今日はミセスロックスの収録日。2週間後にOA予定の回を録ることになっている。
「えー、今日は2月10日……」
「あっ、もうじきバレンタインじゃないですか?」
台本を読みながら、もうそんな時期か、と思い直す。元貴と恋人同士になってから初のバレンタイン。とは言っても、ファンの皆やお世話になってるスタッフさんとか関係者の皆からもチョコレートはもらうだろうからなぁ。正直要らないよね。でも元貴そういうイベント事には何かと敏感だから、お菓子以外で何か用意しようかなぁ。何がいいんだろ。そんなことをひとり悶々と考えていると、収録後に
「涼ちゃん」
元貴がタイミングよく声をかけてくる。ちょうどいいや、何か欲しいものあるか聞いちゃおう。
「バレンタイン近いよね」
まさか彼の方から話を振ってくるとは。
「うん、それさっき僕も台本見てて気づいた。それで何かリクエストあるか聞こうと思って」
元貴がちょっと嬉しそうに目を輝かせる。やっぱこういうイベント事好きなんだな〜、ちゃんとリクエスト聞くことにしてよかったかも。
「涼ちゃんの手作りならなんでもいいよ」
「あ〜なるほどね、手作りね。うん……ん?えっ?」
「今リクエスト聞いたじゃん」
「えっ?待って?」
予想外の反応に焦りを隠しきれない。
「だってたくさんチョコレートもらうじゃない、ただでさえ食べきれないのに困るでしょ」
そう指摘すると、不貞腐れたようにむくれる元貴。
「それとこれとは別なの!」
「えぇ……でも僕お菓子なんて作れないよ」
「昔スクールクエストでクッキー作ったじゃん」
あぁ〜あれね、と頷くも記憶は遠い彼方。作り方なんて覚えてるはずがない。でもあの時1回経験してる訳だし、クッキーならいけるか……?
「え〜味の保証はできないからね。文句言わないでよ」
渋々了承すると、元貴は嬉しそうに、楽しみだなぁ涼ちゃんの手作り!とにこにこしながら去っていった。ちょっと罠にはめられた気がするのは僕だけだろうか。
バレンタイン当日。
仕事はオフだが、めずらしく午前中のうちに起きてキッチンに立つ。必要な材料は昨日のうちに買ってきたから、レシピを見て作るだけだ。16時頃に元貴がうちに来るというので、時間の余裕もばっちり。さて、粉を計って……あっ、まずバターを常温にしとかなきゃいけないのか。卵を割って白身と黄身に分け……あっ黄身が割れちゃった。あれ?牛乳のccって何gなんだ?何で計ればいいんだ?えっ、ていうか全然混ざってくれないんだけど。これで合ってんのかな?
「えーい、ままよ!」
勢いに任せてオーブンに出来上がった生地を突っ込む。
「オーブンさん、よろしくお願いします……!」
あとは機械頼み(?)だ。祈るしかない。焼き上がりまでは30分。
「さてと……これ片付けなきゃだな〜」
材料をこぼしたり、器具を散らかしまくったりして地獄絵図のようになっているキッチンを見て僕はため息をついた。
30分後、なんとかキッチンの片付けも済み、バターとチョコレートの焼けるいい匂いが部屋に充満し始めてきていた。
「うわ、これは成功なんじゃないの……?」
オーブンが焼成完了をアラーム音で知らせてくる。
「よぉ〜し」
天板を取り出して見た目を確認する。まぁちょっと焦げてるところもあるし形も歪だけど、1人で初めて作ったにしてはなかなかの出来なのではないだろうか。ぱたぱたと扇いで粗熱をとる。さすがに味見をせずに渡す訳にはいかないだろう。十分に冷ましてから、小ぶりのものをひとつ選び取って口に入れると
「あれ……っ?」
味がしない。
「砂糖入れ忘れた……」
自分の行動を思い返してみるも、たしかに砂糖を計り入れた記憶が無い。チョコチップクッキーなので、チョコチップがある分まだマシなのかもしれないが、なんだか生地もボソボソしているし正直に言ってこれは……
「マズっ」
これはさすがに元貴に渡す訳にはいかない。しかし、時間はもう15時30分を過ぎている。新たに焼き直す時間は無い。
僕は冷蔵庫を開けてその中身を確認してから、もうこれしかない、と覚悟を決めて材料を手に取った。
