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◆ 第6章 ユメトのいない朝 目を開けた瞬間――
部屋は、ひどく静かだった。
昨日まであった温もりが、
手を伸ばしてもどこにも触れない。
遥はしばらく天井を見つめていた。
夢の余韻が、心の奥にまだ残っている。
ユメトの声。
ユメトの笑顔。
夜の街を歩いたときの横顔。
すべてが鮮明で、やさしすぎて、
胸の奥をそっと締めつけた。
「……ユメト」
名前を呼んでみた。
返事は、もちろん返ってこない。
だけど、不思議と涙は出なかった。
泣きたいのに、涙がどこにも見つからない。
――泣かないって、あいつが言ったから。
その言葉だけで、胸が張り裂けそうになる。
● 部屋に残された「気配」
ベッドを降り、周りを見渡す。
机。
窓。
床。
椅子。
どれも昨日と同じはずなのに、
どれも少し違って見えた。
ユメトがそこに立っていたような、
触ったような、
笑ったような気配だけが残っている。
窓際に目を向ける。
昨晩、二人で並んで座った場所。
ユメトが外の景色を見ながら
「現実の夜、好きだな」と呟いた場所。
遥はそっと窓に触れた。
冷たい。
けれど、その奥に暖かい記憶がある。
「……いなくなったんじゃないよな」
遥は自分に言い聞かせるように、
ゆっくりと息を吸って、吐いた。
「俺の中には……ちゃんといる」
● 外の光
ふと、外を見た。
朝日が昇っている。
薄橙色の光が地面を照らし、
街は新しい一日を迎えようとしている。
昨日二人で歩いた道も、
今日の光の中では、また別の顔をしていた。
思い出が増えた道。
ユメトと歩いた唯一の道。
遥は窓を少しだけ開けてみる。
風が入ってきた。
その風の中に、ほんの少しだけ――
ユメトの気配が混じっているような気がした。
「ユメト。今日から俺……ちゃんと生きるから」
風に向かって、静かに言う。
「お前の友達だった俺で、胸を張れるように」
その瞬間、
どこからか羽ばたく音が聞こえた気がした。
黒い翼の風。
優しく包むような、あの感覚。
遥は目を閉じ、
こみあげる何かをしっかり抱きしめた。