「は……え?」
耳を疑った。聞き間違え方も思った。
でも、目の前のメイドは顔面蒼白で必死に訴えかけてきた。
「ルクス様が、攫われました」
と、やはり聞き間違えではなかった。
(どういうこと……? この短時間の内に?」)
信じられない。
一体、どうして。誰が、なんのために。
確かに富豪の息子を誘拐して身代金を……とはよくある話だろうが、こんな時に目立つことをするのだろうか。皇太子が屋敷を訪れていて、護衛やら何やらも多く来るだろうに、警備が厚くなるのではないかと。
(違う、そっちに注意が向けられているから、こっちの警備とかが薄くなるんだ)
それなら納得できると私は一人頷いた。
だが、やはり疑問は数多く残る。それに、何故誘拐されたと分かったのか。疑問が頭を埋め尽くす。だけど、今はそんなことを考えている暇はない。とにかく行動しないと。
「だ、誰に攫われたんですか」
私がそう口を開けば、メイドはふと顔を上げる。私の顔を見て、言いにくそうに口ごもっていた。その表情から、犯人の目星がついているのだろうと思う。
「ルクスが、一体誰に!」
そう私とリースの間をわって入って、ルフレがメイドに詰め寄った。
皇太子を押しのけるなんてと思いつつ、私はリースの顔を見たがこの状況では彼も何も言えないのだろう。心配しているようにも見えたが、面倒な事に巻き込んでとも取れる表情をしている。
ルフレは、メイドに状況を説明しろと怒鳴っていた。自身の半身であるルクスが攫われたんじゃ取り乱すのも無理がない。
「リース」
「何だ?」
「本当に誘拐されたのかな……」
「さあな。俺たちには関係無いことだろう」
と、リースは言うが、彼も彼でこんな状況じゃ先ほど結んだ協定が取り消しになるのではないかとも思っているのだろう。顔が険しい。
私は、メイドの言葉を待った。
ルクスはヒカリが紅茶を零したため、お風呂と服を着替えに出て行ってしまった。そうして、数十分一時間ぐらいだったか戻ってこなかった。その間にこの伯爵邸から誘拐されたと言うことだ。裏口か正面玄関か。どこから逃げたんだろうか。警備が薄くなっていたとは言え、果たして子供一人を抱えて逃げられるのだろうかと。
それか、転移魔法。
(あり得るかも知れない)
転移魔法であれば、周りに誰もいなければ気づかれることなく伯爵邸をでることができる。だが、まず誘拐犯が伯爵邸に忍び込む方が難しいのではないかとも思う。
だとしたら、元から伯爵邸で働いている日とか……そう考えている内に、想像もしたくない答えが浮かんできてしまった。
「……ヒカリは何処に行ったの?」
と、口を開いたのはルフレだった。
メイドは目を伏せながら、申し訳なさそうに口を開く。そして、震えた声で言ったのだ。
「ヒカリは、ルクス様と消えました」
その言葉を聞いて、確信に変わってしまう。
だがその言葉を聞いても信じたくなかった。そもそも、あんな……とはいってはいけないが、リュシオルと比べたらまだまだなメイドのヒカリがあのルクスを誘拐できるのだろうか。ただのメイドで魔法が使えるわけではないだろう。
だから、私はメイドに尋ねた。
すると、メイドは目線を下げてしまう。
「ヒカリが、そんなことするわけない」
「ルフレ……」
わなわなと、拳を振るわせながらルフレはいった。彼だって信じたくないのだろう。でも、一番怪しいのはヒカリだ。メイドも二人で消えたというのだから彼女が何らかの方法でルクスを誘拐したのだろうと。
そんな私達とは対照的なリースは、空気も読まずに口を開く。
「現状一番疑わしいのはそのメイドだろう」
「リース!」
私は思わずリースの肩を殴ってしまった。その様子に口を開くメイドとルフレ。
私はしまったと手を咄嗟に後ろで隠しながらあははは。と笑って誤魔化した。誤魔化せていないのは分かっている。
「ちょ、ちょ、リースそういうことストレートに言っちゃ駄目だって」
「何故だ? そのメイドと消えたのであればそのメイドが誘拐犯なのだろう」
「で、でも……ね、ルクスとルフレの専属のメイドで凄く仲がよかったの」
仲がよかったというか、完全に玩具にされていた気がしたけれど。
そういえば、リースは。だがな……と顎に手を当てて考え込む仕草をする。リース、遥輝はストレートに言う癖があって、周りのことをあまり考えないところがある。それはいいことでもあるし、悪いことでもある。まあ、育ってきた環境が違うからだろうが。
「ヒカリは、どうやって消えたの? だって、彼奴ただのメイドじゃん。伯爵邸から走って逃げたとでも言うのかよ!」
と、叫ぶルフレ。
場は騒然としており、報告に来たメイドは何て言葉をかければいいか分からずおろおろしていた。
ルフレの気持ちも分かる。私だって信じられないし、何かの間違いであって欲しいと思う。だけど、リースの言っていることも正しい。
確かに、この屋敷から出て行ったのなら、誰かが見ているはずだ。しかし、目撃情報はなかった。
「……あ」
私は、とあることを思いだして言葉が漏れた。
今回に限ったことじゃない。
「ねえ、ルフレ」
「何、聖女さま、今話し聞いてられるほど余裕ないんだけど」
などと、ルフレに睨まれてしまう。
それは私も分かっているし、私だって色々無駄口を叩くつもりはない。ただ、疑問に思った事、もしあの時から何かが可笑しいとあれが可笑しな事だったとするなら――――