玄関に足を踏み入れた元貴は
「えっやばい、なんかカオスな匂いがする!」
と開口一番、戸惑いをあらわに僕を見た。
「えっ、なになになに、こわいこわいこわい」
「大丈夫、安心して。自信作」
「ほんとに……?なんか甘い……匂いと、バター?あとこれなに?しょっぱい匂いしてんだけど」
「大丈夫、安心して。自信作」
「同じこと言ってんじゃん、こわいって」
まぁまぁ、となだめながらリビングに座ってもらう。
「藤澤、頑張らせていただきましたよ」
じゃじゃん、と効果音をつけながら元貴の前に「自信作」を運んでくる。
「きのこのバター醤油パスタです!!」
「食事じゃねぇか!!」
ツッコミを入れた元貴はツボにはいってしまったらしくお腹を抱えて震えている。
「え?なんで?待ってじゃあこの甘い匂いのもとはなんなの?これじゃないよね?」
声を震わせながら元貴が尋ねてくる。僕は仕方ないか、と観念して正直にクッキーを失敗したことを話す。すると元貴が
「なんだ、クッキー作ってくれてあるんじゃん。じゃあそれ出してよ」
もちろんパスタも後で食べるからさ、と続ける。
「え?聞いてた?砂糖入ってないしぼそぼそしてるし、美味しくないんだよ」
「それでもいいの」
元貴が静かだが優しい声と表情で僕を見つめる。
「文句言わないから。約束したでしょ」
僕は大きくひとつため息をついた。くっそ〜僕は元貴のこういう表情に弱いのだ。彼もそれを分かってやっている。キッチンへ行き、天板に載せたままだった歪な形のそれを適当な皿に移して持っていく。
元貴の前にそれを置くと、彼は嬉しそうに1つ手に取った。
「初めて?」
「1人で作るのはね」
やったね、とにこにこしながらそれを口に運ぶ。あぁ、口に入れちゃった。元貴はもそもそと口を動かしながら
「たしかに水分持ってかれる」
と言った。もー、文句言わないんじゃなかったの!と皿を取り上げようとすると皿を抱え込んで必死に抵抗される。
「だめ!これもう俺んのだから!俺がもらったんだから!」
「だってマズいでしょこんなの!どうせ明日事務所いったら美味しいお菓子選び放題なんだから」
「だからそういう問題じゃないっての!美味しい美味しくないとかじゃなくて、涼ちゃんが俺に作ってくれたから価値があるんだよ」
う、とたじろぐと、元貴が勝ち誇ったように微笑む。
「俺が涼ちゃんのことどれだけ好きか、舐めてもらっちゃ困るんだよね」
「元貴……」
「そもそも美味しいのが食べたいなら涼ちゃんに頼んでないよ」
「おいちょっと、それどういう意味だよ」
そのまんまの意味だけど?と言いつつ嬉しそうにまたひとつ、クッキーを口に運ぶ元貴に、僕は何も言い返せない。ずるいよなぁ、とぼそりと呟くと、何か言った?と聞き返され僕はかぶりを振った。
「じゃあお返しは僕も元貴の手作りがいいなぁ」
器用な君は難なくこなしてしまうんだろうけど。
これくらいの仕返しは許してもらおうかな。
※オマケ(会話文のみ)※
「パスタも冷める前に食べてよ〜、それは自信作だから」
「確かにいい匂いしてる、美味しそう〜いただきまーす。……涼ちゃん、これ、甘い」
「えっ?」
「ちょっと食べてみて」
「……あっ、これ塩と砂糖間違えてる」
「ハァ?!えっ醤油で味付けてんでしょ、なんで塩」
「醤油だけじゃ味足りないかな〜って」
「だからいつも涼ちゃんの味付けしょっぱいんだよ……ていうか味見もせずによく自信作を名乗ったな!」
「えっでも元貴、これも僕が作ったやつだよ?」
「わっ、こいつ調子に乗った、それとこれとは別だから!!」
𝐹𝑖𝑛.
※※※
正直バレンタインネタ、書きたい構想が色々とあって、ありすぎて迷ったんですが、結局ワチャワチャ系に。
ハッピーバレンタイン!
コメント
12件
涼ちゃんが作った品をちゃんと美味しいって言ってあげるの優しすぎます( ߹ㅁ߹) 塩と砂糖間違っているところは涼ちゃんらしくて可愛い❤︎(⑉• •⑉) ほっこりしました𐤔𐤔𐤔𐤔
もりょき最高👍これだからバレンタイは最高なんだよ😘私は貰ってないけど…😂
( ˇωˇ )(尊死)