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夫にも相槌を打たれてしまった。
きっと神殿は過去に、夫を怒らせるような何かをしでかしてしまったのだろう。
その贖いとして未来永劫、面倒な始末を引き受けているのだ。
一般人どころか訓練を受けた相手でも、ガチムチ男性の対応は難しいと思う。
この家で介護させれば神殿へ預けるよりも、今まで舐めてきた辛酸の復讐ができる気もする。
食事をさせなければ人はいつか死ぬのだ。
被害者にこそ、生殺与奪の権利があってしかるべきではないのか。
「……貴方方はどうして欲しいですか?」
「神殿への放逐を!」
「……さすがにそれは……介護の方がいいのではないかしら?」
参考までに二人へ聞いてみたところ、意見が割れた。
女性の意見にこそ闇の深さを感じるのは気のせいだろうか。
外聞をはばかっているとも考えられたが……。
「……貴方たち、あの男の管理をきちんとしていたの? 家族なんでしょう?」
雪華の声は鋭く冷たい。
彼女は自宅での介護を望む気がする。
生殺与奪の権利は、その苦労に見合うもの。
逆に苦労なしで得られぬものでもあったから。
「しておりました!」
「私どもの、できる範囲ではございますが……」
そこだけは誤解されたくないと、必死な二人が説明するところによると……。
ガチムチは先妻の子供らしい。
先妻は浮気をしたので離縁したところ、子供をおいていってしまったようだ。
検査の結果。
顔色の悪かった男性(店主)の子供ではなかった。
先妻の親族は、既に問題児であったガチムチの受け取りを激しく拒否。
仕方なくそのまま養っていたとのこと。
筋肉をつけることに命をかけていたガチムチだったが、ある日嫁いできた盲目に近い女性(店主の後妻)の若さと愛らしさに何故か猛烈な嫉妬をして、あのような格好をするようになったらしい。
また、それまでは店の経営や接客になど全く興味がなかったのだが、センス良く接客の評判もいい後妻に強烈な闘争心を抱き、無謀な経営方針のごり押しや、センス最悪な上に歯に衣着せぬ接客をするようになってしまった。
家族以外に迷惑をかけるのは認められないので、さすがに放置はしておけないと、寝ているときを見計らって、奴隷の首輪をつけて管理を始めたようだ。
奴隷の首輪をつけてからは、経営にもかかわらせず接客にも出さずに隔離しておくことに成功していたので、安心していたところ。
私の話を盗み聞きして、妄想を滾らせてしまった。
私を手に入れれば、後妻を超えられるかもしれないと。
挙げ句。
奴隷の首輪を引き千切って、今回の暴挙に出たらしい。
突っ込みどころ満載の思考だが、いっている人の思考を理解しようなんて、無謀な話だ。
店主がよろよろしていたのは、体を張ってでも止めようとした店主を弾き飛ばしていったからだそうだ。
ちなみに後妻の目も、やはりガチムチが原因の疲れとストレスと診断されたとのこと。
奴隷の首輪は基本千切れるものではない。
問題児の情熱だけは認めてもいい気がしてきた。
夫からの駄目出しが激しそうなので、思うだけにしておくが。
「想定外過ぎる事態ね……それならまぁ、選択の余地はあるかな?」
雪華の瞳と声から不快さが消える。
問題児を見捨てず、管理をしていた点は、評価されてしかるべきだと判断したのだ。
「……でしたら神殿への放逐をお勧めします。介護は相手がどんなに大切な人であっても、心身ともに消耗するものですからね。始末の際に、要望はある程度聞き届けられるのでしょう?」
夫のことだ。
その辺りは抜かりない手配を完璧に済ませているはずだ。
「ええ、できるわ! なるほどね。被害者の味わった心身の痛みを与えてから、始末をすると、そう要望を出せばいいのよ!」
雪華は店主と後妻を振り返る。
店主は大きく何度も頷いた。
後妻は躊躇ってのちに、何故か私を縋るような目で見つめた。
「……貴女はよく頑張りました。このままでは貴女は壊れてしまいます。貴女が彼を神殿に放逐したとて、貴女を責める者はおりません。だから安心して、放逐なさい」
「ありがとう、ございます……」
金色の瞳から涙が溢れ出る。
しゃくり上げるのを、店主が優しく宥めていた。
