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凪川 彩絵
#独占欲
「なんで……お前の弁当と、新沼課長の弁当が――」
日下はそこで一度言葉を切ると、視線を瑠璃香の手元にある弁当箱へと落とす。
「そんなに、似通ってんだよ」
問い詰めるような言葉なのに、声音はどこか迷子だ。
責めているというより、事実を必死に繋ぎ合わせようとしている。
「俺にはさ……」
日下の喉が、小さく鳴った。
「もう卵焼きはやらないって、……そう言ったよな?」
瑠璃香は、言葉を失った。
否定も肯定もできないまま、指先がぎゅっと弁当に添えた手にも力を込めさせる。
日下が次に何を言うのか、瑠璃香には分かってしまった。
案の定彼が、どこか泣きそうな顔で続けるのだ。
「なのに、新沼課長には……」
それ以上言うことは確定事項になるようで躊躇っているんだろうか。最後まで言えないみたいに言葉を濁した。だが、瑠璃香が何も言わないことに業を煮やしたんだろう。小さく吐息を落とすと、静かに言葉を続ける。
「……弁当、丸ごと作ってんのな?」
瞬間、三人を中心にざわ、と空気が揺れた。
周囲の視線が、一斉に瑠璃香へ集まったのが分かる。
瑠璃香は居た堪れなくなって唇をキュッと噛み締めて俯いた。
何か言わなければと思うのに、言葉が見つからない。
どれを選んでも、どうにも収拾がつかない上、誰かを傷つけてしまいそうで怖かった。
「日下……」
その様に、さすがに黙っていられなくなったんだろう。横から悦子が声を挟んだ。
けれど日下は、それに気づかないふりをした。
「別に……責めてるわけじゃない」
言い訳のように言ってから、日下は自分でもおかしそうに眉を寄せる。
「……正直言うと、俺にも分かんねえんだよ。なんでこんな風にお前を問い詰めてんのか、そうすることで、俺が小笹にどうして欲しいのか」
その言葉に、瑠璃香の肩が小さく震える。
「日下にも……お弁当を作ればいいの?」
その一言が決定打だった。
「も、ってことは新沼課長のはやっぱり小笹が作ってんだな……」
コミュニティルームのあちこちで、視線と囁きが交差していく。
この場でこれ以上続けてはいけない。
悦子は、はっきりとそう悟った。
(……ダメ。なんとか止めないと)
悦子は静かに立ち上がり、何も言わずにその場を離れた。
向かう先は、決まっている。
企画宣伝部・企画宣伝課。
弁当を広げたまま何も知らずに幸せを噛み締めているはずの——、新沼晴永のもとだ。
***
コミュニティルームの扉が、控えめな音を立てて開いた。
——ひそひそ、という囁きが一瞬だけ途切れる。
入ってきたのは木島悦子だった。
そのすぐ後ろに、長身の男が続く。
新沼晴永。
企画宣伝課の鬼課長が、昼休みにわざわざコミュニティルームへ足を運ぶなど、滅多にない。
その〝滅多にない〟が起きた瞬間、場の空気が目に見えて引き締まった。
今までは瑠璃香たちを中心に取り巻いていた視線が、一気に晴永へ集まる。
そうしてそのまま瑠璃香たちへとまた戻る……。
三者の間を行ったり来たりする視線に、『やっぱりそういうことなの?』などと小声でささやきあう声が混ざった。
晴永は扉を背にしたまま、ほんの一呼吸で状況を把握した。
ざわつく視線の中心。
俯いた小笹瑠璃香。
その正面に陣取っている日下仁人。
そして——晴永のことも取り込みたいみたいに瑠璃香たちとの間を繋ぐ、好奇と確信に近い熱。
入口側に背中を向ける形になっている日下は晴永がここへ入ってきたことにも気付いていないみたいに、瑠璃香に何かを話しかけている。
そんな同期からの尋問に耐え切れないみたいにうつむいた瑠璃香の姿が、なんとも痛々しくて――。
晴永の眉が、わずかに動いた。
コメント
1件
るりかちゃん、可哀想😢