TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

秘書、坂田雪丸。

頭がよくて、行動力があって、遥にとっての頼れる相棒。

今の遥にはなくてはならない存在ではあるが、一筋縄ではいかない曲者でもある。



昨日の晩、日付が変わりすっかり眠ってしまったところにかかってきた電話。

ただでさえ忙しい遥の睡眠の邪魔などするはずのない雪丸の行動に驚いた。

よほどの急用だろうかと慌てて電話に出た遥に、翌日のスケジュールを確認をする雪丸。


「お前、何の嫌がらせだ?」

つい地が出た遥は不機嫌に聞き返した。


それに対し雪丸は、「念のための確認です」と悪びれもせずに答える。


「ふーん」

と返事をしたものの、雪丸が何の意味もなくこういう行動をとることはない。

考えたら目が覚めてしまって、ベットから起き出した。


午前2時か。

嫌な時間に起こされたものだ。


いったん覚めてしまった眠気をどうすることもできず、とりあえずリビングのソファーに座り冷蔵庫から出した水を流し込む。

そう言えば、萌夏の気配がない。

まさか、まだ帰っていないんだろうか?

その時、


ガチャ。

玄関の開く音がした。


***


「え?」


ドアを開け、そのまま動けなくなった萌夏。


「おかえり」

「ただ、いま」


「ずいぶん遅いね」

「うん」


子供のころから経営者である父さんや爺さんを見て育った。

自分の感情をさらけ出すことは避けるべきだと教えられてきた。

だからだろうか、感情的になった時にこそ、遥の言葉は冷たくなる。


「いつもこんなに遅いの?」

「いや、まあ」


萌夏が深夜のコンビニでバイトをしているのは知っていた。

賛成ではないが、反対する理由もなくて黙認していたつもりだった。

しかし、


「どうしたの?こんな時間に起きてるなんて」

何とか 流れを変えたい萌夏が、話を別の方向に振ろうとしている。


「雪丸が、急ぎでもない用事で電話してくるから目が覚めたんだ」

「へえー」

何か悟ったような表情。


どうやら、雪丸の目的はこれらしい。

それに、萌夏自身も雪丸の思惑に気づいているみたいだ。


「ずいぶんキレイに化粧するんだな」

「え?」

「普段はほとんど化粧をしないだろ?」

「うん、まあ」


どう見ても、コンビニでバイトをするために整えられた化粧ではない。


「酒・・・飲んでる?」

「ぅうん」

小さな小さな返事。


ここまできて、遥も確信した。

萌夏はコンビニでバイトをしているわけではない。

もっと別のところで、働いているんだ。


***


「で?」

自分でも不機嫌さを感じる声で、萌夏に問いただす。


萌夏に対して恋愛感情がある訳ではないが、共に暮らす時間は快適だったし、何よりも萌夏のことを信頼していた。

不器用で、まっすぐで、嘘をつかない人間だと思っていた。


しばらくの沈黙の後、


「本当はコンビニのバイトではなくて、クラブでホステスをしていました」

下を見ながら少しだけ緊張した様子の萌夏。


「何で嘘をついた?」

「それは」


「そんなに金が必要なのか?」

金にも物にも執着がないように見えたんだが。


「ごめんなさい。でも、早くお金を貯めて大学に戻りたいんです」


「大学に戻るって、お前・・・」


本当に、萌夏の行動には驚かされるばかりだ。

せっかく住む所も生活費にも困らない生活を送っているのに、なんでわざわざ休学する必要があったんだ。素直に甘えていればいいじゃないか。

遥にはどうしても理解できなかった。


「ちゃんと、目を見て話せ」

怒りを隠すこともなく強引に顔を上げさせた。


***


「ごめんなさい」

口にした瞬間、萌夏の目から涙があふれた。


「反省しているんだな?」

「はい」


どうやら、悪いことをした自覚はあるらしい。


