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「 アレン 、こんなところにいたの?」
木洩れ日の下、優しい声が降り注いだ。
風が頬を撫でる午後、僕は庭の木陰でまどろんでいた。目を開けると、白銀の長髪を片手で押さえながら微笑む母がいた。風に揺れるそれは陽光を受けて儚げに煌めいている。
「心地いい天気だけど、もう行かなくちゃ」
その言葉に、僕はハッとして跳ね起きた。
「ヤバッ、もうそんな時間!?急がなくちゃ!」
駆け出す僕の背中に、母の笑い声が重なる。けれど、その声の奥に、どこか切なさが混じっていることに気づいたのは、ずっと後になってからだった。
広間には煌びやかな装飾が施され、大勢の貴族たちが静かに見守っている。
父は厳しい表情で立ち、母は静かに微笑んでいた。その手を握りしめながら、僕は期待と不安を抱え、壇上へと歩く。
「母上、僕にはどんな魔法が宿るのかな?」
「そうねぇ、私と同じ水魔法かしら」
母の声は温かく、少しだけ緊張が和らいだ。
だけど──父の視線が、それを冷たく押し潰す。
息を呑み、僕は儀式の時を待った。
「さぁ、始めよう」
魔法使いの男が結晶を持ってやってきた。
魔法の結晶が手のひらへと近づく。
光が宿り、周囲の貴族たちが息を潜める。
──しかし。
何も起こらなかった。
「えっ……?」
魔法使いが驚きの色を浮かべる。
けれど、すぐにその表情を引き締め、無慈悲な宣告を下した。
「魔法の才なし。お前には魔法の力はない」
音のない衝撃が、全身を貫いた。
耳鳴りがする。
静寂が広間を支配する。誰かの小さな嘲笑が耳に届き、遠くでさざめく声が渦を巻くように広がった。
目の前がぐらりと揺れた。
(魔法の……才が、ない?)
まるで、世界から拒絶されたような感覚。心が空っぽになった。
そのとき。
温かな手が僕の頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ」
母だった。母だけは、変わらない笑顔を向けてくれていた。その声が、少しだけ僕を現実へと引き戻す。
だが──
父は、沈黙したままだった。
目を伏せ、表情を一切動かさず、ただ僕を見下ろしている。その瞳の奥にあるのは、期待の裏返し……失望。
喉の奥が焼けるように苦しくなった。僕は、足元をふらつかせながら、その場を後にした。
帰りの馬車の中、横に座る母が静かに語りかける。
「アレン、今はとても聞き入れ難いかもしれないけど。…私思うの。この世の中、魔法がすべてではないって。魔法は便利だけど、魔法を使わずとも生活している人は沢山いるわ。だから、今は苦しくてもいつかあなたが前を向いて歩めるように。私はあなたを心から信じているわ」
そっと頬に触れるぬくもりに涙が溢れそうになる。
「…っ」
こんな優しい母の言葉が、今の僕には痛かった。信じてくれる人がいる。それは嬉しいはずなのに、父のあの冷たい目が頭から離れない。
(僕は……父にとって、もう価値のない存在なのか?)
窓の外を見つめながら、僕はただ静かに拳を握りしめた。
1年後の冬。
妹のラナが生まれた。
母は彼女を抱きしめながら、柔らかく微笑んでいた。しかし、その笑顔の奥には、どこか陰りがあるように思えた。
ラナはすくすくと育ち、僕によく懐いた。
「お兄様、お話しして!」
「お兄様、一緒にお茶を!」
「お兄様!ねえ、お兄様ってば!」
いつも僕の後を追いかけ、無邪気に笑うラナ。その存在は、少しずつ僕の心の傷を癒してくれた。
そんなある日──
ラナの魔法の適性儀式が行われた。
結果は、【水】の才能あり。 しかも、強い力を秘めていると認められた。
父は、その事実に目を輝かせた。
「素晴らしい。ラナ、お前はアクエリウス家の誇りだ」
父の目は、僕ではなくラナを見ていた。そこにあったのは、かつて僕が望んでいた眼差し……。
その瞬間、僕の存在は完全にかき消された。
そして、まるでそれを予感していたかのように──母が病に倒れた。
「母上、大丈夫なのですか?」
母の寝室。薄くなった頬。白いシーツの上で、彼女は微笑んだ。
「アレン、こっちに来て、お話ししましょ」
僕はそばに座り、母の手を握る。その手は細く、ひどく冷たかった。
ラナも寄り添い、無邪気に笑う。
「お母様!私ね、お母様もお父様もお兄様も、みんな大好きよ!」
「そうなの? 私もあなたに負けないくらい大好きよ」
母は優しく微笑む。
(この時間が永遠に続けばいいのに…)
けれど、それは叶わなかった。
数ヶ月後 、母は静かに息を引き取った。
「お兄様、お母様は帰ってこないの?」
震える声でそう言うラナを、僕はぎゅっと抱きしめた。
(僕がしっかりしなきゃ)
そう決意しながらも、母のいない世界は、あまりにも冷たかった。
母の死後、父はより冷徹になった。
「アレンは別邸へ移す」
貴族の間で魔法が使えない者は異端だった。僕の存在が、父の立場を傷つけるとでも思ったのか。
父は僕に興味を失い、ラナだけを見つめるようになった。
──僕は、“家族”の中から切り離されたのだ。
ラナとの時間も減り、彼女は貴族としての教育と魔法の訓練に忙しくなっていった。
そして僕は……次第に、一人になっていった。