「出かけるってどこへ?」
「ベルモントだ」
机の上に置いてあった魔法書とメイス。それを腰に掛ける為のベルトと小さなリュックを背負い準備する。
「え? でも、今からだと着くのは夕方位になっちゃうよ?」
「ああ、だから向こうで一泊する。ソフィアさんの許可も取った」
「お泊りデート!?」
目をキラキラと輝かせるミアはとても嬉しそうではあるが、それを聞いた俺の手はピタリと止まる。
言いたいことはわからなくもないが、普段から一つ屋根の下で暮らしているのに、お泊りデートと銘打つのは違うのではないだろうか……?
出かけるとは言ったが、半分は仕事のようなもの。
しかし、そんなことを議論する暇があるのなら、少しでも早く出発するべきである。
「まあ、そんなもんだ。だから早く準備してくれ」
「やったー!」
着替えの途中だったミアは、ぴょんぴょんと部屋の中を跳ねまわる。
一頻りその喜びを全身で表現すると、ウキウキでお泊りの準備を始めた。
少々大袈裟にも見えるが、ミアにとって村を出ることなど年に数回あるかないかの一大イベント。
村には子供たちが遊べるような公園もなく、あるのは無駄に広い空き地か草原だけ。
元の世界では、『村の全てが遊び場だ!』みたいな観光客向けキャッチコピーをちらほら見かける事もあったが、そんなもの子供に通用する訳がないと常々思っていた。
住んでいる村で遊ぶより、遊園地で遊んだほうが何倍も楽しいに決まっているのだ。
隣町までは大人の足でも一日かかる。とてもじゃないが日帰りできる距離ではない。そもそも村人が村から出るということ自体稀なのだ。
主な収入源は農作物や畜産物。たまに来る商人に売ることもあるが、基本は村での地産地消。
穫れすぎてしまった場合のみ、荷車を引いて売りに行くことがあるくらい。
「なんで急にベルモントに行くことにしたの?」
「一つは買い物。もう一つはちょっとした仕事かな?」
「仕事?」
「ああ。ベルモントのギルドに帰還水晶を取りに行ってくれと言われてな。それはミアに頼みたいんだが……」
「うん。大丈夫だよ。それより何買いに行くの?」
「魔法書だ」
現代版死霊術の魔法書が今回の目的。恐らく俺がダンジョンで手に入れた魔法書は古すぎた。故にダウジングやら占いやらに関する魔法が載っていなかった。
ならば、今現在流通している魔法書を買えばいいと考えたのである。
ミアから魔法書店がベルモントの町にあるとは聞いていたので、いい機会だし足を延ばすのも悪くないと思ったのだ。
ワンチャン、俺のケツが割れないようにする魔法もあれば猶更。幸いにも、炭鉱探索の出発は三日後だ。一泊二日なら十分間に合う。
その為にソフィアから休みを貰ったのだが、どうせ行くならベルモントのギルドで帰還水晶を分けてもらってくれと頼まれたのだ。
「あ……」
「ん? どうした、ミア?」
「ううん、なんでもない」
何か気になる事でもあるのだろうか? ぎこちない笑顔は、何かを誤魔化しているかのようにも見える。
「そうだ! カガリはどーするの? 町には入れないと思うけど……」
小型動物ならいざ知らず、危険だと判断される大型の獣は街に入ることは出来ない。カガリは十分にそれに該当する。
「ああ。カガリにはちょっとやってもらいたい事があってな。俺たちが町にいる間に頼もうと思ってるんだ。詳しくは道すがらに話すよ」
背中に朝日を背負い、俺たちは一路ベルモントを目指して歩き出す。
俺は徒歩、ミアはカガリの上だ。馬を借りるという選択肢もあったのだが、あえて徒歩を選んだ。
お金の節約というわけではない。久しぶりにミアとゆっくり話をしたかったという理由もあるにはあるのだが、別の理由もあった。
そんな俺たちを遠くから見ている女性が一人。ネストが俺たちの尾行を始めたのだ。
――しかし、それは想定の範囲内なのである。
――――――――――
日が暮れるギリギリ。予定より少々遅くはなったものの、ベルモントへと辿り着いた。
