「私も一杯は、いただきたいです!」
「勿論よ! 皆で楽しもうね!」
ベルを鳴らしてお酒の再注文をする三人を尻目に、私はまだ茘枝酒が入っているグラスを振って見せ、お代わりはまだいらないと意図を伝える。
「私はこの食べ方を推奨しますよ……」
独り言を呟きながら、レンゲの中に入れた小籠包の端っこを少しだけ崩して中身のスープを外へ出すと、更に息を吹きかけてから食べる。
以前スープごと食べたところ、中身のスープで口の中を軽く火傷してしまい、それ以降の食事が今一つ楽しめなくなった経験があるのだ。
ちなみに一個だけだとこの食べ方だが、数個食べる場合は酢醤油を使って食べている。
「うん。美味しい」
恐らくコッコーの挽き肉だけだと思うのだが、肉汁が飽きの来ない味だった。
ゆえに、酢醤油をつけて食べたくもなってしまう。
二個目が食べたくなる、恐ろしい小籠包でもあった。
「二個目の誘惑に打ち勝って、他の物を食べておかないと駄目ですよね」
頷いて、今度は鼓汁蒸鳳爪を口にする。
よく煮込まれているからか、異世界特性なのか、食べるべき部分がするっと取れる素敵な仕様だった。
八角の香りはせず、異世界の調味料が使われているっぽい。
スパイシーな香りなのだが食べやすかった。
そしてコラーゲン感もたっぷりで、明日の肌つやが楽しみだ。
三人が瓶入り紹興酒で乾杯するのが美味しそうだったので、まだ茘枝酒を残しながらも少しだけ紹興酒をもらった。
ざらめを入れずとも飲めるのに驚かされる。
あちらで飲んでいるものより、まろやかで飲み心地の良い味だった。
「飲みやすいわ、食べやすいわ……異世界は怖いわねぇ、いろいろと……」
今のところ目に見えて太ってはいないようだが、今後は気をつけないといけないだろうか。
雪華や彩絲、ランディーニは、指摘してくれそうだが、他の人々は私が悲しまないように隠してしまいそうだ。
夫から異世界仕様で太らないと説明はされているが、やはり気にしてしまうのが常だったりする。
恐ろしい考えを払拭するのに茉莉花茶を飲んで、次の皿に取りかかった。
「……ローレル。これは、由緒正しいぷりっぷりかしら?」
「ええ、主様! 理想のぷりっぷりな蝦ですわ~」
蝦餃子はローレルが求めた味と食感だったようで良かった。
頬をほころばせるローレルの気持ちがよくわかる美味しさだ。
食感もさることながら、噛んだ瞬間に広がる蝦の旨味がまたたまらない。
「あー、魚介に肉に野菜と、全ての旨味が入っているとか贅沢ですねぇ……」
続いて蘿蔔糕を口にして、どこか懐かしい味に安堵する。
醤油をさしたくなるシンプルなものも多いのだが、こちらの蘿蔔糕は味が深いので何かつける必要性を感じなかった。
外側が少しかりっと焼かれているところも大変好ましい。
「主様! 鶏絲炸春巻が、まだとても熱いので気をつけて、召し上がってください!」
「そうなの? ありがとう、ネイ。気をつけて食べるわ」
小さなグラスに入った紹興酒を三杯も飲んでいるところを見ると、随分と熱かったようだ。
私はそのまま齧りつくのをやめて、鶏絲炸春巻を半分に割った。
これだけ時間が経っているにも拘わらず、もわっと湯気が立ち上る。
保温スキル的なものが働いているのかと思う、維持具合だ。
半分はそのままでいただき、半分は醤油と辛子でいただく。
夫の支援店なので、中華調味料も日本調味料も普通に置かれているのが安心だった。
売ってもらえるのなら、欲しいところだが、どうだろう?
