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翌日、朝から小雨が降る黄昏の町の中心にある広場には、現時点での死者百三十名の遺体或いは遺品が並べられていた。
幹部や手明きの人員が傘もささず参列する中、用意された壇上に上がったシャーリィが一人一人の名前を読み上げながら厳かに告別式が執り行われた。参列者には昨晩到着したマリアの姿もあった。
「マリア、お願いします」
「ええ……任せてくれてありがとう」
最後の別れを済ませた後、マリアが杖を地面に突き立て膝をつき祈りを捧げる。
「迷える魂よ、光の導きに従い安らぎの旅路へと赴かれんことを……ファーラム」
祈りの言葉は小雨の音に負けず参列者の耳に届き、そして遺体は光となって天へと昇っていく。
墓地の建設が間に合わず遺体の埋葬に困っていた『暁』はマリアに依頼することで死者を正しく弔ったのである。
「非業の死を遂げた魂はアンデッドに為りやすいの。そうなったら本人を含めて皆が不幸になる。せめて、死後は安らかであるべきよ」
「感謝します、マリア」
別れを済ませたシャーリィは、『大樹』の根元に慰霊碑を建立。残された遺品などを埋葬する。同時に『大樹』は淡い光を発した。
「今のは……?」
「良くあることです。とても強い魔力を感じますが、不都合はないので放置しています」
「どう考えても危険だと思うわよ」
マリアは『大樹』を見上げながら警告するが、シャーリィは気にする素振りも見せなかった。
「わざわざ立ち寄ってくれて、更に祝福までしてくれたのです。個人的な感情は抜きにして、感謝しています。せめて一日くらいは滞在してくれますよね?マリア」
「『暁』名物の大浴場を堪能させなさい。それでチャラにしてあげるわ」
「お安いご用ですよ。他の皆さんは?」
「解散させたわ。町に入れないことくらいは理解しているもの。もちろん充分に労ったし、食べ物なんかも支給してね」
「つまり一人ですか」
「ゼピス達は南部陣地?の夜営地を借りてるわ。もちろん、空には護衛が居るから」
確かに空を飛ぶワイバーンやグリフィンが見える。
「それなら良いのですが」
尚、ここまでの会話で二人がそれぞれを視界に入れることはなかった。
「極力相手を見ないようにしてるな」
「ある意味面白いよなぁ」
『ロウェルの森』から二人を見ていたルイスとベルモンドは苦笑いをし、他の幹部達はシャーリィの珍しい対応を興味深そうに観察していた。
「取り敢えず、先ずはお風呂を頂いて良いかしら?ずぶ濡れだわ」
「汚れも落としたいと。案内させますから……」
「お姉さまのお客様ならば、お姉さまが対応するべきです。私もお供しますし、お姉さまも二日間の汚れを落とさないと」
「れっ、レイミ……」
案内を任せようとしたシャーリィを遮ってレイミが提案し、最愛の妹の提案を無下には出来ず苦い表情を浮かべるシャーリィ。
そんな二人を見て、マリアは何気なく呟いた。
「妹さん?お姉さんじゃなくて?」
「ぐはぁっ!?」
「お姉さま!?」
マリアの何気ない一言は、シャーリィに痛烈な打撃を与えることとなったのである。
さて、黄昏の町にある大浴場について説明しなければならない。帝国にはお湯に浸かる、風呂と言う概念がほとんど無かった。
お湯を沸かして入るなど薪を大量に使用するため庶民には手が出せず、一部の貴族や帝室のみに許された贅沢である。
それ以外の民は濡れた布で身体を拭くのが当たり前。水浴びが贅沢とされていた。
そんな状況に一石を投じたのがシャーリィである。『帝国の未来』を読むうちに、衛生概念の向上は感染症などを抑制する効果があると知るや、石鹸の開発を行い手洗いの習慣を暁全員に推奨。
その時期に偶然手に入った水属性の『魔石』を活用してお湯を産み出すことで浴場の設立に成功したのである。
黄昏の町でも大浴場を建設、住民が格安で入浴できる場を整えて衛生状況の向上を図った。
ここはそんな大浴場の一角、女性専用の区域である。怪我をしないよう表面を丹念に加工した岩で作られた床と壁、天井に囲まれた広々とした大浴場は訪れる者に解放感と高揚感を与えた。
お湯は毎日入れ換えられている。これまでは水の魔石を使っていたが、最近はシャーリィの水魔法の練習の一環として活用されている。
「なにこれ!?」
今回は貸し切りとしてマリアを招待。自分は案内だけのつもりが、レイミに連れられて一緒に入浴する羽目となったシャーリィ。
そんな彼女は驚愕しているマリアの反応に少しばかり優越感を覚えながらも説明する。
「一度に数十人が入れるような広さで設計しています。お湯は綺麗なのでご安心を。マナーは護ってくださいね?」
「最初に身体を清めるんだったわね。もちろん、護らせて貰うわ」
「マリアさま、身体を清めるならばこちらへ。蛇口を捻ればお湯が出ますから」
「お湯が出る?仕掛けが気になりますね」
「企業秘密と言うやつです。気にしないように」
三人は入浴する前にしっかりと身体を清めて湯船に身体を沈める。
「んーっ!……気持ちいいわね~……」
背伸びをしたマリアはゆったりと湯船に浸るが、背伸びしたことで強調された胸をシャーリィが凝視していたことには気付かなかった。
「やっぱりお風呂は良いものですね。命の洗濯とは良く言ったものです」
喧嘩をしないように然り気無く二人の間に座ったレイミも伸びをしながらゆったりと身体を湯船に沈める。もちろん強調された胸をシャーリィが凝視していたことには気付かなかったが。
「命の洗濯、確かにその通りね。良い言葉だわ」
「恐縮です、マリアさま」
「マリアで構わないわよ、レイミさん」
「では、私もレイミとお呼びください」
和やかに言葉を交わす二人。そんな二人を面白くなさそうに眺めるシャーリィ。
「レイミは社交的ですね」
「そんなことはありませんよ、お姉さま。お二人の因縁については耳にしていますが、私が間に入れば言葉を交わすことも出来るのでは?」
レイミを間に挟み互いに視線を合わせようとしない二人。
「……マリア、今回の祈りには感謝しています。彼らが迷わず昇れたことは感じましたから」
「スタンピードを止めるために戦って命を落としたのよ。敬意を払うのは当然だし、そんな勇敢な彼らがアンデッドになる姿なんて見たくなかったから……」
「それでもです。貴女を見ると黒い感情で心が埋め尽くされそうになりますが、お礼くらいは言わせてください」
「お礼としてこんな贅沢を許されたのよ。私は大満足。貴女を見ると不快感で心が満たされてしまうけれど、個人の感情を抜きにすれば当たり前のこと。こんなお礼をされて恐縮だわ」
「ではこれでチャラですね」
相容れずとも妥協点を見つけられる。二人は入浴を楽しみながら穏便に終わるかと思えた。
「そう言えば、妹さん。レイミは魔法が使えるの?強い魔力を感じるのだけれど」
「使えますよ?マリアさんのように治癒魔法などは得意ではありませんが」
マリアの質問にレイミが答える。
「ふむ、魔力持ちか。レイミ、貴女『聖光教会』に来るつもりは無いかしら?」
「は?」
マリアの何気ない言葉が、再び両者の間に不穏な空気を産み出した。