「でも、その時はまだ白斗だってことを知らなかった。新藤さんは親切だから、成り行きで傍にいてくれているんだって思ってた。その時、新藤さんが『白斗が作った未発表の曲』だと言って、私のために作ってくれた歌をくれたの。詩音を見送る時も、黙って一緒にいてくれた」
あの時のあの光景は、今でも鮮明に覚えている。奇跡を願って泣き叫び、詩音が大きな炉の中に投下され、空に還ってしまったあの日のこと。
「デビューライブのリハ前に、光貴が電話くれたよね。あの時、ほんとうは詩音の火葬中だった。必死に涙堪えて光貴と話した時、新藤さんがずっと傍にいてくれた。正直に言って救われた」
光貴は怒りの勢いを失い、呆然と私の言葉に耳を傾けていた。
「相談もせずに、勝手な決断だと思う。光貴が怒る気持ちもわかるけれど…でも、私は間違ったことをしたと少しも思っていないよ。今でもその考えは変わらない。それにやまねんさんに光貴の失態を聞いて、あの時の光貴に言わなくて良かったって確信したもん」
「失態って…なにを聞いたんや」
「デビューライブの時、光貴が私に電話してきた時間って、ライブ本編が終わった直後で、アンコール前だったって聞いたよ」
光貴がギクリとした顔をした。具合が悪い話がバレてしまった――そんな顔をしている。本当にわかりやすい。彼がそれだけ素直な男性だから。
まあ、私も同じだ。だから今日、私の様子がおかしなことに気づかれてしまった。
だからこそ、私は光貴のために『詩音が死産になってしまったことを黙っておく』選択肢を選んだ。皮肉にもこんな結果を引き起こすことになってしまうなんて思わなかったけれど。
私の記憶の中で、やまねんさんとのやり取りが蘇る――
ライブが終わって二日後くらいのことだったと思う。やまねんさんから直接私のスマートフォンに連絡があった。
『あ、りっちゃん? 体調はどう? 大丈夫かな?』
『はい…なんとかやっています』
光貴に詩音のことを聞いたのだろう。いつも元気でよく通る芯のある声なのに、今日の彼の声はとても沈んでいた。
『あの…サファイアのライブ、大成功やったよ。応援してくれてほんとうにありがとう』
『そうでしたか。それは良かったです』
そう言ってもらえたら、あれだけ辛い思いをした甲斐もある。少しだけでも救われる。
『この成功はりっちゃんの応援の賜物やで』
『そんな…大げさですよ』
『いや、実は光貴が、アンコールで失敗してん』
『えっ…?』
『あいつ、お腹の子のことが気になっていたから、アンコールをやる前にりっちゃんからの連絡見てしまってさ。それで訃報を知って…めちゃくちゃな演奏になってん。いや、めちゃくちゃっていうより、放心してギターそのものが弾けてなかった』
『――!』
光貴、そんなことひとことも言わなかったのに……。
『今回のライブの成功は、りっちゃんが頑張ってくれたからや。最初から子供の訃報を聞いていたら、多分光貴は本番、ギターを弾けなかったと思う』
予想していたことが当たっていた。
やっぱり、私の選択は正しかったのだ。
『あいつはまだ若いし、未熟なところもいっぱいある。覚悟もまだまだ甘い。だから…りっちゃんが辛い決断をしてくれたんやって、わかった。アンコールだったから、光貴の酷い演奏はなんとか誤魔化せた。その程度ですんだのは、りっちゃんのおかげや』
やまねんさん…。
『辛い時に光貴に頼らせてやれなくてごめんな』
『いえ…お気遣いありがとうございます』
『でも、めっちゃ辛かったやろ…ほんまに…ごめん……』
やまねんさんの嗚咽が電話越しに聞こえてきた。私の気持ちを真から理解して、涙を流してくれる人がいて、心から救われた。それを、いちばん光貴にわかって欲しかった。
でも、その時思った。私の行動を理解してくれる包容力のあるやまねんさんや新藤さんのような人が伴侶なら、隠しごとをせずに事実を伝えられたのだろう、と。
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