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◆ 第5章 最後の夜、最後の空 翌日の夕暮れ。
ユメトは窓辺に座り、夕日の色をぼんやりと眺めていた。
手足はもう半透明で、
光に透けて、向こう側が見えるほどだった。
現実に来たばかりの頃は、
遥の部屋の温度も、布団の柔らかさも、
すべてが鮮やかだったのに。
今はどれも、だんだんと遠ざかっていくようだった。
そんなユメトの隣に、遥が腰を下ろす。
「……ねぇ遥」
「なに?」
「現実って、思ったよりあったかかった」
「……ユメト」
「夢の中の空より、こっちの方が綺麗だった。
お前がいたから、なのかもだけど」
ふっと笑うユメトに、
遥は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「……戻る前に、どこか行きたいところある?」
「んー……」
ユメトは首をかしげ、
「外。歩いてみたい」
その答えに、遥は少し驚く。
「外、怖くない?」
「遥と一緒なら、大丈夫」
その言葉は、あまりにも素直で。
あまりにも儚かった。
● 二人で歩く、最初で最後の街
夜になった街は、ほんのり暖かい光で満ちていた。
コンビニの看板。
マンションの窓灯り。
車のヘッドライト。
ユメトはそれらを見て、子どものように目を輝かせた。
「すげぇ……現実の夜って、こんなに明るいんだ」
「当たり前だろ」
「だって俺の世界は、もっと静かで……暗かった」
ユメトの声は嬉しそうで、でも少し寂しい。
信号の前で立ち止まったとき、
遥は横目でユメトを見る。
――輪郭が揺れている。
まるで、風に吹かれて消えそうな影みたいに。
「ユメト……もう、時間ないじゃん」
「うん。知ってる」
信号が青に変わる。
二人は歩き出す。
その途中、ユメトはふと手を伸ばし、
「遥」
「ん?」
彼の透明な指が、遥の頬に触れた。
「俺さ……初めてだった。
夢じゃない世界で、誰かを好きになったの」
遥の胸が跳ね、呼吸が止まった。
「……俺もだよ」
小さく返すと、ユメトは嬉しそうに笑った。
その笑みは、今にも消えてしまいそうなのに
どこまでも優しかった。
● 最後の夜。最後の夢。
布団の中で、二人は向かい合って横になる。
「遥。眠れる?」
「……寝たら、お前いなくなるだろ」
「でも、行かなきゃ。
このままここにいたら、本当に消えちゃう」
遥は強く目を閉じ、息を整えた。
「……分かった。夢で、会おう」
「うん。絶対」
二人は手を握り合い、そのまま眠りに落ちていく。
● 夢の空
白い雲が広がり、
風がゆっくり二人の髪を撫でた。
そして、黒い翼が現れた。
「時間だ、ユメト」
クロウが静かに告げる。
ユメトは扉の前に立つと、
最後に、遥の方を向いた。
目が合う。
互いに、何も言えない。
言葉にしたら崩れてしまうような、
そんな気がしたから。
けれど――
ユメトは一歩だけ近づき、
遥の胸に、そっと手を当てた。
透き通る手が、かすかに触れる。
「俺、ここに残してくね」
「……何を?」
「今日までの全部。
一緒に笑ったことも、歩いた夜も。
ぜんぶ、遥が覚えててくれたら……
俺、ちゃんと生きてたって思えるから」
遥の目に涙が浮かんだ。
ユメトはにっこり笑い――
「じゃあね、遥。
大好きだよ」
そう言って、扉の向こうへ消えていった。
風が止まり、
雲が閉じるように扉が消えていく。
その瞬間、
遥はようやく声を震わせて叫んだ。
「ユメト――!!」
でも、返事はもうなかった。