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ごきげんよう、ボロボロのシャーリィ=アーキハクトです。
マスターの課したレッドドラゴンとの戦いで文字通り私は満身創痍となりました。確かに私の勇者の剣は魔物など人間以外の存在に絶大な威力を発揮しますが、それは当てられたらの話。
当然巨大かつ災害級とまで呼ばれるレッドドラゴン相手にそんな立ち回りが出来る筈もなく、マスターが止めるまで死を常に意識するような、そんな刺激的な時間を過ごすことが出来ました。
マスターは不思議そうにしていましたが、私は肉体的には普通の人間なんですからね?超人なんかじゃないので、レッドドラゴンに真正面から挑んでも勝ち目がある筈もない。
それをマスターに訴えると、マスターは得心がいったように頷きました。
『うむ、身体強化の魔法をそなたに伝授しておらぬ』
「マスター、身体強化とは?」
『うむ』
マスター曰く、身体に魔力を巡らせることで身体能力を一時的に強化する魔法が存在するみたいですね。
ただ私が気になったのは、私にその魔法を使えるのかどうかと言う点です。私は属性などを選ばず様々な魔法を使えますが、前提条件として『魔石』を通じて魔法を行使するしかないのです。
『心配は無用、己の体内の魔力を巡らせるだけの事。魔石を用いずとも出来よう』
直ぐに講義が始まりました。尚、修行で出来た怪我についてはマスターが治癒魔法で癒してくれます。大変便利なのですが、私には適性がないのだとか。ファック。
とは言え、身体強化の魔法についてはそこまで難易度の高いものではありませんでした。マスター曰く魔法の初歩であり、収束させた魔法を放つより遥かに簡単であるとの事。さすがに初日での習得は出来ませんでしたが、これなら日常に修行を取り込めるので便利です。
常に魔力を循環させることを意識して過ごすことにしましょう。
先ずは脚に意識を向けて、体内を巡る魔力を集めるようにイメージして……。
『ふむ』
充分に巡らせたと確信した私は、取り敢えずジャンプしてみました。すると、信じられないくらいの高さまで飛び上がることが出来ました。流石にビックリしました……あっ、これってもしかして。
私は持ち歩いている小さな『飛空石』に魔力を込めてみました。前回手に入った『飛空石』は飛空挺の動力ですから、それに合わせて非常に大きかったんです。
当然そんな大きな物は必要ないので、用途に合わせて分割したんです。
それでも余りが出たので、細かく加工して小さな欠片を持ち歩くようにしました。私を浮かせるくらいなら掌くらいの大きさで十分でしたし。
「おおっ……」
空中で私は浮き上がることに成功しました。もちろん推進力は無いので浮くだけですが、吹き飛ばされた時に便利かもしれません。
それに、勢いを乗せたまま発動すれば飛べますね。制御なんて出来ませんが、応用すれば力になるかも。
『魔法とは応用。そなたの持つ飛空石の欠片とて応用次第では新たな力となろう』
「はい、マスター」
ともあれ、余り遅くなるとシスターに心配されますから今日はここまでにします。
夜、珍しくサリアさんが来訪されたので私は貴賓室に招いて歓迎することにしました。
サリアさんからは今回の抗争についての賛辞と、第三桟橋を正式に私達の管理下とすることを決定すると確約してくれました。
「新しい桟橋を手に入れましたが、当面の問題は船舶が不足していることにあります」
エレノアさん率いる海賊衆の拡大を図っていますが、信用できる人材となると中々難しいとの事。
まあ、海賊ですからねぇ。
「……その話を私にすると言うことは、何らかの取引を持ち掛けてると見て良いかしら?」
サリアさんはソファーに座って脚を組み、私を見つめてきます。
「その通りです。更なる収益拡大のため、『海狼の牙』の保有する船舶を交易船として利用したいのです。もちろん、使用料の他に売り上げの一部を差し上げます」
今すぐに船を増やせないなら、借りれば良い。別途料金が掛かりますが、船の維持費を考えたら安いものです。
それに、『海狼の牙』は交易の請け負いも行っていますからね。
「……うちの船を使うってことね?それは別に構わないわ。料金についても、私のお願いを聞いてくれるなら格安にしてあげる」
おっと、サリアさんのお願いですか。
「何でしょう?」
「……シャーリィは|月光草《げっこうそう》って聞いたことはある?」
「はい、ありますよ。本の知識ですが」
満月の夜にしか生えない幻の植物。夜が明けると枯れてしまうのだとか。
ただその効能は高く、煎じて飲めば失った手足すら再生させる|完全回復薬《ハイポーション》を作れるのだとか。更に、あらゆる魔法薬の生成に適していると。
……実在すれば、ですが。事実帝国でも発見例が無く、おとぎ話の産物だと言われていますね。
「……あるわよ、月光草は実在するわ」
「なんと!」
実在するのですか!?
「……大変貴重なのは間違いないわね。私も里に居た頃後学のために小さな欠片を見せて貰っただけだもの。けれど、実在するの」
「その月光草を手に入れてサリアさんに差し上げたら?」
「使用料、手間賃はタダで構わないわよ?アガリも必要ないわ」
大変魅力的な話ですが、そんなに希少なものが直ぐに見つかるとは思えません。探している時間も余裕もないので、ここは普通に契約を結びたいところ。
「残念ですが、そんな貴重な植物を探す余裕がなくて」
「……探さなくて良いわよ」
はい?
「……私の推測が正しいなら、貴女はただ願えば良い。『大樹』にね」
「『大樹』に願う?」
隠語かな?
「……そのままの意味よ。まあ、やってみなさい。願うだけならタダでしょう?」
「それはそうですが……」
『大樹』は神様と言うわけでは無いんですけどね。
「……やってみなさい。手に入らなかったら、普通の契約を結べば良いだけの話でしょう?」
そう言い残してサリアさんは帰っていきました。
……ふむ。
私はサリアさんの言葉を信じて、『大樹』の根本へやってきました。『大樹』は既に見上げるほど、高さは優に百メートルを越える巨大な木に成長しました。たったの八年で、です。私だって異常だとは思いますが、そう言うものだと受け止めています。特に困りませんし、恩恵も大きいので。
「もし、私の言葉が届いているなら……月光草を……どうか、お願いします」
私はすっかり木に取り込まれてしまったルミのお墓に触れながら、そっと願いを込めました。一瞬だけ『大樹』が光ったような……気のせいですね。
明くる日、私は珍しく困惑したロウに導かれて農場の空き地へやってきました。するとそこには。
「わーぉ」
一面に蒼い葉に蒼い花を咲かせた草が群生していたのです。
……これ、図鑑にあったものと特徴が一致しますね。月光草です。
「マジかよ」
「嘘みたいな本当の話です。こんなこともあるのですね」
同行したルイが唖然としています。むしろ夜明けを向かえたのにまだ枯れていないのが不思議ですが、そんなのは二の次です。
「直ちに採取を。半分はロメオくんに渡してください。残り半分は馬車へ。『海狼の牙』へ送り届けます」
「はい、お嬢様」
だって、私にとって不都合など無いのですから。