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第11話:詩と涙
放課後の屋上、空気制御フィルターの向こうに、灰色の空が広がっていた。
人工雲は直線的に流れ、光は白く均されている。
そんな風景の中に、ナナがひとり、腰かけていた。
制服の襟をわずかにゆるめ、膝の上には小さく折られた紙。
ミナトが、前日手渡した詩だった。
> 「あなたの痛みを
> 僕は知らない
> でも、風が吹いたとき、
> なぜか胸がつまる」
その言葉を、ナナは何度も何度も目でなぞる。
音を立てずに、ひと粒だけ、涙が落ちた。
そして、それは“検知された”。
屋上の端、換気ダクトの側に設置された生体センサー監視ユニットが、静かに赤く点灯した。
「情緒反応異常:感情反応-過飽和」
「対象:イズミ・ナナ 評価偏差+3.2/通常域逸脱」
彼女は知らない。
だが、その瞬間から、ナナは**“観察対象”としてマークされた。**
翌日、ホームルームのあと、ナナが呼び出される。
理由は告げられないまま、AIカウンセリングルームへ。
室内は無機質で、白く光るテーブルと、正面のディスプレイだけ。
画面には、AI評価官の仮想人格が表示されている。
「こんにちは、ナナさん。
あなたの最近の“心拍変動”および“目の水分反応”について、確認したいことがあります」
ナナは息をのむ。
「……それ、ただの涙です。理由なんてない。
詩を、読んだだけ」
画面の表情は変わらない。
「“理由のない涙”は、思考の逸脱傾向を示すことがあります。
社会秩序に対し“不確定な情緒反応”を抱えていませんか?」
その後、ナナは**“情緒安定プログラムの任意受講”**を勧告された。
受けるかどうかは“自由”――
だが、受けなければスコアが下がることは、誰もが知っている。
教室に戻ったナナは、席に着いても手を机に置いたまま動かなかった。
ミナトはその様子に気づいた。
彼女の瞳は濡れていない。
けれど、心だけが、雨の中に置き去りにされたようだった。
その日の夜。
ナナの部屋。小さなライトの下、彼女は一枚の紙を折り直していた。
それは、例の詩。
角は少しよれて、インクの一部がにじんでいる。
> 「君が泣いた理由を、
> 僕は知らない。
> でもその涙を、
> 消してはいけないと思った。」
そして彼女は、机の引き出しから、自分の言葉を書いたメモを取り出した。
それは、何年も前から書きたくて、でも怖くて書けなかった短い詩。
> 「声に出さなきゃ、
> 傷つかないって、
> 誰が決めたの?」
ナナは、小さな声で呟いた。
「……私も、書いていいのかな」