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神無月
僕が別邸に隔離されたあの日から、父はラナに付ききりで顔を見る機会すらなくなっていた。
「アレン様、体調の方は如何ですか?」
「うん、変わらず…かな」
ただ、使用人の女性は同情してか食事を運んできた際に少しだけ話しをしてくれたりする。
「そろそろ戻らなくてはなりませんので、失礼しますね」
「うん…」
彼女の去っていく足音を背に窓の外を眺めていると、途端に水の跳ねる音が耳に入ってきた。
「ふっ、また来たのか」
この別荘にはたまに妖精が遊びにくることがある。妖精は来るたびに屋敷で起こった出来事や外のことを話していくが、今の僕には興味のないことばかりだった。
妖精が去った後、本棚にある本を手に取る。
「…古い本だな、なんの本だろう?」
埃を払いながら開くと、難解な文字ばかりで読むことすらままならない。
「はぁ、ほかは…」
次々と手に取るも魔法の理論や歴史、古代の呪文――どれもこれも難解なものばかりだ。
「これじゃ…ダメだ。はぁ、唯一読める本はこれだけか…」
それは、遠い過去の物語。
「精霊と人間の恋物語?はぁ…なんでこんな所にあるんだ?まぁ、考えても仕方ない」
僕は本を棚に戻し、静かな部屋の隅に置かれた古びた木剣へと歩みを進める。剣の柄に手を添えると、自然と身体が反応するような感覚を覚える。
「なんか懐かしいな。…. 久しぶりに素振りでもするか」
僕は剣を軽く振り、足元に視線を落とす。そのまま一歩踏み出し、急に身体をひねりながら斬りつけた。風を切る音が耳に響く。だが、無心で振るうその動きには、どこか力強さとともに悲しみが滲んでいた。
「まだ足りない…!」
庭に出て僕は更に剣を振り上げ、何度も斬りつけた。しかし、その動きに力がこもっても、何か物足りなさを感じるばかりだ。
(どうすれば、もっと強くなれるんだ……!)
母を失い、父は人が変わった様に冷徹になり、ラナとも離れ離れ、何もかもが空回りしているように感じる日々に心がすり減りつづけ、 僕の心にはぽっかりと穴が開いていた。
ある日、僕は父の命令でラナの魔法の訓練相手を務めることになった。
屋敷の広い訓練場に立たされ、真正面に向き合うのは、まだ幼さを残す妹――ラナ。
「お兄様、ごめんなさい……!」
震える声が聞こえた。
彼女は父の期待に応えるため、僕を的にして魔法の精度を高めなければならなかった。
だが、僕はすでにこの役目を何度も与えられている。
「……気にするな」
静かにそう返し、構えを取った。
――水球が放たれる。
直撃する瞬間、僕は歯を食いしばり 痛みに耐える。
(あの日から父上は、一度でも僕を見たことがあっただろうか……)
父の冷たい視線は、僕には決して向けられない。ただ、そこにあるのは道具としての「アレン」という認識のみ。
「……くそっ」
ぼそりと零れた言葉は、虚しく空に消えた。
「…っ、お兄様!」
「ラナ!…”それ”に構うな。お前は次期当主として強くあらねばならないのだ」
兄を慕い、傷つけたくないという気持ちと、父の命令に従わなければならないという葛藤がラナの優しい心を締め付ける。
「……はい」
言葉を飲み込むラナの姿を見て、アレンはそっと微笑んだ。
「ラナ… 僕は大丈夫だ!」
本当は大丈夫なんかじゃない。それでも苦しんでいる妹の重荷を少しでも軽くするために、僕は笑うしかなかった。
――強くなって妹を守りたい。
その想いは日を重ねるほど強くなり、一方で僕が魔法を使えないことで、ラナ1人に父の期待を一身に背負わせてしまったという罪悪感が僕の心を蝕む。
訓練後、別荘への道を歩いていると後方より誰かが来る音がした。
「お兄様!」
それは慌てた様子のラナだった。息を切らしながら走ってきたのがわかる。
「あ、あの!…先ほどはっ!ーー」
「気にするな、ラナは悪くない…」
ラナの言葉を遮り、僕はその一言だけを残し再び歩き出した。
「はぁ….いつつ」
体をさすりながらベッドに横になった僕はふと昔のことを思い出していた。
〜〜〜〜
ラナはよく僕の部屋に忍び込んできては魔法の成果をみせてきたものだ。
「お兄様!今日ね、新しい魔法を覚えたの!」
無邪気な笑顔でそう言いながら、僕の前で小さな水の魔法を披露してくれた。
「すごいな、ラナ!まだ、儀式を終えて数日しか経っていないのに!」
「えへへ、お母様やお父様に褒めてもらえるかな?」
当時のラナは、父の期待に応えようとしながらも、まだ普通の少女らしい一面を持っていた。
魔法を成功させれば嬉しそうに笑い、失敗すれば少し涙ぐみ、それでも懸命に努力する――そんな姿を、僕は何度も見てきた。
〜〜〜〜
あの日々が遠い過去のようだ。
そんな日々が過ぎ、2年の月日が流れた頃。
別邸の庭で剣の鍛錬をしていた僕の目に、ラナの姿が映った 。
(今日は外での訓練なのか)
最近になり外での訓練も増え、別邸からは遠いが訓練の様子も見ることができた。
「ラナ…」
水が激しく渦を巻き、氷の刃が宙を舞う。精密に計算された軌道で的に命中し、砕け散る氷片が光に反射してきらめいた。
「――遅い!」
父の低い声が響く。
