「アレン、こんなところにいたの?」
木陰で木洩れ日を浴びながら昼寝をしていた僕に、母が声をかけてきた。
「心地良い天気だけど、もう行かなくちゃ」
髪を片手で押さえながら、柔らかく微笑んで言う母。その笑顔に、僕は慌てて起き上がった。
「ヤバッ、もうそんな時間急がなくちゃ!」
馬車の方へ駆け出す。今日は魔法の儀式の日、広間には大勢の貴族たちが集まっている。
「母上、僕にはどんな魔法が宿ってるのかな?」
「そうねぇ、私と同じ水魔法かしら」
母の優しい声に安心感を覚えつつ、父の冷たい表情が胸に重くのしかかる。深呼吸をし、僕は静かにその時を待った。
「さあ、始めよう」
儀式が始まり、魔法の結晶が僕の手に近づけられる。しかし、結晶は何の反応も示さなかった。
「えっ?なんで…」
魔法使いが一瞬驚き、無言で頷く。そして、冷たく言い放った。
「魔法の才なし。お前には魔法の力はない」
その言葉が耳の奥で反響し、心が空っぽになったような気がした。周囲のざわめきが遠くに聞こえる。その時、母が優しく僕の頭を撫でてくれた。
「大丈夫よ」
母の言葉が心に響いたが、父は黙って立ち尽くし、失望の色が顔に浮かんでいた。その冷たい目を感じながら、僕はその場を後にした。
帰り道、母が言った。
「魔法だけがすべてじゃないわ。どんな困難があっても、私はあなたを信じてるわ」
その言葉に温もりを感じたが、父の無言の拒絶が胸に深く突き刺さった。
その夜、窓の外を見つめながら僕は考えていた。
(どうして僕には魔法の才がないんだろう。これからどうすればいいのかな)
父のあの冷たい視線、魔法が使えないことが無価値だということなのか。
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1年が過ぎた頃
妹のラナが生まれた。母は彼女を抱きしめながら、優しく微笑んでいた。しかし、その笑顔の奥には、どこか影が差しているように感じた。
ラナは僕によく懐いていた。
「お兄様、私にも本を読んでください」
「お兄様、お茶をしましょう」
「お兄様!お兄様ってば!」
いつも僕の後ろをついてくるラナ。その姿は、僕の心を癒してくれた。
妹は魔法の儀式を無事に終え、強い魔法の才を認められた。父はその才能に目を輝かせ、ラナに期待をかけ始めた。
だが、その直後、母が病に倒れた。
「母上、大丈夫なのですか?」
僕がそう言うと、母は微笑みながら答えた。
「アレン、こっちに来てお話ししましょ」
母のベッドに腰掛け、話しているうちに、いつの間にかラナも会話に加わっていた。
「お母様!私ね、お母様もお父様もお兄様もみんな大好きよ!」
ラナは花のような笑顔を浮かべながら言った。それに対し、母は優しく返した。
「そうなの?私もあなたに負けないくらい大好きよ!」
(この時間が永遠に続けばいいのに。)
日ごとに弱っていく母を少しでも元気づけようと、僕とラナはよく会いに行き、一緒に笑って過ごした。
だが、その幸せな日々も長くは続かなかった。数ヶ月後、母は亡くなった。
「お兄様、お母様は帰ってこないの?」
泣きながらそう言うラナを見て、僕は心の中で決意した。
(僕がしっかりしなきゃ)
しかし、涙が止まらなかった。
その夜、兄妹二人、夜遅くまで泣き明かした。
母を失った悲しみで、父は次第に冷徹な人間へと変わっていった。周囲の貴族の目を気にした父は、僕を別邸に追いやり、隔離した。
ラナとの時間は、次第に魔法の訓練や令嬢としての立派なしつけに取って代わられ、僕とラナの関係はどんどん希薄になっていった。父の無関心が、僕を孤立させていったのだ。