「ルフレ、前に伯爵邸に来たとき……一番最初に私達が会ったときね、狩りをしたじゃん」
「それが何!?」
「狼の怪物に襲われたの覚えてるよね。誰も森には入れないとい用になっているっていってたじゃん、勿論中に居る動物が外に出ることもないって結界魔法が張ってあるって」
「話が見えないんだけど」
と、急かすルフレ。
私は、息を吸ってゆっくり吐くと、ルフレを見た。宵色の瞳は、少しだけ潤んでいる。
そうして、私は告げたのだ。
「あの時、もしね、仮にね……狼を暴走させたのがヒカリだったとしたら」
「……っ!?」
「今回のことも計画していたんじゃないかなって思って。だって、あの時仮の準備をしてくれたのはヒカリだったじゃん」
「でも、彼奴魔法使えないし……結界魔法を張っておいてってとはいったけど、でもあれは魔道具を使ってだったから……」
そう言って、ルフレは黙ってしまった。
確かに、と納得してくれたからかも知れない。あの狼の怪物のこと、災厄の影響でいきなり暴走したにしてはあまりにもタイミングがよすぎた。私が来たときに暴走したのだ。それは思い込みが激しすぎるかも知れないけれど、あの時から何かが可笑しかったのかも知れない。
ヒカリは、もしかするとヘウンデウン教の――――
と、何故自分がその考えにいたったのかは分からなかったが、ヒカリはヘウンデウン教と繋がっているのではないかと思った。
これは、憶測で予想だけれど。
ルフレは目を見開いて口を開くと、顔を歪ませた。
「……誘拐した理由は?」
「それは、分からないけれど」
私が答えると、ルフレは俯いてしまった。そうして、黙っていたメイドが置き手紙があったと、今頃その情報を出すのかというくらい遅い情報をくれた。
私は、その内容に唖然としてしまった。
「奴隷商に……!?」
メイドが告げた内容は、明日帝国の何処かで開かれる奴隷市にルクスを出品するというものだった。字は印刷されていたため誰の文か分からなかったが確かにそう書かれていたらしい。奴隷の売買はこの国では禁止されているのに。
そう思い、リースを見れば深刻な問題だという風に目を鋭く尖らせていた。
「俺が未来おさめる国で奴隷の売買か……全く不愉快だ」
リースはそう言うと、小さく舌打ちをする。
だが、その内容には引っかかりを覚える。何故富豪の息子を誘拐したのに奴隷市に売り飛ばすのか。確かにお金は儲かるかも知れないが、もっと他に利用方法があるのではないかと何故か敵視点になって考えてしまった。危険を冒して誘拐したのに奴隷市に……何か引っかかってしまう。もやもやが残る。
「ルクスが……そんなのとめなきゃ!」
「でも、何処で開かれるか分からないし……奴隷の売買は禁止されているからコソコソってやるんじゃないかな」
「そうだったとしても、ルクスが……そんな」
と、ルフレは言葉をつまらせた。
焦る気持ちも心配な気持ちも分かる。でも、この帝国でこそこそ奴隷市が開かれていても見つけられるかどうか。そんなことに、今の状況からして、人をかり出せるはずもなく、ただ不安になるばかりだ。
私達は、どうすることもできずにその場に立ち尽くしたままだった。
私達も、ルクスも無事なのか。そもそも、本当にルクスを出品するつもりなのか。私は、ぎゅっと拳を握った。
これが、ルフレやリース、私達をおびき出す罠だったら……
(それでも、私は――――)
私は、ルフレの手をギュッと握りしめた。彼はふと顔を上げ私の顔を見つめる。
「ルクスを取り戻しにいこう」
「聖女、さま?」
私の言葉が意外だったのか、ルフレは目を丸くした。
隣にいたリースは、わざわざそこまでしなくてもと私に手を伸ばしたが私の性格を知っている彼は何も言わなかった。
「俺も、何か手伝えたら良いのだが――――」
そう、リースがいったのと同時に殿下。と慌てて駆け寄ってくる騎士の姿が見えた。先ほどのデジャブかと思いつつリースと騎士の会話に聞き耳を立てる。
「殿下、国境境にヘウンデウン教の教徒達が……」
「それぐらいどうにかしろ」
「しかし、あそこが陥落すれば他国との貿易が途絶えます。それに、もう既にかなりの数の兵が――」
「ッチ……俺が行くまで持ちこたえろ」
「殿下」
リースは身を翻した。どうやら、今からその戦場へと向かうらしい。
私は、今までに見たこと無いリースの表情を見て途端に不安を覚え彼のマントをギュッと握ってしまう。
「リース……」
「大丈夫だ。心配するな、エトワール」
「戦場に……戦いに、いくん、だよね」
「……そうだな」
「怖くないの?」
と、思わず聞いてしまった。彼が怖いなんて答えるはずもないのに。
リースは、そうだな……と言葉を途切れさせつつ、私の頭を優しく撫でた。
「俺は、俺の大切なものを守るだけだ。勿論お前の事も、お前の笑顔も……だから待っていてくれ、必ず帰ってくる」
そう言って、リースは先を歩く騎士を追っていってしまった。その言葉が胸に突き刺さる。
「聖女、様……」
ルフレの声を聞いてハッとする。私は、何を考えているんだろう。私にもやるべき事があるじゃないかと。
「ルフレ、私達はルクスを助けにいこう」
リースが頑張るなら、私も他で頑張らなきゃと。
グッと拳を握って私は元気づけるという意味でルフレに笑顔を向けた。