「水流を操る速度が足りん、それでは回避する隙を与えてしまうぞ。」
「……申し訳ありません」
「もう一度だ」
ラナの返事は淡々としていた。
彼女はすぐに魔力を練り直し、今度は鋭い氷の槍をいくつも作り出し一片の迷いなく 、的へと放った。氷槍は寸分の狂いもなく命中し、氷の破片が静かに散る。
「……よし、今日はこれで終わりだ」
父の言葉にはほとんど感情がなく、ラナもそれを当然のように受け止め、ただ静かに頷くのみ。
「ラナ……」
そこにはあの無邪気な妹の姿はなく、今のラナは――まるで感情を押し殺した人形のように、淡々と訓練をこなしていた。
ある日の夕暮れ時、父に呼び出されたかと思うと馬車に乗り出かけることとなった。
「父上、どこに向かわれるのですか?」
「…..」
父は何も言わずただ前を向いて馬車を進めていた。
(どこに行くのだろうか…)
そんなことを考えているとついつい睡魔に襲われ、気づけば眠りに落ちていた。
ガタン
「ん…、ここは?」
馬車が止まる振動で目を覚ました僕は目的地に着いたと思い、辺りを見渡が眼前 に広がっていたのは、木々の生い茂る真っ暗な森だった。
「出ろ」
父は冷たく言い放ち、その瞳は僕を見ていなかった。
「ここでいったい何をするのですか?」
僕が問いかけても返事はなかった。ただ、その後に続いた言葉がまるで雷に打たれたような衝撃を与えた。
「…お前はもう必要ない。魔獣に襲われて死んだことにする。」
その言葉が耳に届いた瞬間、僕は言葉を失い心臓が止まるかと思った。
「……ぇ?」
父の目には、ただ冷徹な無情さが漂うだけだった。
するとーー
「…ぐふっ!」
腹部に鈍い痛みが走り吹き飛ばされていた。
「ぐっ、げほげほ!」
何が起きたのか分からず、辺りを見渡す。
(な、何が起きた?…ん?この水は…)
その原因は、父が放った水魔法だったのだ。そして、剣と魔除けの粉を無造作に投げ捨て、無言で去っていった。
(なんで……!)
咳き込みながら僕はひとり、暗闇の中に横たわっていた。
ーー突如、背筋を凍るような気配が走る。僕は急いで魔除けの粉をポケットに入れ、剣を構える。
「……っ!」
息を呑んだ瞬間、森の闇から滑るように現れる影。
グルルルゥゥ
「狼……!」
漆黒の毛並みをなびかせ1匹の狼が低く唸りながら、じりじりと距離を詰めてくる。よく見ると後方に2匹の狼が涎を垂らしながらの眼光を光らせている。
(飛びかかってこない、なんでだ?….!そうか、魔除けの粉の効果か!)
手にした魔除けの粉が微かに光を放ち、狼たちの動きを鈍らせている。
「……今のうちに逃げなきゃ!」
僕は剣を握りしめ、全力で駆け出した。
しかし、獲物を逃がすまいと疾風のごとく狼達が追いかけてくる。
(クソッ! 森の外まで保ってくれ──!)
だが、ここに来るまでの道も方角すらもわからない状態では分が悪すぎる。そんな中、魔法の粉の効果が徐々に薄れ始めていた。
グルルルルゥ
狼たちの唸り声が鋭さを増す。次の瞬間、素早く跳躍した一匹が襲いかかる。
「くっ──!」
反射的に剣を振るうが、狼の動きは予想以上に速い。剣先が空を裂くよりも速く、鋭い爪が肩を掠め、熱い痛みが走った。
「いっ……!」
だが、ここで怯むわけにはいかない。震える指に力を込め、僕は振り向きざまに剣を振り抜く。
パシュッーー!
手応えを感じるものの狼の毛皮が硬すぎてかすり傷程度しか与えられていない。狼は体をうねりながらも、すぐに体勢を立て直し、低く身を構えた。
(マズいっ…!このままじゃ……!)
焦りが冷たい汗となって背を流れる。 その時だったーー
狼たちが突然、ピタリと動きを止めた。
「……?」
それまでの獰猛さが嘘のように、狼たちは耳を伏せ、わずかに後退する。
ーーギチギチギチギチィ ……!
大地が震えた。
(何か巨大なものが、この森を踏みしめているような…?)
すると、前方の方で微かに暗闇を引き裂くような巨大な影が見えた。
ドンッ!!
「くっ….い、いったい何が……?」
木々を薙ぎ倒し漆黒の森から姿を現したのは、3メートルを超える巨体な熊。
巨大な鉤爪を持ち、返り血を浴びたような赤黒い体毛、全身に戦いの傷を刻んだ、獰猛な強者。
その圧倒的な威圧感に、先程まで捕食者だった狼達すらも恐れをなして逃げていく。
「……っ!」
鋭い眼光が僕を捉えた瞬間、雄叫びをあげながら地を揺るがす勢いで踏み込み、それと同時に巨大な爪を振り下ろす。
「くっ……!」
アレンは咄嗟に剣を振り上げ、全力で防ぐがーーー
ガキィンッ!!
「なっ……!?」
剣はあっけなく砕け散り、残ったのは無力な己の両腕。そして、振り下ろされる死の一撃。
「……ぐっ!!」
凄まじい衝撃と共に僕の体は、木々をへし折りながら地面を数回転がり岩に激突し止まった。
「……がはっ!」
全身を駆け巡る激痛。右肩から左脇にかけて大きな傷と滝のように流れる血。呼吸が詰まり、視界が霞む。
(ここで…死ぬわけには、いかないっ……!)
だが、捕食者はトドメを刺すために近づいてくる。
そして、巨大な爪が視界を覆う瞬間ーー
僕の意識はそこで途絶えた。
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