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「……逃げろと言っている……っ、ヴィル!」


ルネサンスの喉を震わせる咆哮は、もはや理性のそれではなく


愛する者を地獄の道連れにすまいとする断末魔の叫びだった。


彼の肌から溢れ出す暴虐的な魔力は、周囲の空気を歪ませ、触れるものすべてを炭化させるほどの熱量を帯びている。


私のドレスの袖はすでにじりじりと焦げ、肌を刺すような熱気が魂までをも焼き尽くそうとしていた。


それでも私は、私を突き飛ばし


この灼熱の圏外へ逃がそうとする彼の震える手を、両手で必死に握り返した。


「嫌です……!ここで私が貴方の手を離して逃げたら、私は一生、自分に嘘をつき続けることになってしまう!」


「……っ、何を……何を言っている……!」


「閣下……いいえ、ルネサンス様。聞いてください。……これが、私の吐く最後の嘘です」


私は、視界を塞ぐほど溢れる涙を拭いもせず


灼熱の渦の中心で、一歩も引かずに彼を真っ直ぐに見据えた。


背後では、因縁の敵バルザールの不快な嘲笑が夜の荒野に響き渡り


周囲の木々は呪いの余波に当てられて赤黒く変色し、断末魔のような音を立てて倒れていく。


命の灯火がふとした拍子に消え失せてしまいそうな


その絶望的な瀬戸際で、私は自分を縛り付けてきた『没落令嬢』という呪縛を、自らの手で断ち切る決意を固めた。


「私は……貴方を愛してなどいませんでした。最初から、目的はお金だけ。借金まみれの実家を救うための、ただの手段として貴方を選んだの。貴方が私を愛していないように、私も貴方を利用していただけの、浅ましく強欲な女なんです……っ」


「……知っている。そんなことは、最初から……分かりきっていたことだ……」


ルネサンスが苦悶に満ちた表情で、掠れた声を漏らす。


その激しく揺れる蒼い瞳に宿っていたのは


利用されたことへの怒りなどではなく、鏡合わせのような、深くて暗い悲しみだった。


「いいえ、貴方は分かっていないわ。……だから、もういいんです。契約は、今ここで破棄しましょう。私は貴方の魔力供給源でも、身代わりの妻でもない。ただのヴィルとして、ここに残るわ。誰の命令でもなく、私の意志で」


私は彼の頬を、火傷を厭わず、剥き出しの両手で包み込んだ。


皮肉なことに、肌と肌が直接触れ合うことで、私の魔力はかつてないほど激しく


奔流となって彼の中へ流れ込んでいく。


それが私自身の生命力の根源を、蝋燭の芯のように削り取っているのだと本能で理解していても、止めることはできなかった。


「…愛していないなんて、もう嘘をつけない。……貴方が、誰よりも優しくて、誰よりも不器用で……本当は、震えるほど孤独な人だと知ってしまったから」


「ヴィル……。やめろ、それ以上は…私のために、君の未来を焼き尽くすのは……っ」


ルネサンスの蒼い瞳から、一筋の涙が零れ落ち、私の熱い指先の上で瞬時に蒸発した。


冷徹無比と恐れられた『王国の守護者』が


今、初めて私の前で、仮面を脱ぎ捨てた一人の男として泣いていた。


彼は私の肩に重い額を預け、震える声で


彼を縛る呪いよりもずっと重く、切実な言葉を口にする。


「……私は、魔力の相性など、本当はどうでもよかった。…ただ、君を私の側に繋ぎ止めておきたかった。どんな卑劣な嘘を使ってでも、どんな契約で縛ってでも……君という光を、私の永遠の暗闇の中に閉じ込めておきたかったんだ……」


互いの嘘が、最悪のタイミングで、けれど最高に純粋な形で暴かれた。


契約結婚、利害の一致。


そんな乾いた言葉では、もうこの胸を焼く熱を説明することはできない。


「……分かりました、ルネサンス様」


私は、せめて最後は慈しみを持って微笑んで、彼の厚い胸板を力一杯突き放した。


彼を救う道は、ただ一つ。


私が魔力を全開にしてバルザールの呪撃を無理やり逸らし、その爆散する隙に彼を逃がすしかない。


私の命がその対価だとしても、彼が明日という夜明けを見られるのなら、それでいい。


闇夜に私の魔力が、雪のような白い燐光となって激しく弾ける。


私の体は重力から解き放たれ、ふわりと宙に浮いた。


絶叫しながら手を伸ばすルネサンスの姿が


遠ざかる視界の中で───真っ白な光の海に塗りつぶされていった。

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