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「昨日…新藤さんにダビングした音源を渡しそびれてしまったから…すぐに引き返して家に戻ったんや。家も完成したし、新藤さんにはもう会える機会がないと思ったから…めっちゃ世話になったし、最後のチャンスやと思って…」
光貴の言葉が詰まった。彼の悲痛な叫びのような声を、私は黙って聞くしかできなかった。
「でも…戻らんかったら良かった。僕、二人がそんな…まさか、二人で僕を裏切ってたなんて…ほんまにショックで……なんであんなことっ! 律、なんで……」
光貴は泣いていた。
くりっとした大きな目。男性なのに愛らしいとも思える目にいっぱい涙を溜めて、溢れる涙を拭うことなく、苦痛に顔を歪めて私を見据えている。
「納得いく説明を聞かせてくれ! いつから、なんで、僕を裏切ったんや。説明してくれっ……」
嗚咽を堪えるように、ライダースジャケットを着用した腕を顔の前に持っていき、ぐうっと唇を噛みしめて吐き出したいなにかを彼は必死に堪えていた。
どこから、なにを言えばいい?
光貴にどうやって伝えればいいの?
「なんでもいいから話してくれよっ!」
堪らず光貴が怒鳴ったので、びくりと身体がすくんだ。
いつまでも沈黙を貫くわけにはいかない。ここまできたら、全部話そう。
「…新藤さんは、私が詩音を死産した時……傍にいてくれたの」
静かに告げると光貴の顔色が変わった。なんで、と声を震わせている。
「僕には一切、なにも教えてくれなかったのに、新藤さんにが全部知ってるなんて、おかしいやろおっ、僕、当事者やのに…律の旦那は誰やっ!」
光貴が怒鳴った途端、ガチャンと派手な音がした。彼が自分の顔を覆っていた右手を乱暴に振ったから、玄関に飾っておいた観葉植物に腕が当たってそれが床に落ちた。植木鉢は見事に衝撃で砕け、惨めな残骸をそこに残した。
その鉢の横に置かれたギターのオブジェもはずみで倒れ、玄関の棚に派手な音を立てて倒れた。昼間に三宮のアンティークショップで買ったものだ。
「光貴、それは違う。新藤さんに教えたんじゃない」
「じゃあなんでっ」
「この家の完成日…光貴はデビューライブの準備があるから途中で家を出た時、新藤さんが残ってくれて、引っ越しの手伝いをしてくれたの。家族も来れなかったから、妊婦の私を気遣って最後まで荷物を運んだり、私ができないことを全部やってくれて…ひと段落した夕方に私の体調に異変があったから、病院で診てもらうために、新藤さんが車で病院まで送ってくれたの。成り行きで、詩音の死産を知られてしまっただけ」
「それがどうしたらこんなことになるんや!」
「病院で詩音の死産を知った時、私、現実が受け止められなくて、自殺しようと思ったの」
死のうとしたことを告白すると、さすがの光貴も言葉を失ってしまった。
「でも、新藤さんが自殺しようと考えている私を思いとどまらせてくれた。彼は光貴に詩音のことをきちんと伝えた方がいいって言ってくれたけれど、私がそれをしたくなかった。光貴が、あなたの夢が、大事だったから。サファイアのデビューライブ、どうしても成功させて欲しかったから…ひとりぼっちで辛い時、傍にいて欲しいって言えなかった。本当は、光貴に一緒にいて欲しかった」
こんな形で光貴に伝えることになってしまうなんて。
「その時、事情を知っている新藤さんが助けてくれた。私のために歌を作って届けてくれた」
「歌?」
「新藤さん…RBの白斗だったの」
「は…白斗!? どういうこと、それ……」
光貴が言葉を失った。かなり青ざめている。