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シャーリィが地獄の訓練に励んでいる頃、シェルドハーフェン南には『ロウェルの森』と呼ばれる広大な密林が存在していた。
シェルドハーフェンから『ラドン平原』を南へと突き進んだ場所にあるこの密林は未だに開発が届かず、僅かに冒険者や探検家が入り込む未開の地であった。
そこへ一人の大男が辿り着く。ボロボロの井福を纏ってはいるが鍛え抜かれた肉体を持ち、逆立った金の髪が特徴的な大男。
名はエルダス。かつてシェルドハーフェン十六番街を支配していた『エルダス・ファミリー』を率いていた男であり、『暁』との抗争に破れてからは姿を眩ませて各地を転々としていた。
彼の心にあるのは、ただ『暁』への復讐心であった。彼は放浪生活の最中耳にした秘宝を探し求めて『ロウェルの森』へ来たのだ。曰く、『ロウェルの森』には全てを破滅へと誘う圧倒的な力が得られる秘宝が眠っていると。
誰もが良くある与太話と聞き流したが、それを偶然耳にしたエルダスは、その情報を提供した男と密会を重ね、秘宝の存在を確信して危険な『ラドン平原』を南下、遂に『ロウェルの森』へと辿り着いたのである。
尚、その男は黒いローブにフードを被り一切素顔を見せなかったが、復讐を成し遂げられると考えたエルダスは気にもしなかった。
『ロウェルの森』へたどり着いたエルダスは、謎めいた男から貰った地図を頼りに森の中を彷徨う。『ラドン平原』と隣接しているだけあり危険な魔物も多数存在しているが、鍛えた肉体と危機察知能力を活かしてやり過ごしながら森を突き進む。
数日後、手持ちの食料が尽き掛けておりエルダスの脳裏に不安が過る頃。遂に彼は目的である石造りの柱が建ち並ぶ巨大な三角錐の、地球で言えばピラミッドのような建造物を発見する。
「間違無ぇ!これがアイツの言ってた場所か!」
エルダスは地図に描かれた絵と同じものであることを確信すると、そのまま進み三角錐の建物にある階段を登る。
階段の終着点は建造物の中心にあり、そこには大きな窪みがあり、中には水色の水晶が置かれた小さな祭壇が存在した。
エルダスは地図に記されたメモを読み、水晶に触れる。次の瞬間水晶から目映い光が放たれて彼を包み込むとエルダスの身体は消える。
目映い光が収まりエルダスが恐る恐る目を開くとそこは巨大な石室であり、無数の篝火が燃え盛り石室を明るく照らしていた。何より彼の目を引いたのは、その石室の中心にある巨大な黄金の像である。それは狼のような頭を持つ巨人であった。
『来客とは久しいものだ』
見惚れていると、何処からか荘厳な声が響く。
「だっ、誰だ!?」
『そなたの前に居るではないか』
エルダスはそれを聞き、目の前の像が自分に語り掛けているのだと察した。
「アンタが『破滅を呼ぶもの』か!?願いを叶えてくれるって聞いてきたんだ!」
『如何にも、その様に呼ばれることもある』
「なら!話を聞いてくれ!」
そしてエルダスは自身に降り掛かった不幸を涙ながらに熱弁する。基本的には自業自得なのであるが。
「だから!その小娘を殺してくれ!いや、どうせなら街ごと滅ぼしてくれても良い!頼む!」
このエルダスによる身勝手な願いはを聞いた『破滅を呼ぶもの』と呼ばれる存在は、深い笑みを浮かべる。
『小娘一人を始末するなど、容易いこと。街一つ滅ぼすも雑作はない』
「本当か!?」
エルダスは目を輝かせた。
『だが、無償で行うわけにはいかぬ。契約には対価が伴うものだ』
「ああ!もちろんだ!俺に出来ることなら何でもする!願いを叶えてくれるならアンタの手下になっても良い!雑用だってやるぞ!」
『それには及ばぬ。配下には恵まれておるのだ』
「じゃあ何が欲しいんだ?生憎金は持ち合わせが少なくてな。大金となると時間を貰うことになるが……」
『金も無用だ。なに、難しいことではない』
「じゃあ何を……なっ!?がっ!?」
突如現れた巨大な触手がエルダスを掴み、易々と持ち上げた。
『対価はそなたの命だ。案ずるな、契約は必ず遂行する。安心して我が血肉となるが良い』
ゆっくりとエルダスを持ち上げ、黄金の像は口を開く。
「がぁああっ!?やっ!止めろ!離せ!こんなの聞いてないぞ!?止めろ!化け物っ!化け物ーっ!?ぁあああああっ!!」
断末魔の叫びと共にグシャリッ!と肉体を押し潰す音が石室に木霊し、そして再び静けさを取り戻す。それは『暁』との抗争に破れ、逃れ続けていた男の呆気ない最後であった。
『此度の贄も美味であった。大義である』
「勿体無いお言葉、感嘆の極みでございます」
いつの間にか現れたローブの男が|恭しく《うやうやしく》頭を垂れる。
この男こそ、この地へエルダスを誘った張本人である。
『醜き欲望、自業自得による恨み。なにより己は矢面に立とうとせぬ小賢しさ。聞くに耐えぬ』
「申し訳ございません。最近の人間は些か賢しくなり、甘言に惑わされる者が少なくなりました」
『良い、血肉を得たことで我の力も多少は回復した。浅ましい男ではあるが、願いを聞き届けてやろう。街一つの人間の血肉を得られれば、我も力を取り戻す事が叶おう』
「はっ、どれ程この日を待ちわびたか!」
『そなたには苦労を掛けた。その忠節、大義である』
「なんと!なんと勿体無いお言葉!」
男は感激し、感涙を流す。その仕草でフードが落ちると、像と同じ狼のような頭を持つ獣人が現れた。
『配下を速やかに集めよ。この森周辺の魔物も我の言葉に従おう。久しくせぬ進撃である。盛大に行い、そして蹂躙するのだ』
「御意!既に同志たちには声をかけております!此度の決起こそ、我が一族再興の第一手となりましょう!このガルフ!身命を|賭して《として》悲願成就に邁進する所存でございます!我らが君よ!」
『既に勇者は無く、邪魔な魔王も滅びた。最早我の道を阻む者は居らぬ。千年前我が一族を捨て置いた魔族共も根絶やしにせねばなるまい。この獣王こそが世を制するに足る者ぞ!』
『獣王バロン』。千年前人間に対する憎悪が強すぎ、魔族を含む亜人と人間の対立を激化させ、魔王の融和政策を瓦解させた張本人。
最後は『勇者』との戦いに破れて封印され、付き従った数多の獣人は討伐に動いた人間軍、鎮圧に動いた魔王軍の手によりほとんどが命を落とし、獣人は今も尚希少な存在と呼ばれるほど数を減少させている。
奇しくも千年の時を経て、『獣王』は再び『勇者』の前に立ち塞がる。シャーリィに新たなる脅威が迫りつつあった。