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こんにちは、偉大なる魔王……いいえ、マリアお嬢様に仕える四天王の一人にして、帝国西部を拠点にしている『マルテラ商会』を率いるチェルシーよ。
仲間達の間では緑翼のチェルシーなんて呼ばれているわ。自慢の翼が評価されるのは嬉しいわね。
今回は『黄昏商会』と直接交渉をするため黄昏へとやってきたわ。『黄昏商会』との取引は大きな利益が見込めるし、独占までさせてくれて更に船までくれるのよ?
お礼も兼ねて直接出向くことは不思議じゃないわ。
まあ、本命は十五番街の視察だけれど。マリアお嬢様が領地を拝領したと聞いて馳せ参じた次第よ。もちろん援助を惜しまないわ。
で、やってきた黄昏の第一印象は帝国じゃ不釣り合いなくらい発展している町ね。
道は馬車が四台ならんでも余裕があるくらい広くて、石畳でしっかり整備されてる。
建ち並ぶ建物は二階建てで石造りのしっかりしたものだし、何より行き交う人が多い。
シェルドハーフェンの直ぐ隣だなんて思えないくらい活気に溢れてて、住民の表情も明るい。住民の顔を見ればどんな統治がなされているか分かるけれど、善政を敷いてるみたいね。
で、一番気になるのは中心にある巨大な木。『大樹』と呼ばれているけれど、あれ|世界樹《ユグドラシル》よね?何であんなのがあるのかしら。
所有者の願いを叶える代わりに命を奪う呪われた木。なのに、凄く清らかな魔力を感じる。何なのよ、あれ。
それに、往来の中に当たり前のようにドワーフやエルフが紛れているわね。差別されていないと言うこと……?
「ふふっ、予想以上に賑やかね。伯爵領を思い出すわ。血は争えないのかしらね?」
ローブとフードで身体を隠した私の同行者が楽しげに言葉を紡ぐ。
私は全然楽しくないんだけど。
「本当にお会いするのですか?」
「もちろんよ、いつまで待っても来ないような悪い子にはお仕置きしないとね」
本当は私一人で来るつもりだったのに、何処で知ったのか強引に同行するようになった彼女。
貴女が来るなんて、勇者も思いにもよらないでしょうね。ああ、胃が痛い。
チェルシーはため息を我慢しつつ目的地である領主の館を訪れた。
「マルテラ商会のチェルシー、代表と会談するために参りました。連絡はありましたか?」
「お話は伺っております。どうぞこちらへ」
チェルシーが守衛に語りかけると、守衛も一礼して敷地内へ招く。その際同行者にも視線を向けたが特に指摘することもなかった。
領主の館一階にある貴賓室へ招かれた二人は、そこで暁代表であるシャーリィと幹部代表のセレスティンから歓待を受けた。
「ようこそ、黄昏へ。暁代表のシャーリィです。チェルシーさんの事は妹から聞いていますよ」
「初めまして、マルテラ商会のチェルシーです。今回は我が商会をお取り立て頂き感謝します。必ずやご期待に添えるよう働きをしてみせましょう」
シャーリィとチェルシーが固く握手を交わす。そしてシャーリィはもう一人へと視線を移す。
「連絡ではお一人での来訪とありましたが、お付きの方ですか?」
「いえ、そう言うわけではありません。その、大変申し上げ難いのですが……」
チェルシーが言い淀む中、その人物はローブを脱ぎフードを外す。
深紅の髪が流れ切れ目の長い目に鋭さを宿す美女がその姿を表す。シャーリィはその顔を見て目を見開く。
「ふふっ、貴女の驚いた顔を見られただけでも収穫があったと言うべきかしら?ごきげんよう、シャーリィ」
女性の言葉に我に返ったシャーリィは、直ぐ様スカートの端を摘まみ優雅に一礼する。
「シャーリィ=アーキハクト伯爵令嬢がカナリア=レンゲン女公爵閣下にご挨拶申し上げます」
室内に居たセレスティンも恭しく一礼する。
チェルシーと共にレンゲン女公爵自らがお忍びで来訪したのである。
「久しぶりね、シャーリィ。十年ぶりかしら。セレスティンも久しいわね」
「はっ、女公爵閣下もおかわり無く」
老執事は改めて深々と頭を下げた。
「シャーリィ、二人きりで話をしたいわ」
「では、その様に。チェルシーさん、隣の部屋でマーサさんが待っています。セレスティン、案内を」
「畏まりました」
「チェルシー、商談は任せるわ」
「はい、閣下」
セレスティンに案内されてチェルシーが部屋を出て、二人きりとなる。
「レイミから話を聞いたときはまさかと思っていたけれど、本当に生きていたのね、シャーリィ」
「しぶとさには自信があります。閣下、此方へ」
「流石はヴィーラ姉様の娘ね。それと堅苦しいのは無しよ、シャーリィ」
「はい、カナリアお姉様。再びお会いできて嬉しいです」
二人は抱擁を交わし、シャーリィはカナリアを招いて来客用のソファーに座って貰い自分は下座に腰かけた。
「まさかお姉様自らがお越しになるとは思いませんでした。相変わらず腰が軽いようで」
「ヴィーラ姉様に仕込まれたもの。それに、じっとしてるのは性に合わないわ」
「変わりませんね、お姉様」
女公爵でありながら変わらぬ軽いフットワークのシャーリィも笑みを浮かべる。
「レイミにも言ったけれど、私を頼ってくれても良かったのよ?」
「その考えもありましたが、あの状況では誰が敵か味方か分かりませんでした」
「あら、私を疑ったの?」
「まさか。ただ、お姉様個人を信用できても周りの門閥貴族を信用できませんでした」
「否定はできないわね。現にうちのガズウット元男爵が関与していたのだから」
忌々しげに呟くカナリア。今回シャーリィ達の協力もあり粛清に成功したが、ガズウット元男爵だけではないと薄々感じていた。
「はい。もし頼っていたら間違いなくお姉様にご迷惑をお掛けしましたし、私はなにも知らぬまま消されていたでしょう」
表情を変えず淡々と喋るシャーリィを見て、カナリアは胸元から愛用の扇を取り出す。
「とは言え、今なら問題ないわよね?改めて貴女達姉妹を保護したいのだけれど?あの頃に比べたら私も立場も磐石よ?」
「おや、嬉しい申し出です。黄昏が欲しいのですね?」
「心外ねぇ、ただ可愛い妹分を助けるだけよ?」
「身内の情で動かれる方が、女公爵閣下として辣腕を振るえるとは思えませんよ?私達姉妹を保護すれば、東部閥に対して牽制にもなりますからね」
シャーリィの言葉にカナリアも口許を扇で隠して目を細める。
貴族社会に無償と言う言葉はない。アーキハクト姉妹を手元に置けるメリットは図り知れず、対立関係にあるマンダイン公爵家へのカードとなる。
また発展を続ける黄昏と強力な戦力を持つ暁も得られるのである。
そしてシャーリィはカナリアの隠された真意を察しながらも遠回しに断る。
「可愛げが無いと言われてしまうわよ?」
遠回しに断られたカナリアであったが、妹分の成長を内心喜んだ。
そして、お忍びで来た価値があると確信し、シャーリィとの対談に望む。