拠点で料理ができるくらいに落ち着いた頃に、買いに来た方がいい気もする。
「主、何か他に食べたいものはあるの?」
「これで満足……あぁ、何かデザートが欲しいかも」
「せっかくだから、点心らしくする?」
「それがいいかしら……」
メニューを覗き込みながら悩む。
「芝麻球と馬拉糕だったら、どちらが食べたい……?」
「「「両方で!」」」
どうやらデザートは別腹だったらしい。
ベルを鳴らして注文をお願いする。
「できたて杏仁豆腐があるけど、そちらもおすすめあるよ?」
手早く使われた皿をワゴンへと下げながら、店長がそんな悪魔の囁きをしてきた。
「……それも一緒にお願いしますね」
三人からの歓声が上がったので、追加注文も正しいようだ。
デザート用にと新しい茉莉花茶がポットで置かれた。
どれも甲乙つけがたく、美味しかった点心の感想をそれぞれ熱く語っているうちに、デザートが届く。
デザートは別腹が激しく作用したらしく、三人は全部をお代わりしていた。
私は三人の熱い視線に負けて、一番カロリーが低いのではないかと考えて杏仁豆腐だけを注文する。
いろいろと負けた気がしてしまったのは内緒だ。
大丈夫ですよ、全然太っていませんからねーという、夫の甘い囁きにもよろよろしながら頷いておいた。
夫と一緒の買い物は何処に行ってもスムーズだった。
夫の頭の中では何時でもそのときに買う物が、明確にイメージできているからだと思う。
友人とのショッピングなんて夢のまた夢だった私としては、女性しかいない買い物にはかなりの夢を抱いていた。
叶わないと思っていた夢の大半が叶ってとても嬉しい。
しかし女性の買い物に男性はついていけないという男性の意見に、一部だけ同意してしまった。
皆が嬉しそうにくれる意見をなるべく生かしたいと考えても、誰かの意見を否定しなくてはいけないのがとても寂しかったのだ。
男性が女性との買い物を苦手に思う理由は、女性の反応に気を遣うというのと、単純に時間がかかるのが面倒! というのがメインの意見だと考えている。
私の場合はついていけないというよりは、申し訳ないと感じているので、その点は違ったかもしれないが。
そもそも私は申し訳ないと感じてしまうけれど、できれば一緒に楽しみたいと思うのだから。
「主、どうした? もしかして疲れたか? いい人たちも多かったが、あれな人もびっくりするほど多かったからなぁ……」
「いいえ。向こうで女性同士の買い物ってしたことなかったから、主人と二人の買い物とは随分違うのね……なんて、しみじみしていただけなの」
さすがに飾らない本音はさらせない。
彼女たちを無駄なことで惑わせたくはなかった。
だから飾った本音を伝えた。
本音にも伝え方、というものがあるのだ。
私はその重要さを夫で存分に学んだ。
「まぁ! 御主人様は女性との買い物をされなかったんですの~」
「ええ。楽しく買い物できる友人には恵まれなかったの。この方たちとなら友好な関係を持てそうだなと思っていたときに、こちらへ召喚されてしまったものだから……」
料理教室で出会った三人を思い出す。
向こうへ帰還できた際には、仲良く揃ってランチやショッピングなどを楽しみたいものだ。
「では、こちらで練習して。向こうで本番を、迎えればよろしいのです!」
優しい彼女たちなら私の無作法にも怒らず、丁寧に諭してくれるだろう。
だからこそ、今のような機会に練習できるのはちょうどいいのだ。
「ふふふ。そうね。次のお店では何を見るのかしら?」
「次はドレッサー、ティーテーブルと椅子五脚。あとはテラス用のインテリアかしらね?」
「テラス用インテリアですとぉ……ガーデンテーブルと椅子は欲しいですわ~」
「御主人様のお好みで、花も植えたらいいと思うのです!」
「そうなるとお花だけ別のお店かしら?」
「ですねぇ。ノワールかランディーニに手配してもらうといい感じになるかと」
次に行くお店は専門店ではないらしい。
テーブル専門店はさて置き、ドレッサー専門店は維持が大変そうだ。
「次に行くお店は、家族経営なんだけどそれぞれ専門が違うの。父はテーブル担当、母はドレッサー担当みたいにさ。センスが良い家系らしくてね。昔から若い女性に人気なんですって!」
なるほど。
専門店が幾つか入って、情報共有が正しくできている感じの経営らしい。
家族でやる気楽さもあるが、甘えが前面に出ると赤の他人よりこじれてしまう。
その点が家族経営の厳しいところだが、老舗の良店というのなら上手く折り合いをつけているのだろう。
「いらっしゃ~い! よく来てくれたわねん!」
家具店というよりは雑貨店といった印象を受ける、カントリー調の店構えの前、雪華の手を借りて馬車から降りようとしたところで、声がかけられる。
空中に足を浮かせたままの私を、ローレルが背後から抱き締めて馬車の中へと引き寄せた。
勢いよく雪華が扉を閉める。
それだけ店の中から現れた人物に衝撃を覚えたのだろう。
「あららん? どうして可愛い子を隠しちゃうのかしらん? 貴女はお呼びじゃないのよん?」
そこに立っていたのは、ガチムチのゴスロリ。
そう、ガチムチのゴスロリ。
大切ではないが、衝撃が過ぎたので二回言っておく。
スカートはミニ丈。
せっかくの絶対領域には、手入れすらされていない剛毛が蔓延っていた。
そういったキャラでもなければ基本、剛毛はきちんと手入れをした上でコスプレをしてほしいとは、大半のオタクが思うことではなかろうか。
禿頭の上には純白の帽子。
帽子には同じ大きさをした白い花が飾られている。
この場合は帽子か生花、どちらかにした方がセンスがいいように感じる。
しかも生花からは、カサブランカの匂いを十倍強くしたような匂いがした。
良い香りも度を超せば悪臭となる見本かもしれない。
それでもまぁ、そこまでなら、人の趣味はいろいろとあるからねぇ……で、スルーできるのだけれど。
「早く馬車に逃げた可愛い子ちゃんを出しなさいよぅ!」
私に執着するのは駄目だ。
ええ、その通りですよ?
