マリアの何気ない言葉は、一気に不穏な空気を産み出す結果となった。
「マリア、何ですか?その戯れ言は」
「戯れ言とは酷いわね、シャーリィ。私達みたいな特殊な事情を除けば魔法を使える人間は居ないわ」
マリア曰く、魔法を使える人間は帝国史上数名しか存在しない希少な存在であり『聖光教会』を中心に積極的な保護政策を推進しているとのこと。
「今は隠していても、いつか存在は露見するわ。いや、そもそも私がシェルドハーフェンに来たのも、魔法を使う人が居るって噂を聞いたことも理由の一つなの」
「それでマリアさんは私達と出会った」
「ええ。出来ればシャーリィに教会へ来てほしいけれど」
「嫌です」
「こんな感じで拒否されるのは分かりきっていたから、貴女に声をかけたの。ことが露見すれば政府すら貴女の存在を野放しにしないわ。聖光教会なら貴女を保護することが出来る」
これから起きるであろうレイミの危険を案じたマリアは、完全な善意で彼女を教会に来るように誘ったのである。
魔法を使える人間は非常に希少なため、様々な勢力がその身柄を狙うのは必然と言えた。
だが、理由はどうあれシャーリィの機嫌を損ねる話題であることに間違いはなかった。事実シャーリィの纏う空気はどんどん剣呑なものになっていく。
しかし、その空気を中和したのはレイミであった。
「マリアさん、初対面の私を気遣ってくれてありがとうございます。貴女からは損得ではなく純粋な善意を感じました」
「それじゃあ、来てくれる?」
「いいえ、それでも私はこの町に残りたいと思います」
レイミのきっぱりとした拒否に、マリアは目を丸くする。
「理由を聞かせて貰える……?」
「簡単です。果たさねばならない義理もたくさんありますし、何より私の居場所は決まっているんです。それは、お姉さまの側です」
「レイミ……」
感激したような表情を浮かべるシャーリィ。対してマリアは複雑な表情を浮かべる。
「どうして?貴女だけじゃない。シャーリィも含めて貴女達姉妹はなぜこの町に拘るの?あんな悲劇にあって……聖光教会で貴女達姉妹を保護することも出来るのに。拘るにしても、せめて妹さんだけでも安全な場所に居させようと思わないの?シャーリィ」
ここでマリアは初めてシャーリィを見つめる。対するシャーリィもレイミの向こう側に居るマリアへ視線を向ける。
「不愉快ではありますが、貴女が善意で言っているのは分かりますよ。ですが、余計なお世話です。なにより、あの夜に聖光教会が関与していない確信を持てない」
「あの事件に教会が関与していると言いたいの!?」
「断言できますか?マリア。お父様の方針は聖光教会と相容れない部分がありました。国教でありながら上層部の腐敗は目に余る。お父様は日頃から不信感をお持ちでしたよ」
「それは……」
マリアの勢いも弱まる。『聖女』として務める彼女もまた教会の腐敗体質を良く知っている故である。
清廉潔白なマリアはその事を憂い改善策を模索しているが果たせず、最後は兄と慕う第三皇子ユーシスの薦めもあり帝都の政争を避けるためシェルドハーフェンを目指したのである。
「内情はどうあれ、私はお姉さまの側を離れるつもりはありません。マリアさん、ごめんなさい」
レイミが頭を下げる。
「……困ったらいつでも頼って。出来る限りのことはさせて貰うから」
マリアはその言葉を口にするのが精一杯であった。
一触即発の危機をなんとか回避したものの、シャーリィとマリアの距離が縮まる事はなく両者は別れた。
マリアには館にある客室が用意されたが、皆を待たせていると夜営地へ向かう。最後までシャーリィとマリアが互いに視線を合わせることはなかった。
「マリア」
そんなマリアをシャーリィが呼び止める。
「なに?シャーリィ」
マリアも振り向かずに答える。
「貴女が私の敵にならないことを願いますよ。その時は容赦できる自信がありませんから」
「貴女が外道に堕ちなければ、そんなことはないわよ。一番街で活動してるから、用があったらいつでも来てね」
「行くことはないと思いますが、記憶に留めておきます。今日はありがとうございました」
「どういたしまして。祈りが必要なら呼んでね」
両者は言葉を交わし、そして別れた。
「敵対する可能性を少しでも潰せたなら良いのですが……」
レイミはそんな二人を見つめながら呟く。相容れない二人ではあるが、個人の感情を抜きにすれば付き合えるのでは。そんな、希望を抱きながら。
だが、その希望は後に『闇鴉』の策略により失われることとなる。
「負傷者はまだ百名を越えています。治療を終えても復帰が厳しい人員も少なくありません。四肢欠損等が多いです。そんな連中は手離すのが最適ですし、誰も批判しませんが?」
マリアと別れたあと、シャーリィはカテリナと一緒に黄昏病院で負傷者達を見舞い、医療班を労う。その際カテリナから状況を聞かされた。
「例え戦えなくても、仕事はいくらでもあります。本人が望まない限り、私が手離すことありませんよ」
シャーリィはカテリナの助言を採用せずに戦えなくなった負傷者もそのまま引き取る方針を伝えた。
「財政に負担をかけます。それを理解していますね?シャーリィ」
「理解した上です、シスター。私が大切なものを手離すつもりはありませんよ」
「分かりました、マーサに伝えておきます」
カテリナと別れたシャーリィは、護衛としていつものようにベルモンドを連れて黄昏の町を歩く。
避難命令が解除されて住民達が戻り、それに合わせて商人たちも出入りを再開して少しずつ賑やかさを取り戻しつつあった。
「少しずつですが、本来の活気に戻っていますね」
「ああ、だが戦時体制だったからな。簡単には元通りにならないだろう?」
「仕方ありません。今回の戦いで失ったものはたくさんありますが、得られたものはありません。名誉くらいなものですが、そんなものシェルドハーフェンではなんの役にも立ちません」
「ぶっ殺した魔物の素材はどうなんだ?」
「派手に砲撃を行って、弾幕に晒しましたからね。今ドルマンさん達が死骸を調べていますが損傷が激しくて使える部位は僅かなものだそうです」
「まあアレだけ派手にやればそうなるか。それに、お嬢も派手に暴れたからなぁ」
笑みを浮かべてシャーリィを見るベルモンドに、シャーリィは然り気無く視線を外す。
「高揚に動かされてしまいました。むしろ私は後方に居るべきでしたね」
シャーリィの魔法剣は一撃必殺。しかも相手を跡形もなく消し去ってしまう凶悪な能力まで持っているため、そもそも死骸が残っていない魔物も多い。
何処か憂鬱なシャーリィの下へ、ドワーフの一人が息を切らしながら駆け寄る。
「はぁ!はぁ!ボス!面白い発見があったぞ!来てくれ!」
「分かりました。ベル、行きますよ」
「あいよ」
世界は意地悪ではあるが、たまには彼女に微笑むこともあるのだ。
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