コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「 アレン 、こんなところにいたの?」
木洩れ日の下、優しい声が降り注いだ。
風が頬を撫でる午後、僕は庭の木陰でまどろんでいた。目を開けると、白銀の長髪を片手で押さえながら微笑む母がいた。風に揺れるそれは陽光を受けて儚げに煌めいている。
「心地いい天気だけど、もう行かなくちゃ」
その言葉に、僕はハッとして跳ね起きた。
「ヤバッ、もうそんな時間!?急がなくちゃ!」
駆け出す僕の背中に、母の笑い声が重なる。けれど、その声の奥に、どこか切なさが混じっていることに気づいたのは、ずっと後になってからだった。
今日は魔法の才を見極める儀式が行われる日だ。すでに、広間には煌びやかな装飾が施され、大勢の貴族たちが静かに見守っている。
「アクエリウス家、長男はどのような才をお持ちか楽しみですなぁ」
「きっと、父君に似て強い才をお持ちに違いありませんわ」
観客から次々と期待の声が上がる中、 父・ ライアン は厳しい表情で立ち、母・ マーシャ は静かに微笑んでいた。その手を握りしめながら、僕は期待と不安を抱え、壇上へと歩く。
「母上、僕にはどんな魔法が宿るのかな?」
「そうねぇ、私と同じ水魔法かしら」
母の声は温かく、少しだけ緊張が和らいだ。
だけど、父の視線がそれを冷たく押し潰す。
息を呑み、僕は儀式の時を待った。
「さぁ、始めよう」
魔法使いの男が結晶を持ってやってきた。
魔法の結晶が手のひらへと近づく。
光が宿り、周囲の貴族たちが息を潜める。
ーーしかし。
何も起こらなかった。
「えっ……?」
魔法使いが驚きの色を浮かべる。
けれど、すぐにその表情を引き締め、無慈悲な宣告を下した。
「魔法の才なし。お前には魔法の力はない」
音のない衝撃が、全身を貫いた。
耳鳴りがする。
静寂が広間を支配する。誰かの小さな嘲笑が耳に届き、遠くでさざめく声が渦を巻くように広がった。
目の前がぐらりと揺れた。
(魔法の……才が、ない?)
まるで、世界から拒絶されたような感覚。心が空っぽになった。
そのとき。
温かな手が僕の頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ」
母だった。母だけは、変わらない笑顔を向けてくれていた。その声が、少しだけ僕を現実へと引き戻す。
だがーー
父は、沈黙したままだった。
目を伏せ、表情を一切動かさず、ただ僕を見下ろしている。その瞳の奥にあるのは、期待の裏返し……失望。
喉の奥が焼けるように苦しくなった。僕は、足元をふらつかせながら、その場を後にした。
帰りの馬車の中、横に座る母が静かに語りかける。
「アレン、大丈夫よ。私はあなたを心の底から信じ、愛しているわーー」
そっと頬に触れるぬくもりに涙が溢れそうになる。
「…っ」
こんな優しい母の言葉が、今の僕には痛かった。信じてくれる人がいる。それは嬉しいはずなのに、父のあの冷たい目が頭から離れない。
(僕は……父上にとって、もう価値のない存在なのか?)
窓の外を見つめながら、僕はただ静かに拳を握りしめた。
1年後の冬。
妹のラナが生まれた。
母は彼女を抱きしめながら、柔らかく微笑んでいた。しかし、その笑顔の奥には、どこか陰りがあるように思えた。
ラナはすくすくと育ち、僕によく懐いた。
「お兄様、お話しして!」
「お兄様、一緒にお茶を!」
「お兄様!ねえ、お兄様ってば!」
いつも僕の後を追いかけ、無邪気に笑うラナ。その存在は、少しずつ僕の心の傷を癒してくれた。
そんなある日ーー
ラナの魔法の適性儀式が行われた。
結果は、【水】の才能あり。 しかも、強い力を秘めていると認められた。
父は、その事実に目を輝かせた。
「素晴らしい。ラナ、お前はアクエリウス家の誇りだ」
父の目は、僕ではなくラナを見ていた。そこにあったのは、かつて僕が望んでいた眼差し……。
その瞬間、僕の存在は完全にかき消された。
そして、まるでそれを予感していたかのようにーー母が病に倒れた。
「母上、大丈夫なのですか?」
母の寝室。薄くなった頬。白いシーツの上で、彼女は微笑んだ。
「アレン、こっちに来て、お話ししましょ」
僕はそばに座り、母の手を握る。その手は細く、ひどく冷たかった。
ラナも寄り添い、無邪気に笑う。
「お母様!私ね、お母様もお父様もお兄様も、みんな大好きよ!」
「そうなの? 私もあなたに負けないくらい大好きよ」
母は優しく微笑む。
(この時間が永遠に続けばいいのに…)
けれど、それは叶わなかった。
数ヶ月後 、母は静かに息を引き取った。
「お兄様、お母様は帰ってこないの?」
震える声でそう言うラナを、僕はぎゅっと抱きしめた。
(僕がしっかりしなきゃ)
そう決意しながらも、母のいない世界は、あまりにも冷たかった。
母の死後、父はより冷徹になった。
「アレンは別邸へ移す」
貴族の間で魔法が使えない者は異端だった。僕の存在が、父の立場を傷つけるとでも思ったのか。
父は僕に興味を失い、ラナだけを見つめるようになった。
ーー僕は、“家族”の中から切り離されたのだ。
ラナとの時間も減り、彼女は貴族としての教育と魔法の訓練に忙しくなっていった。
そして僕は……次第に、一人になっていった。