夫が許さない。
「ぎぃゃあああああああ!」
野太い絶叫が上がった。
怖い物見たさに小窓から外を覗き込む。
ローレルとネイも一緒だ。
「……御方の、お怒りです?」
「ええ、そうね。私へ執着を見せたのが問題だったみたい」
純白のゴスロリ衣装は、真っ黒な煤と化して男性をおおっている。
帽子や生花も煤化しており、頭はまるで髪の毛でも生えたかのように、真っ黒になっていた。
首から下にはモザイクのような、ぼんやりとしか見えない処理がほどこされているあたりが、間違いなく夫の仕業なのだと知れる。
夫は異世界から、こういった干渉もできるようだ。
凄まじい力だと思うも、まぁ喬人さんだし! の一言で片付けてしまえた。
私にとって夫は、そういう存在なのだ。
私の周囲にいる人も、ああ御方ですから、の一言で同じように納得するのだろう。
「主ー。もう出てきても大丈夫みたいよ。死んではいないし、動けないけど、意識はあるみたいだから」
馬車から顔を出せば、雪華が男性の顔を覗き込んでいるところだった。
ローレルの手を借りて馬車を降りる。
雪華に近寄ろうとすると手で制されるので、先に店へと向かった。
「た、大変、失礼を、いたしました……」
顔色の悪い男性が店の中から現れる。
高熱に浮かされているかのように足元が覚束ない。
「御主人様は男性の接客を、好みません。女性従業員を、お願いします」
「少々、お待ちください、ませ」
青かった顔色を白へと変化させながら、男性が入り口近くにあったベルを鳴らす。
引っ張って音を鳴らすタイプのベルだ。
かろんかろんと可愛い音がする。
「ローレル、その方を椅子へ」
「はい、御主人様」
恭しく頷いたローレルは、近くにあった売り物ではなさそうな椅子へ男性を座らせる。
男性が深々と息を吐き出し礼を述べる頃になって、妙齢の女性が現れた。
「我が息子が大変な失礼をいたしました。伏してお詫び申し上げます……」
若さよりも疲れが全身から滲み出る女性が、土下座をしようとするので慌てて止める。
「言葉だけの謝罪で十分ですわ。これもきっと想定外のことだったのでしょう?」
私の言葉に女性は瞳を潤ませる。
金色の美しいはずの瞳は酷く濁っていた。
ストレスか疲れか。
どんな原因だったとしても、外の男性がかかわっているに違いない。
彼女の目が、盲目に近い状態なのは。
ローレルが同じように女性も椅子へと誘う。
女性は過剰に謝罪をしながら椅子へと座った。
雪華が髪の毛を掻き上げながら店の中へと入ってきた。
不愉快そうな表情でも愛らしさが損なわれないのには驚かされる。
「御方の罰が下ったわ。外の男は再起不能ね。意識があるから死んではいないけど、介護が必要な状態よ」
「おぉ! ありがとうございます!」
「こ、これで、もう迷惑をかけられないで、すむのですね?」
喜ぶ二人を静かに睥睨した雪華が、打って変わった穏やかな目線で私を見つめる。
「……主が望むなら、神殿への放逐も可能よ?」
「神殿への放逐というと?」
「御方の罰を受けた者は、その始末を神殿が請け負ってくれるのよ」
ええ、それぐらいは役に立っていただかないと。