「じゃあ、すぐに辞めろ」

「それは・・・」

「嫌なのか?」


困ったように、口を閉ざしてしまった萌夏。


「俺は、ホステスのバイトなんて許す気はないぞ」


遥だって、仕事で接待をすることはある。

そういう店で働く女性を軽視するつもりもない。

彼女たちはその道のプロだと思う。

しかし、萌夏がその仕事をするとなれば話が違う。

エゴのように聞こえると嫌だが、萌夏にはさせたくない。


「店を教えてくれ。俺が連絡するから」

「いや、ちょっと待って」


明らかに、萌夏が動揺している。


「金を貯めたいんなら俺が紹介してやる。だから今すぐにバイトはやめろ」


たとえ横暴だと言われても、萌夏にはさせない。


「いいな?」

睨みつけるように念を押す。


萌夏はしばらく固まっていた。

イエスもノーも言わず、じっと遥を見ていた。

そして、


「もしかして、このままここに置いてくれるの?」

声が震えている。


「ああ」


萌夏の奴、追い出されると思っていたらしい。


「本当に、いいの?」

「しつこいっ」


今更放り出せるくらいなら、初めから同居なんてしない。

そもそも、他人に心を許すのが得意な人間じゃないんだ。

一旦信じたからには、簡単には手放さない。


「ありがとう」

「バカ、俺は怒っているんだ」

「うん」


その後も遥の説教は続いた。

萌夏は黙って聞いていた。


とりあえず萌夏がバイトを辞めることで、この件は一件落着。

同居も継続され、今まで通りの生活が続くこととなった。


***


「このままにするつもりですか?」


会社に向かう車の中、ため息交じりに雪丸が聞いてきた。


「悪いか?」


質問で返した遥に、雪丸は返事をしない。

言いたいことは想像がつく。雪丸は萌夏のことが気に入らないんだ。


「本当に雇う気ですか?」

「ああ」


俺に人を雇う人事権があったかどうか確認もしていないけれど、いざとなれば人事部長に直接交渉してやる。

ちょうど仕事が忙しくなってサポートが欲しいと思っていたところだし、営業部付きのアシスタントとして採用すればいい。

何とかなるだろう。


「どうしてもというのなら反対はしませんが、仕事である以上遠慮はしませんよ?」

「わかっている」


働いて金をもらうからには、萌夏だって覚悟しているはずだ。

それに、多少の事でねをあげる人間ではないと思う。


「今日中に履歴書を用意させるから、来週からでも働けるように手配してくれ」

「はい」


やはり、雪丸は不満そうだ。

でも、きっとやってくれる。

雪丸はそういう奴だ。


***


遥と雪丸との付き合いは長い。

まだ10代だったころ、2人は出会った。


幼稚舎から大学まで続く私立のお坊ちゃん学校。

遥はそこに通っていた。

周りは金持ちの息子たちばかり。勉強なんて二の次でどうやって遊ぶかを考えている奴が多かった。


「遥、今日も塾か?」

「うん」


放課後友達に誘われても、断ってしまう遥は学校でも浮いた存在。

友達がいないわけではないが、どこか学校に馴染めない思いを中学生のころから感じるようになっていた。



「遥って、金持ちのくせに庶民っぽいのよね」

たまたま廊下に出た時、聞こえてきた女子たちの会話。


「そうよね。残念な王子様ね」

「うんうん」


キャッキャッと笑い声をあげるクラスメート。

遥は逃げるようにその場を立ち去った。


たまたま金持ちの家に生まれたから贅沢をさせてもらっているだけ。

偉いことでも、自慢することでもないと遥は思う。

だから、クラスメートたちのように親の金で贅沢に遊びまわる気にはならなかった。


***


「ねえお兄ちゃん、金貸してくれない?」


いつもの塾の帰り、迎えの車が遅れたため電車で帰ろうとした遥は駅前でチンピラ風の数人組に絡まれた。


「お金なんて、ありません」