私に向かって、ありがとうございます。妻を救ってくれて、ありがとうございます。店を救ってくれて、私どもを救ってくれて、アレをも救ってくださって……ありがとうございます、と謝意を示し続けた。
店主の心労は綺麗さっぱりと失せるだろう。
後妻の涙に濡れた瞳も乾く頃にはきっと、あの濁りは取れているはずだ。
目も見えるようになる。
金色の瞳は、本来の美しい輝きを取り戻すに違いない。
「今日は大変でしたね。後日また、伺いますわ」
「いいの?」
目の届く範囲で見る限り、商品は好ましいものが多かった。
またガチムチが、あそこまでの力を発揮してしまうほどに羨んだセンスを見てみたい。
「ええ。今度は他の子たちとも一緒に来たいし」
「それがいいと思いますわ~」
「私も、賛成です!」
二人も賛同してくれた。
ガチムチの手配をすませて落ち着いた二人は、私の好みに合ったすばらしい品々を見せてくれるだろうと確信しながら、仲良く寄り添って私たちを見送る二人に会釈をして、馬車の中へと戻った。
馬車に戻って深い溜め息を吐いた私を見て、雪華が帰宅を主張する。
体の疲れもあったが、それ以上に精神の疲れが酷かったので、雪華の意見に頷いた。
目を閉じる私の気に障らない音量で、何やら囁きが交わされる。
一人なら無音でいいのだが、誰かいるのならば微かな音が欲しい。
向こうの世界でも寝るともなしに目を閉じている私の横で、夫が打つキーボードの音を聞いているのが好きだった。
うつらうつらしているうちに、屋敷に着いたようだ。
「おかえりなさいませ、主様」
安心の出迎えはノワールだった。
ランディーニもその肩に乗っている。
「ふむ? 何やら問題でもあったかのぅ?」
私の顔色で判断したのだろう。
くるっと一回転する顔が可愛らしくて癒やされる。
ふわもふ効果は疲れているとき、特に有効だ。
「ふふふ。主は魅力的な女性だもの。トラブルが次から次へとやってきたわよ。想像通りにね!」
「御方の奥方だと、知るべき所には知らされておるはずじゃがのぅ……」
「知るべきところにも、様々な問題があったということでしょう」
ノワールの呆れた言いように少しばかり考察をする。
あそこまで老舗と呼ばれる店に、問題の山がのしかかってしまったのは、王の周辺が荒れていた余波なのではないだろうか……と。
「カーペットと寝具は搬入されてございます。お着替えのあとで体を休ませたら、御確認されては如何でしょう?」
「ええ、そうさせてもらうわね。それにしても今日中なんて、随分頑張ってくれたのね」
「一流店の矜持もあるじゃろうが、奥方を喜ばせたかったのであろうな。打算だけでもなく」
ランディーニが、ふおっふおっと嬉しそうに笑う。
ノワールも満足げだ。
「……着替えは一人で大丈夫よ」
雪華が手伝いたい! と目で訴えてくるのを苦笑で宥める。
しょんぼりと肩を落としたが納得してくれたようだ。
留守番組、奴隷館からの帰宅組も全員顔を覗かせて出迎えてくれる。
ネルとセリシアの表情も想像よりは落ち着いていた。
私が戻るまでにいろいろと話をしたのだろう。
揺り返しはあるかもしれないが、私を裏切ることはなさそうだな、と考えながら自室へ向かう。
「湯を張ってございます。お体を清められては如何でしょう?」
「……こちらの世界では、日に何度も湯船に浸かったりするものかしら?」
「貴族女性などはそうでございます。食事の都度に入る貴婦人もおられますね」
「そ、そこまではいいかな?」
風呂に入ったら眠くなってしまいそうだが、せっかく湯が張られているのなら勿体ない。
ノワールが手早くコルセットの紐を緩めてくれるのに身を任せながら、雪華にやってもらったら喜んだかしら? と思ってしまった。
せめてルームウェアを選んでもらえば喜ぶかな? と考えつつ、その旨を告げると、ノワールが、雪華殿はとても喜ぶでしょう。と言ってくれたのでお願いする。
「あー、いい湯加減……」
夫が設計したあちらの風呂は広々としており深さもある古典的な檜風呂だが、今浸かっている猫足バスタブもしっかりと肩まで浸かれる深さがあった。
お湯にはシャワージェルが入っているようで、体を動かすと泡が生まれる。
もこもこの泡は肌にも優しいらしく、泡で顔を洗ったら、肌に艶が生まれて驚いた。
