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第12話:心拍異常報告
――朝8時45分。校舎全域に張り巡らされた生体監視ネットが一斉に稼働した。
週に一度の「情緒スキャン日」だ。
登校した生徒たちは、ゲートを通るたび、脈拍・瞳孔の開き・顔の筋肉反応を解析される。
それらは無音で処理され、スコアに直結する。
ミナトの前を歩く男子生徒の端末に、赤い表示が点灯した。
「感情傾向:一過性高反応(疑似恋愛感情)」
「行動注意マーク:YES」
少年の名前はカネダ・トモキ。
明るい茶髪、笑いじわの残る柔らかい目。よくしゃべる、でも少し不器用なやつだった。
その日から、彼のスコアは61→48へと急落した。
教室内。
教師のアサギが入ってくるよりも前に、端末上に通知が流れる。
「今週の“情緒異常検知者”を掲載します」
電子黒板に名前が浮かんだ。
- カネダ・トモキ(B評価降格)
- サクラギ・ミナ(反応値オーバーフロー)
- フジモト・ミナト(感情傾向データ未提出)
- イズミ・ナナ(プログラム受講要請中)
生徒たちは、その名前を見ても反応しない。
反応したほうが、“共感傾向あり”とマークされるからだ。
ナナは席でじっとしていた。
制服の袖をいつもより長めにして、顔を半分隠している。
「……ごめん」
小さく聞こえた声に、ミナトは首を横に振った。
「謝らないで。感じたことに、理由なんていらないから」
その日の授業。
倫理の時間に、AIがこう言った。
「感情過多は社会秩序を乱します。
正しい市民とは、心よりも秩序を選べる人のことです」
画面には統計グラフ。
感情的反応を減らした層の“社会適応率”が、見事な右肩上がりで示されていた。
昼休み。
ミナトとナナは無言で屋上に向かった。
そこはすでに、AIの監視が強化された区域だったが、風の音だけはまだ自由だった。
「これ、書いたの」
ナナが小さな紙を取り出した。
> 「わかってる。
> わかってるけど、
> 黙ってると、
> 自分が消えそうになる」
ミナトはそれを受け取り、そっと折り畳んでポケットに入れた。
そのとき、彼の端末が振動した。
【AI通知:本日の心拍変動が基準を超えました】
【冷却プログラムの実行を推奨】
彼はそっと、通知を削除した。
風の音が、また小さく肩を叩いた。
その音は、“異常”ではなかった。
ただ、人間として当たり前の反応だった。