後ずさりしながら、逃げようとする遥。


しかし男たちはあっという間に遥を取り囲んで、裏路地へと連れて行った。




「ずいぶん高そうな服を着ているじゃないか。本当は金を持っているんだろ?」

「そんな」


本当にお金なんて持っていないといくら訴えても、男たちは信じてくれない。


「金がないならその時計でも、カバンでも、靴でも構わない。とりあえず置いて行け」

「いや、そんな」


時計はおじいさんからの贈り物だし、カバンの中には勉強道具が入っている。靴だって、無くなったらどうやって家まで帰るんだ。


「早くしろっ」

ドスの利いた声とともに、ナイフを取り出す男。


遥は時計を外し、靴を脱いだ。


「鞄もだ」


恫喝に負けためらいながら差し出すと、ドサッという音とともに地面に投げ出される文房具。


男たちは金になりそうなものだけを奪いすぐに姿を消した。


***


酷い、あんまりだ。


路地裏の汚れたアスファルトの上。

目の前には投げ出された教科書たち。

おじいさんが中学入学の記念にくれた時計もお気に入りのスニーカーもすべて奪われてしまった。


これからどうしよう。


小銭しか入っていなかったとはいえ財布も取られたから電車にも乗れない。

携帯も近くの排水溝に投げられてしまって使えない。

靴下履きのまま、荷物を両手に抱えて家まで歩くしかないのか?

それは・・・無理だ。

ここからだとどれだけかかるか想像もできない。

本当に、困った。


「おい、大丈夫か?」

いきなり後方から声がかかった。


「えっと、その・・・」

驚いて振り返ると、高校生くらいに見える少年が一人。


「カツアゲにあったのか?」

「うん」


「靴もとられたのか?」

「ぅん」


「大丈夫か?帰れるか?」


遥は静かに首を振った。


「じゃあ、連絡してやるから。家の番号、わかるか?」

「うん」


必死に涙をこらえながら、少年の携帯で家に連絡した。

電話に出た母さんは驚いた様子だったが、「無事でよかったわね。迎えに行くよりもタクシーが速いから助けてくれた子と一緒に家まで帰ってきなさい」と言った。

その後電話に出た少年にも同じことを言ったらしく、遥は少年と2人でタクシーに乗り自宅へと向かうことになった。


***


「どうしたんですか?考え事ですか?」

黙り込んでしまった遥に雪丸が声をかける。


「うん。お前との付き合いも長いなと思ってね」


中学生のあの日、困っていた遥を助けてくれたのが雪丸だった。

あれ以来、雪丸は遥の親友になった。


「遥とおばさんにはいくら感謝しても足りない。今こうしていられるのは二人のおかげだ」

秘書としての顔ではなく、遥の友人としての雪丸の言葉。


そもそも雪丸は母一人子一人の家庭で育っていて、遥と出会った当時は学校にもほとんど行けていなかった。

年齢を偽っていくつものバイトを掛け持ちし、必死に生きていた。


「それは、お前が頑張ったんだ。俺や母さんは手助けをしただけだ」


実際、遥を連れ帰った雪丸を母さんは気に入った様子だった。

頭の回転だって速いし、空気を読むのも上手い。

苦労をしている分向上心も強くて、魅力的な子に見えたんだろう。

すっかり意気投合し時々遊びに来るようになった雪丸に、母さんは学費の援助を申し出た。

雪丸も悩んだ末に申し出を受け入れた。


「私の時と彼女の場合では話が違うってわかっていますよね?」

仕事の顔に戻った雪丸。


「そうか?」

そう大して変わらないと思うけれどな。


「とにかく、信用しすぎないことです。油断すると昔のように身ぐるみはがされますよ」

「お前・・・イヤなことを思い出させるな」


萌夏はあの時のチンピラとは違う。

loading

この作品はいかがでしたか?

3

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