テラーノベル
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白色の国を発ってから、幾日が過ぎただろう。舜太と太智は、人目を避けながら、東へと向かっていた。
ある夜、野宿の焚き火を囲みながら、太智が思い詰めたように尋ねた。
「舜太様……ほんまに、赤色の国の方角でええんですか。黄色の国とか、もっと安全な国もあったのに」
「――安全な国に逃げて、それからどうする」
「それは……」
「隠れて生き延びるだけの人生に、意味なんてない。俺は、柔と約束したんや。堂々と帰るって」
舜太は、焚き火を見つめながら、静かに続けた。
「それに、赤色の国は、まだ完全には黒色の国のもんになってない。あちこちに、まだ抵抗しとる部族や都市があるはずだから。多民族の国だからこそ、簡単には一枚岩にでけへん」
「――だから、その残党をまとめて、もう一回興そうと」
「そうや。白色の国は、黄色と赤色に挟まれた小国。赤色の国が黒色の国の手に落ちたままなら、次に狙われるのは白色の国や。……だったら、俺が赤色の国を取り戻すしかない。それが、あの柔を守る、一番の近道になる」
太智は、しばらく黙って舜太を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かりました。舜太様がそう決めたんなら、俺は、どこまでもついていきますわ」
道中の食事は、木の実や、時折分けてもらう農民の施しだけ。夜は洞窟や廃屋に身を潜め、日が昇れば、また歩き続けた。かつて王子として何不自由なく育った日々が、今はまるで別人の人生だったように思える。
黒色の国に併呑された地域の外れ、まだ抵抗を続けているという部族の噂を頼りに進んでいたところで、二人は、見回りの騎馬兵に見つかった。
「動くな! そこの二人、名を名乗れ!」
抵抗する術は、もはやなかった。太智が咄嗟に舜太を庇おうとしたが、多勢に無勢だった。あっという間に縄をかけられ、二人は、近くの砦へと引っ立てられていった。
薄暗い牢の中、舜太は膝を抱えて座り込んでいた。
(ここで終わるわけには、いかへん)
昔の自分なら、恐怖に震え、ただ助けを乞うだけだっただろう。だが今の舜太には、もう、そんな余裕はなかった。父を失い、国を失い、大切な人のそばにいる権利さえ、自ら手放してきた。ここでみすみす殺されるなら、何のために生き延びてきたのか分からなくなる。
牢番が食事を運んできたとき、舜太は静かに声をかけた。
「――俺を、然るべき人物に会わせてくれないか」
「戯言を。お前のような素性の知れない流れ者が」
「素性は知れてる。俺は、赤色の国の第一王子や。」
牢番の手が、一瞬止まった。
「……本当か」
「疑うなら、確かめればええ。お前の国の将軍や王族なら、俺の顔ぐらい知っているだろう……お前らの主に、伝えてくれ。俺は、ただ命乞いをしに来たわけではないと」
数日後、舜太は縄を打たれたまま、天幕の中へと引き出された。
その中央、毛皮の敷物の上に、一人の男が悠然と腰を下ろしていた。整った顔立ちに、油断のならない眼光を宿している。黒色の国の第二王子だった。
「面白い話を聞いた。赤色の国の元王子が、自ら取引を持ちかけてきたと」
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
第二王子は、値踏みするような視線を舜太に向けた。それから、静かに問うた。
「――お前は、すべてを奪われた。国も、父も、玉座も。……己の運命を呪うか?」
舜太は、一瞬、言葉に詰まった。だがすぐに、真っ直ぐ顔を上げた。
「呪って、何か変わるんやったら、いくらでも呪います。だけど、呪ったところで、父は帰ってこないし国も戻らへん」
「では、諦めるか」
「諦めるくらいなら、最初から命乞いなんてしません」
舜太は、挑むように第二王子を見つめた。
