テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
港町の生活に馴染むにつれ、元貴はその持ち前の明るさと人当たりの良さから、近所の女性たち——かつての王都で言えば女中たちにあたる、町の実気な奥方や娘さんたちの輪に招かれることが増えていた。
その日の夜。
元貴は夕食の席で、昼間に参加した「女中会」という名の茶飲み話の様子を、実を弾ませて話していた。
「ひろぱ、聞いてよ。お隣の奥さんがね、今度のお祭りで出すお菓子の隠し味を教えてくれたんだ。それに、魚屋の娘さんが、ひろぱのこと『強そうで素敵なお兄さんね』って褒めてたよ」
元貴は、久しぶりに同年代や町の人々と触れ合えたことが心底嬉しいのか、その瞳をキラキラと輝かせている。
しかし、向かいに座る滉斗の箸は、先ほどからぴたりと止まっていた。
「……賑やかだったようだな」
低く、地這うような声。
元貴は、滉斗の周りの空気が、かつて戦場で敵を氷漬けにした時のような「零度」に近い温度まで下がっていることに気づいていない。
「うん! あとね、呉服屋の隠居さんが、僕の着物の着こなしをすごく気に入ってくれて。今度、もっと珍しい結び方を教えてくれるって約束したんだ。……あ、そうだ、あそこの家の息子さんも途中で手伝いに来てくれてね、すごく親切な人で……」
「……その『息子』とやらが、お前に触れたのか?」
唐突に遮られた言葉。
滉斗の瞳には、かつての「冷徹な盾」としての鋭さが戻っていた。
「えっ? いや、重い荷物を持ってくれただけだよ。どうしたの、ひろぱ?」
「…………」
滉斗は無言で、手元にある湯呑みをじっと見つめた。
彼は今、自分でも説明のつかない感情の渦にいた。
町の人々に褒められるのは誇らしい。だが、自分の知らないところで元貴が誰かに微笑みかけ、誰かに親切にされ、あまつさえ「息子」などという若い男の名前が会話に出る。
それが、町のお喋り好きな奥方たちへの嫉妬なのか、着付けを教えると言った隠居への対抗心なのか、あるいは荷物を持った青年への殺気なのか。
自分でも「誰」に怒っているのか分からない。ただ、元貴の口から自分以外の誰かを賞賛する言葉が出るたびに、胸の奥が氷の楔で打たれたように痛むのだ。
「……もう行かなくていい」
「ええっ、なんで? 明日も、みんなで刺繍を教え合う約束が……」
「刺繍なら俺が教える」
「ひろぱ、裁縫なんてできないでしょ!?」
滉斗はガタ、と椅子を鳴らして立ち上がると、元貴の隣へ移動し、その肩を背後から包み込むように抱き寄せた。
「……俺だけを見ていればいいと言ったはずだ。外の連中に、お前の笑顔を安売りするな」
独占欲という名の氷が、静かに、けれど熱く溶け出していく。
元貴は、自分の肩に顔を埋めて動かなくなった「最強の守護者」の耳が、羞恥と嫉妬で真っ赤になっているのを見て、ようやく事態を察した。
「……ひろぱ。もしかして、妬いてるの?」
「…………うるさい。寝るぞ」
不器用すぎる愛の形。
元貴は、自分を抱きしめる腕の力強さに、呆れながらも最高の幸福を感じ、その背中にそっと手を回すのだった。
NEXT♡1,000+リクエスト💬
コメント
2件
わぁ!最高です!ももももし出来れば喧嘩とか…欲張ってもいいですか??