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今日は、新しい指揮官(ハンドラー)が着任する。
2日前、備え付けの電話機が鳴り響いた。誰も受話器を取ろうとしない中、クジョーは受話器を耳に近づけた。皆がクジョーを注視していると、突如大きな声を出して笑いだした。これには、流石のシンも驚く。クジョーは笑いながら自身の名を口にした。何故、名前を言っていたのか分からないけれど、クジョーの顔はとても穏やかであった。
受話器を元の位置に戻して、こちらを振り返ったクジョーは、
「良い奴だと良いな、って言ったけど、本当に良いやつが来るなんて思ってなかった。」
そう言っていた。
そんなクジョーは昨日、死んだ。自走地雷によってバラバラに吹き飛んだ彼は、即死することが出来た。苦しまずに逝けた事がこの戦場では唯一もの救い。そして、それはシンにとっても救いになる。瀕死の状態で、けれど死に切ることの出来ない彼らに、最期の手向けとして、シンは銃弾を額に打ち込まなければならない。別に、誰から強制された訳ではない。ただ、いつかに居た戦隊長の真似事で、自分の為になるから。シンは、レギオンに鹵獲された人々の最後の嘆きを聞き取ることが出来る。仲間の最後の声を、機械仕掛けの亡霊が叫んでいる事が気に食わない。死んでも尚、この戦場に囚われて欲しくないから、だからこの銃を置くことは出来ない。そして、この役目は”死神”であるシンのもの。己が行き着く先まで連れていく。そう約束したから。
クジョーの名をアルミの板に掘っていく。クジョーの他にも、たくさんの名前が刻まれていた。その全てをシンは連れていく。
『ハンドラー・ワンより、スピアヘッド戦隊各位。────初めまして、本日から貴方がたの指揮管制を担当いたします、ヴラディレーナ・ミリーゼ少佐です。』
銀鈴の声が、知覚同調先で聞こえた。その瞬間、頭に何かで殴られたような強い衝撃を感じる。
──────この声を俺は知っている。
何よりも大切で、命に変えても守りたかった少女の声だ。見開いた目からは涙が溢れる。その様子を見たクレナは、ギョッとしたような顔でシンを見つめる。そのクレナにつられて他の仲間もシンを見てくるが、そんな事は今はどうでもよかった。
頭の中に、その少女、レーナとの大切な思い出が次々と蘇る。彼岸花が咲き乱れるあの場所や、海を見せる約束をしたこと、舞踏会でキスをしたこと。沢山の幸せな記憶。そして、最後の悲しい記憶。
思い出した。彼女は、泣き虫で、努力家で、とても強かな白系種の、愛しい少女。
「…レーナ」
ようやく絞り出せた言葉は、酷く掠れていた。
知覚同調先のレーナが息を飲む音がする。
『…シン』
間を開けて発された名前に、シンはレーナにも記憶があることを悟った。レーナの嗚咽を漏らすような声が聞こえてくる。シンは優しく、あやすような声でレーナに話しかけた。
「レーナ、もう泣かないでくれ。貴方に涙は似合わない。」
より一層深くなる泣き声にシンは苦笑を漏らした。
「相変わらず、泣き虫は健在だな。また泣き虫ハンドラーって言われますよ。」
『…だってッ!シンが覚えてるなんて思ってなくて…1人で背負おうと思ってたのに…!』
「…レーナの声を聞いて思い出した。大丈夫、1人で背負わなくて良い。俺もいるから。
…愛してる。」
『ッ!!私もッ!シンのこと愛してます。』
レーナの涙は勢いで止まったようだ。しかし、今この知覚同調が、戦隊全体に繋がっていたことを思い出したようで、1人で慌てふためいていた。その様子に、シンの口角が上がった。
すると、
「おい、シン。お前さっきからどうしたんだ。」
ライデンが皆が思っているであろう事を代弁して、シンに尋ねる。一瞬、キョトンとした顔をするが、すぐにまたいつもの仏頂面に戻った。
「どうって…。別に。レーナと話してただけなんだけど。」
「んな事分かってるわ!!そうじゃなくて、お前、泣いたと思えば今度は変な声出してたじゃねーか。…ハンドラーと会ったことがあるのか?」
「そうだな…。会ったことはあるけど、会ったことない…?」
「なんで疑問形なんだよッ!!」
ライデンはイラついたように頭をガシガシと強く掻く。シンは嘘を言ってる訳ではないと、長年一緒にいたのだ。それぐらいは分かる。
だが、納得はいかない。もし仮に11年前、壁の中で過ごしていた時の知り合いだったとしても、その時はせいぜい6歳程度の年齢だ。記憶は薄れているだろうし、愛してる、という感情すら芽生えては居ない時期だろう。ならば何故?そう考えて、ライデンは思考を放棄した。
だってシンは少し、いや、かなり言葉が足りない。理解しようとするだけ無駄と判断した。
呆れ果てていると声が聞こえる。
『…取り乱してしまって申し訳ありません…私とシン…アンダーテイカーは、面識があります。』
レーナは落ち着きを取り戻したようで、冷静にライデンの問に答えた。
「へぇ、そうかい。だが、シンの言い方を考えるとそう単純なもんでもないんだろ?」
『流石、鋭いですね。ですが、詳細は後日語らせて頂きます。』
「そういう事だ。俺はレーナと2人で話したい。…レーナ。同調対象を俺1人にしてくれ」
シンは、ライデンとレーナの会話を遮るように、話に割って入ってきた。ライデンはもはや乾いた笑いしか出ない。
おいおい、俺たちの死神がおかしくなっちまったよ…
遠い目をして、未だ呆気にとられている他の隊員を現実に引き戻し、部屋を出るように促す。
後で面倒事に巻き込まれるなんてゴメンだ。シャベルを持った死神の尻拭いなんてしたくない。最後にチラリとシンを振り返る。そこには、見たこともない優しい笑みを浮かべるシンがいた。その様子にライデンは安堵する。今までの顔は、とても酷いものだった。死んだ同胞を連れていくため、シンの兄を葬るため、数々のものを背中に背負いながら歩くシンは、まるで生きた屍だった。だからその変化を嬉しく思うライデンは、小さく笑った。それから、クレナを元気付ける言葉を考え、部屋を後にする。
「クジョー。お前が笑ってた理由がわかる気がする。じゃぁな、おやすみ」
静かに呟かれた声は誰にも届かない。けれど、きっとクジョーには届いているはずだ。