「俺は、運命なんて信じてへん。奪われたもんは、奪われたまま終わらせるつもりはない。……あんたの力を借りて、もう一回、俺自身の手で、何かを掴みに行くだけや」
第二王子の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「威勢のいいことだ。だが、口だけの威勢なら何の価値もない。お前は、俺に何ができるのだ?」
「口だけやないことは、すぐに証明します」
舜太は、一息にそう言い切った。手足は縛られたままだったが、その目だけは、真っ直ぐに第二王子を見据えていた。
「赤色の国のことなら、俺以上に知ってる奴はおらん。内政、地理、都市の構造、部族間の力関係、信仰、言葉。あんたが兄上の代わりに赤色の国の統治を任されたいなら、俺ほど使える駒はおらんはずや。それに――今も各地で抵抗を続けとる部族がおる。あんたの兄上の力だけでは、まだ抑えきれてへん場所が、確かにある。兄上より先に、欲しいとは思わないのか?」
「――ほう。詳しいな。王子ともあろう者が、自国を売るというのか」
「売るんとちがう。……もう、売るもんなんて、俺には残ってない。国も、父も、失った。それでも、生きなあかん理由が、俺にはある」
第二王子は、しばらく舜太を見つめたあと、ふっと笑みを漏らした。
「面白い。命惜しさに媚びる連中は掃いて捨てるほどいるが、お前のような目をした奴は珍しい」
立ち上がり、舜太のもとへ歩み寄ると、その顎を無造作に掴み上げた。
「いいだろう。飼ってやる。せいぜい役に立ってみせろ」
「――感謝する」
縄が解かれた瞬間、舜太は、安堵よりも先に、自分の中で何かが決定的に変わったのを感じた。
あとになって振り返れば、あの絶体絶命の捕縛こそが、この上ない好機だった。もし黒色の国の兵に見つからず、ただ静かに赤色の国の残党とだけ繋がろうとしていたなら、これほどの後ろ盾は得られなかっただろう。運命を呪うどころか、舜太は、絶望の淵にこそ活路を見出したのだった。
かつての自分は、誰に対しても屈託なく笑い、無邪気に人を信じることができた。太陽のような明るさだと、よく言われたものだった。
だがそれは、失うものが何もなかった頃の話だ。
父を目の前で失い、国を追われ、愛する人のもとを自ら去った今、無邪気でいられる余地など、どこにも残されていなかった。生き延びるためなら、誰かを利用することも、自分を欺くことも、父を奪った国に加勢することも厭わない。それが、今の舜太の在り方だった。
牢の外で、太智が心配そうに待っていた。
「舜太様……無事、ですか」
「ああ。……当面は、殺されへんですむ」
「そうですか……いや、ほんま、肝が冷えましたわ」
太智は、安堵の息を吐きながらも、どこか複雑な表情を浮かべていた。かつての、天真爛漫だった主の面影が、目の前の舜太からは、少しずつ失われていくのを感じ取っているのだろう。
「太智」
「はい」
「俺は、もう、昔の俺には戻られへん。……それでも、ついてきてくれるか」
太智は、迷うことなく頷いた。
「もちろんです。舜太様が、どんな道を選ぼうとも」
その言葉に、舜太は僅かに目を細めた。優しさだけでは、この先を生き抜けない。分かっていても、太智のその忠義だけは何よりの支えだった。
この日を境に、舜太は、黒色の国の第二王子の駒として、新たな道を歩み始めることになる。
玉座を望んでいるわけではなかった。ただ、力を得て、赤色の国を、白色の国を守る盾に変え、いつか必ず、柔のもとへ戻るために。
そのためなら、どんな手段も選ばない。舜太は、そう心に決めていた。
コメント
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「自分の中で何かが決定的に変わった」——この一文がすごく刺さりました。あの無邪気だった舜太が、ここにきて完全に“覚悟”を選んだ瞬間ですね。太智の複雑そうな表情にも胸がぎゅっとなりました。忠義で支え続ける太智の存在、よかったです。柔さんとの約束を胸に、どんな手段も選ばない覚悟——次が本当に気になります。