髪の毛にも泡を擦りつけてバブルバスを堪能していると、シャワーカーテンの向こうからノワールの声が聞こえる。
「お夕食は如何なさいますか?」
「……お風呂に入って、さっぱりしたら自分で作りたくなったけど、いいかしら?」
眠くなるかと思ったら覚醒の方向に転がった。
まぁ、そんなときもある。
「主様の趣味と伺っております。一通りの食材は揃っておりますので、存分に腕をお揮いください」
「何を作ろうかなぁ……和食でも大丈夫?」
「馴染みはないかもしれませんが、主様が作った料理であれば全員喜んで食すと思われます」
「どうせなら喜んでほしいからなぁ……皆のリクエストを聞いてから考えるね」
「承りました。彩絲殿が髪を乾かしたいとのことです。また雪華殿もルームウェアの用意が調ったとのことです」
守護獣たちの過保護っぷりに苦笑を浮かべつつ、お湯を抜きながらシャワーで体中についた泡を流す。
肌は艶ぷるになり髪の毛も指通りがすばらしく良くなっていた。
錬金術師的な誰かが調合した超高級バスジェルに違いないと、勝手な妄想を膨らませながらシャワーカーテンを開く。
バスタオルを持った彩絲が笑顔で腕を広げていた。
まるで夫のようだ!
羞恥と戦いながら広げられたバスタオルに包まれる。
ふわふわっとバスタオルで体を拭かれた次の瞬間、バスローブを着せられた。
背後に回った彩絲は鼻歌を歌いながら髪の毛を乾かし始める。
温風が頭に心地良い。
「ルームウェアは優しいスミレ色のティアードワンピースよ! 家の中でもアクセサリーをつけさせたいんだけど、何がいい?」
雪華が鼻息も荒く見せてくれたワンピースは、裾に向かってふんわり広がるシルエットが可愛らしい、ティアードワンピースだ。
当然といった仕様で、首回り、両手首、腰はリボンで結ぶデザインになっている。
胸元にはスミレの花畑イメージだろう刺繍が細緻に施されていた。
「うーん……これから料理をするから……ブレスレットと指輪は却下します」
つけないという選択肢はなかったようなので、そう答えた。
「じゃあ、ペンダントとアンクレットね!」
「ひ、一つじゃなかったの?」
「どちらも料理の邪魔にはならないでしょう?」
楽しそうに笑われて、正方形のジュエリーケースを見せられた。
中には薄い色のアメジストで作られたスミレの花をメインにしたペンダントとアンクレットが収まっている。
繊細な銀のチェーンは、しまうときに絡まりそうなのが心配だ。
髪の毛は気持ちよく乾かされて、料理の邪魔にならないようにスミレ色のリボンで結ばれる。
ペンダントとアンクレットも装着された。
ルームシューズもスミレ色で徹底されている。
私の装いに関しては夫並みに拘りがあるようだ。
「そうそう。今日の夕食は私が作るけど、何が食べたい?」
「ほう! 主の手料理か! 何がいいかのぅ……」
「私は異世界っぽい料理が食べたいな。豚汁みたいな?」
「そうなると……肉じゃが、茄子の煮浸し、ほうれん草のごま和え、鯖の味噌煮、御飯に豆腐と若布のお味噌汁……かな?」
食材が揃うといいけど……。
似たものならあると疑わないが、ノワールの倉庫の中には日本産が全部揃っている気もする。
「肉じゃがは食べたことがあるぞ? イモッコに味が染み込んでいて大変美味じゃった」
「御方手作りの鯖の味噌煮は、使いにくいと言われていた鯖がここまで美味しくなるかと感動したものよ! 臭み消し? をしっかりするといいんだってね? そういえば、鯖はこっちではバッサっていうのよ」
夫は二人に随分と腕を揮っていたようだ。
彼が手料理を振る舞うのは信頼の証。
夫が信頼した二人が、私の傍で喜んでいてくれるのが嬉しい。
「あとは、皆のリクエストを聞いて確定するから、楽しみにしててね」
「無論じゃ!」
「うん。嬉しいなぁ……あ! 主、エプロンをつけないとね!」
雪華がどこからか取り出したのはベージュ色のエプロン。
色はいい。
ルームウェアにもあいそうだ。
だがポケットがハート型なのは、どうしてだろう?
胸元にも大きなハートのアップリケがついているのは、どうしてだろう?
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