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『睦月君、あの……この結婚はあくまでも契約でしょ? 頑張って毎日働いたら5年くらいで2000万円は完済できるつもりで考えているから、それ以上睦月君の貴重な人生を私のせいで縛るわけにはいかないと思うんだけど…』
やっぱり先生は、僕と離婚を考えているんだ。
僕とは生涯やっていけないってことだよね。もしかして、ほかに好きな人でもいるのかな。まさか水島――……いや、そんなわけない。
心がズキズキと痛んだ。
『じゃあ先生。契約の5年間の間……僕のためならなんでもしてくれるの?』
潤は『にっちもさっちも行かなくなったら、契約を盾に体関係に持ち込むのもアリだ』と言っていた。男女関係を結べば、そこから特別な感情が生まれるからって。ここは、強硬するしかない!
『あ、そ、そりゃあ、睦月君が喜んでくれるなら、なんでも……』
『だったら、キスしてよ。先生から僕に』
『き……っ!』
先生が飲んでいたジュース詰まらせ、ごほごほとむせた。キスは昨日やったし、先生から僕にキスしてくれたら、なしくずしに関係に持ち込んでやるっ!
多少強引でも、ここは行くしかない! 男として大勝負をかける時だっ!
『契約でも夫婦なんだから、キスくらいできるでしょ?』
『そ、それは契約には含まれていなかったと……』
『夫婦になったんだよ。男女関係があってもおかしくないよね?』
先生、僕とキスして。「いいよこの先は好きにして」って言ってよ……!
『そ、そんなのダメっ! それって、ちゃんと、好きな者同士ですることだと思うの。わ、私はそんなに器用じゃないし、いい加減なことはできないよ……』
僕は言葉に詰まった。まさか、好き同士ですることで、いい加減なことはできないって拒絶されるとは思っていなかった。
僕とは、身体の関係は結べないってことだよね……?
もしかしてとてつもなく嫌がられてる……?
これ以上ないくらいの衝撃だった。
株で例えるなら、これはイケるぞと思っていたのに目論見外れて大暴落して損失取り返せないくらいの大損を出してしまった時と同じだ。それはもう、血反吐をまき散らして立ち直れないレベルの…。
1分前…いや、30秒でいい。時を戻したい。先生に迫る前のバカだった僕をぶん殴ってやめさせたい。
『わかった。変なこと言ってごめん』
それだけ言うのがせいいっぱいだった。いたたまれない。この空気どうしたらいいんだ…。失敗した時の対処法、潤に聞くの忘れたよ……。あああ……。
どう話していいのかわからなくて黙っていると、先生が微笑みながら言った。
『感情論で睦月君を拒絶するようなことを言ってごめんなさい。あなたが嫌って言っているわけじゃないの。誤解しないでね』
僕を……嫌じゃない?
まだ、この損失は取り返せるチャンスがあるってこと?
いや待って。ダマシの可能性もある。イケると見せかけておいて、急に手のひら返して株価を暴落させる手法があるんだ。(ダマシ(騙し)とは、テクニカル指標が発するシグナルと逆方向に相場が動く現象のこと。ダマシ上げとも言う)先生はどんな手を打ってくるか、恋愛初心者の僕にはぜんぜん見通せない。
『私は睦月君に雇われているのだから、あなたが望むことはできるだけ叶えるつもりよ。男女関係も……頑張るから』
――男女関係も……頑張るから。
先生、それって頑張らなきゃできないって言っているのと同じなんだけど。
僕とのエッチは、頑張らなきゃできないレベルなんだね。
『いいよもう。先生の気持ちはよくわかったから』
やっぱりダマシ上げだったんだ。そんな都合いい展開、あるわけない。
『あ……あの、睦月君、ごめんなさい。嫌な言い方をしてしまって……』
ほら、先生が困っているじゃないか!
僕が余計なことを言ったばっかりに。
やっぱり潤の指南はぜんぜんうまくいかない!
もうやめた!
『どうして先生が謝るの。僕が変なことを言いだしたから悪いんだ。この話は終わり! でも、先生が僕を嫌じゃないって思ってくれているだけでいいよ。今は、それだけで十分』
そうだ。先生が嫌じゃないって言ってくれて、たとえ契約とはいえ僕の妻になってくれたのは紛れもない事実。これを本物にするために頑張るのが、今の僕にできることじゃないか!
それに、やっと、やっと先生に会えたんだ。ちょっと拒否られたくらいで諦められるものじゃない。僕の13年の想いは伊達じゃないぞ。僕の愛は重いんだ!!
だからまず、感謝の気持ちを伝えよう。
『先生の手料理、世界でいちばんおいしいよ。ご飯作ってくれてありがとう』
笑顔で、先生に気持ちを伝え続けていれば、いつかうまくいくかもしれない。
『あ…あの、睦月君、もっと私にできることはないかな?』
『うーん……』
なんと先生が気を使って言ってくれた!
男女関係は諦めるから、もっと距離を縮めたいな。
『じゃあ、男女関係は諦める分、僕にご奉仕してくれる?』
『もちろん! なんでもするわ』
『じゃ、今日は一緒に寝ようね。添い寝して欲しいなぁ~』
今日も先生の傍にいて、女神の寝顔を拝むんだ!