やはり町というだけあって、コット村とは規模が違う。
街の周りを囲っている壁はブロックを綺麗に積んだもので、街というより砦のよう。
出入口の前に佇むのは二人の警備兵。ギルドの仕事で来た冒険者だということを伝えると、ギルドプレートをチラリと確認した後、入場を許可された。
門を潜るとその街並みも村とは比べ物にならないほど近代的。
コット村では建物ほぼすべてが木造なのに対し、こちらは石やブロックなど頑丈な建材が使われている建物が多く、色々な文化が入り混じっていることがわかる。
町の人々も多種多様で、なかには獣人のような種族も見受けられた。
「ミア、凄いぞ! 見てみろ! 猫耳だ!」
人間とドワーフ以外の種族を見たことがなかった俺は、少々興奮気味にきょろきょろとあたりを眺めながら街を歩く。
そんな俺を呆れたように見ていたミアは溜息を一つ。
「……おにーちゃん、田舎者みたいだよ?」
「すまん……」
確かにちょっと大人げなかったとは思うが、田舎者なのは間違いない。
「ベルモントは中立都市だから、色んな種族が分け隔てなく暮らしてるよ。一番多いのは人族だけど、獣人とかエルフなんかもいるね」
「魔族はいないのか?」
俺の質問にミアはピタリと足を止める。見上げたその表情はどこととなく悲しみを覚え、俺の手を強く握り返す。
それは過去に起こった魔族との争いの歴史が証明してる。それが人間社会での常識であり、魔族は明確な敵だと位置づけられているのだから。
「おにーちゃん本当に記憶、戻ってないんだね……。魔族は人を食べちゃうんだよ?」
もう少し考えてから口を開くべきだった……。相手がミアだからと感覚が麻痺していたのかもしれない。
実際に魔族が人を殺める場面でも見れば違うのだろうが、先入観でしかそれを想像できないのだ。
俺にとっての魔族と言えばダンジョンの管理者、百八番が関の山。元魔族らしい彼女は頭に角を有し、尻尾のような物も生えていた。
とはいえ、人間と違う所はそれだけだ。言葉が通じなければ恐怖の一つも覚えるのだろうが、俺から見れば獣人となんら変わらない。
……いや、この話題を引っ張るのはよそう。俺の所為で空気が重くなってしまった。俯き悲しむミアが見たいわけじゃない。
「そ……そうだったな。……ひとまず今日の宿を探そう。オススメはあるか? できればリーズナブルな所がいいんだが……」
「んー……。冒険者割引の効く宿屋ならあるよ」
「じゃあそこにするか。二部屋借りるとするといくらだ?」
「部屋を二つ借りるより、二人部屋を一つ借りた方が安いよ」
「じゃあ、二人部屋だな」
ミアのオススメの宿で手続きを終え、手頃な食堂で食事を済ませると、食後の運動もかねてミアに町を案内してもらうことに。
最初に案内されたのはギルドのベルモント支部だ。
帰還水晶の受け取りは明日になっているはずなので、今は外から建物を見学するだけ。
「流石に町のギルドはデカイな……。コット村の三倍はあるんじゃないか?」
冒険者たちが出入りする扉の奥から、時折漏れ出る内部の灯りが賑わいを見せる。
第一印象は、入り辛そう……。初めて訪れる場所はどこでもそう感じてしまう。
すでに閉店していたが、魔法書店にも案内してもらった。
明日、ミアがギルドに行っている間に、俺は一人でここに来ればいいわけだ。
さすがに足が棒である。ミアは途中までカガリに乗っていたが、それでも疲労はしているはず。
町の中では俺の方がはしゃいでいたが、街に着くまではミアの方がはしゃいでいたのだ。
気になるのは、ネストがコソコソとついて来ていることなのだが、まあ向こうから手出ししてくることは無いだろう。
眠そうに目を擦るミアを抱き抱えると俺たちはプチ観光を切り上げて、宿でゆっくりと身体を休めた。
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