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「ひなは、鷹也の子なの」
は??
「俺の子……?」
「ごめんなさい! どうしても産みたくて勝手に産んだの。でも堕ろすなんて考えられなくて――」
「お、堕ろす⁉ なんてことを言うんだよ」
恐ろしいことを言う。
あり得ないだろう? 俺たちの子を堕ろすなんて!
いや、でもそれじゃ計算が……。
「……俺の子と言うには小さくないか?」
どう見ても2歳ちょっとだった気が……。
「ひなは今3歳3ヶ月よ。少し小さめだから3歳だと思わなかったかもしれないけど」
「3歳……?」
「……あの同窓会の夜、できた子なの」
「……」
ひなが俺の子? 俺の子? 俺の……
「た、鷹也? え、ちょっと……」
俺は立ち上がり寝室と思われる部屋を開けた。
薄暗いその部屋は開けた瞬間、懐かしい杏子の匂いがする。
ひなはシングルベッドの壁際に寝ていた。
おそらくこの小さなベッドに杏子と二人で寝ているのだろう。
「ひな……」
「鷹也……! ダメよ。今は眠っているから起しても起きないわ。いつも朝の6時までぐっすりなの」
ヒソヒソと杏子が教えてくれるが、暗がりでひなの顔を見ている俺には関係なかった。
起すつもりはないのだ。ただ、ひなの顔を見たいだけだったから。
俺の子。俺の娘。知らない間に生まれていた俺の……。
「……ゥック……ゥッ……」
「た、鷹也⁉」
涙が溢れて止まらなかった。
俺の子がこの世に誕生していたなんて。
それがこんな可愛い、天使のような寝顔で存在するなんて。
ずっと思っていた。杏子の娘が俺の子だったらって……。
こんなところで泣いていたら、さすがにひなが起きてしまうかもしれない。
杏子に促されて、俺はリビングに戻った。
「鷹也……ごめんね。あなたに知らせずに勝手に産んで」
「あり得ないだろう? 子供ができたのに知らせないって」
「ごめん……」
「いや、あいつのせいか。黒島の――」
「……あの時見たの」
「……? 何を?」
「あの日の朝、起きたら鷹也のスマホが振動したの。アラームかなって見てみたらメッセージだった。光希さんからの……」
「はぁ? 黒島から?」
「立て続けに、ポンポンってメッセージが入って……」
「ちょっと待て。なぜ黒島からメッセージが入るんだ? 俺はあいつの連絡先を知らない。つまり携帯に登録していないんだ」
「え? でも……ロック画面に光希って……」
「それは従兄の光希だろう。黒島と同じ漢字の名前なんだ」
「こうき?」
俺は実際に見せた方が早いと思い、スマホを操作して光希の登録画面を見せた。
「これだろう? これは従兄の光希。身内だから名字は省いて光希とだけ登録しているけど、フルネームは長岡光希だ」
「長岡光希? 藤嗣寺の? あっ……」
「なんだ、光希のこと知ってるのか?」
「お参りに行ったとき親切にしていただいたの。藤嗣寺の副住職さんよね? ひな、光陽くんと一緒に遊んだの。あのブランコとお砂場で」
「ひなと光陽が?」
まさか俺の娘と光陽が友達だったとは……。
「そっか……だから入れ替わった時あそこにいたんだ」
「ロスへ行ってる間一度も祝いに行けてなかったから、今日は出産祝いを持って行ってたんだ。甥と姪の顔も見てこようと思って」
杏子は頷いてしきりに納得したようだったが、俺は全く納得していない。
光希が一体どうして置き去りの原因になるんだ?
「それより、どうして光希のメッセージが――」
「その……私たちが別れてから鷹也は北九州に行って、寮に入っていたって言ったでしょう? だから光希さんとは会っていないんだと思ったの。それに光希さんとの結婚話が進んでいるなら、わざわざ私に声をかけたりはしなかっただろうと思ったし。それであの夜、鷹也と……。なのに、朝起きたら光希さんからメッセージが入って、二人まだ続いていたんだって思ったの……」
「それで俺を置き去りに? くそっ! やっぱり黒島のせいか。いや、この場合光希のせいか?」
「私が勘違いしたんだよ……」
「あの日は朝起きたら杏子が隣にいなくて、なんで出て行く前に起してくれなかったんだって思ったよ。アラームじゃなくて傍にいて起こして欲しかった」
「……」
「起きてスマホを見たら、光希から立て続けにメッセージが入っていて、御札とお守りを取りに来いって連絡があったんだ。光希の父親、つまり母方の伯父から預かっているって言うから関空へ行く前に寺へ寄った」
「そっか……」
あの時の真実がやっと見えた。
これを勘違いや行き違いで済ませるのは納得がいかない。
結局の所、杏子が疑心暗鬼になっていたのも、全てはあのストーカー女黒島光希のせいだった。
あまりにも腹立たしい!
「くそっ!」
「鷹也……?」
落ち着こう。杏子を不安にさせたいわけじゃない。
せっかくひなが俺の子だとわかってこれからって時に、これ以上あの女に振り回されたくない。
「……鷹也、ごめんね? 全部誤解だった。私……ヒック……」
「杏子、杏子は悪くない。俺が腹立たしいと思っているのはあの女だ。頼む、泣くなよ……」
「……ん、ごめん……ひなにも可哀想なことをしたなと思って」
「え……」
「だって、ひな、自分にはパパはいないってわかってるの。あんなに小さいのに、理解してるの。『どうしていないの?』って聞くんじゃなくて、ただ理解しているの。私、聞かれても困ったと思う。でも、聞けない雰囲気に私がしてたんだろうなって。我慢させていたんだと思う」
「杏子……」
「それも全部私が勝手に誤解してたから。ちゃんと話し合って、ちゃんと確かめていたらひなにはパパがいたんだって思うと……申し訳なくて……。それに鷹也にも」
「俺?」
「鷹也、子供好きでしょう? それなのに生まれたの知らないでいたから」
「え!」
何故だ? 知ってる!?
誰も俺が子供好きなんて気づいていないと思ってた。
「好きでしょう? 気づいてたよ。いつもギロって子供のこと睨みながらも頭撫でたりしてた」
「……! に、睨んでないっ……」
「ちょっと……表情は練習した方がいいかも……」
ハッ……まずい。俺、光陽の時みたいにひなに泣かれたらどうしよう! 嫌われたら浮上出来なくなるかも……。
「鷹也……ひなの可愛い時、見られなくてごめんなさい」
「……俺は、ひなに父親だと名乗っていいのか?」
「当たり前でしょ! 私の誤解だったんだし。それに父親であることは間違いないんだから」
「うん……。でも俺……父親なだけか?」
「え?」
ひなの父親であることは嬉しい。
でもそれだけではダメだろう。
「俺はひなだけじゃなくて、杏子も欲しいんだ」
「鷹也……!」
「二人とも俺のものにしたい」
「あ……」
「杏子、俺と結婚して、俺を杏子の夫にして? あれ、違うか……。俺と結婚して俺の奥さんになって、だな」
「プッ……それ同じ意味」
「……そ、そうだな。つまりその……結婚、してください!」
「ふふふ……はい。よろしくお願いします。鷹也……ありがとう」
4年越しのプロポーズはあまりにも不器用だったけど、杏子が笑って答えてくれた。
「はい」って。