ひろと……あつい、けど、さむい……」
「まだ熱が上がるみたいだな」
布団の端から顔を覗かせた元貴が、虚ろな視線で滉斗の着物の裾を探す。滉斗は盆を置くと、宙を彷徨う熱い手を迷わず握りしめた。
「普段から気を張りすぎなんだ、お前は。……今日は何も考えず、ゆっくり休め」
言いながら、水に浸した布を絶妙な加減で絞り、元貴の額にのせる。水滴が垂れず、それでいて芯まで冷たい。戦場で培われた繊細な感覚が、看病においても発揮されていた。
桶の水は、滉斗が微かに術をかけることで常に一定の低温を保ち、部屋の温度もまた、彼の氷剣術の応用によって、病人に最も適した心地よい室温に固定されていた。かつて国を滅ぼしかけた禁忌の力は、今や愛する者の熱を奪うための慈愛の力となっていた。
「ん……つめたいの、気持ちいい……」
「元貴、粥を作った。少しでいい、口にできそうか?」
「たべる……」
消え入りそうな声に応じ、滉斗は元貴の体を背後から抱き抱えるようにして支えた。広い背中に元貴の熱い体温を感じながら、一口ずつ粥を掬い、丁寧に息を吹きかけて冷ます。
普段よりも小さな口で、一生懸命に嚥下する元貴。喉に詰まらせはしないか、滉斗はその様子を一心に見守り続ける。
「ん……もう、いい……ありがと、ひろぱ」
「そうか。……なら、もう一度寝ろ。その方が治りも早い」
「……うん、そうする」
滉斗の徹底した、そして深い愛情に満ちた看病を受け、元貴は安心したように再び深い眠りへと落ちていった。
すやすやと穏やかな寝息を立てる元貴の髪を、滉斗は愛おしそうに何度も撫でる。
最強の剣士は、その日一日、一睡もすることなく、何度も布を取り替え、室温を保ち、最愛の妻の夢を守り続けた。
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コメント
2件
若井さんが嫉妬とか✨️たくさんイチャイチャしちゃって欲しいです!