テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
赤色の国を征服したのは、黒色の国の第一王子だった。圧倒的な騎馬軍を率い、都市国家の連なりを瞬く間に踏み潰していったという、その武名は轟いている。
だが、征服したとはいえ、赤色の国のすべてが黒色の国に平定されたわけではなかった。険しい山間の部族や、頑なに服従を拒む都市も残っている。そしてこの国では、そうした「まだ手に入れていないもの」こそが、王族たちの争いの種になっていた。
黒色の国において、王位を継ぐ資格は、血筋だけでは決まらない。どれだけの領土を切り取り、どれだけの富をもたらしたか――その実績こそが、すべてを決める。第一王子が赤色の国の征服という大きな手柄を掲げる中、それに割って入ろうとする第二王子にとって、赤色の国の内情に通じた舜太は、まさに願ってもない駒だった。
「――お前に、任せたいことがある」
ある日、第二王子は舜太を呼びつけ、そう切り出した。
「西の山間に、いまだ抵抗を続けている部族がいる。第一王子の軍でさえ、手を焼いて撤退した相手だ」
「……つまり、そこを落とせと」
「落とせとは言っていない。従わせろ、と言っている。武力を使わずにな」
無理難題だった。だが舜太は、それを拒む選択肢を持っていなかった。
太智と共に山間の部族の里へ向かった舜太は、まず、彼らの言葉と、彼らが崇める信仰について、徹底的に調べ上げた。赤色の国の民として育った知識が、ここで初めて、剣よりも鋭い武器になった。
部族の長との対話では、あえて征服者としてではなく、同じ赤色の国に生まれた者として語りかけた。
「俺も、あんたらと同じもんを失った。国も、父も、王族としての誇りも。……だから、無理に従えとは言わない。ただ、共に生き延びる道を探りたいだけや」
言葉だけでなく、彼らの信仰する神への供物を欠かさず、儀礼にも自ら参加した。時間はかかったが、やがて長は、舜太の申し出――過酷な取り立てをせず、自治をある程度認める代わりに、黒色の国への恭順を示すという条件――を受け入れた。
この成果を携えて戻った舜太を、第二王子は天幕に呼び出した。
「見事な手並みだった。……だが、俺には分からんことがある」
「――なんでしょう」
「お前は、そこまでして何を望む? 富か? 栄誉か? それとも、王子だった頃の威光を、もう一度取り戻したいのか」
舜太はしばらく黙り込んだ。それから、静かに答えた。
「――そのどれでもありません」
「ほう?」
「二度と、何も奪われへん自分になりたいだけです」
舜太は、真っ直ぐに第二王子を見据えた。
「父を殺され、国を焼かれ、何もかも奪われた。あの時の俺は、ただの無力な子どもやった。……もう二度と、あんな思いはしたない。誰にも、何も、奪わせへん自分になる。それだけが、俺の望みです」
第二王子は、しばらく舜太を見つめたあと、満足そうに頷いた。
「――いい目をしている。富や栄誉のために動く者は、いくらでも替えが利く。だが、奪われることへの憎しみを力に変える者は、そう多くない。気に入った」
その評価に、舜太は静かに頭を下げた。だが、その胸の内には、まだ誰にも明かしていない、もう一つの真実があった。
その夜、陣幕に一人戻った舜太は、懐から小さな布切れを取り出した。銀の月の意匠――柔からもらった、たった一つの宝物だった。
富も栄誉も、望んでいるわけではない。第二王子にそう答えたことに、嘘はなかった。だが、本当の望みを、舜太は誰にも――第二王子にさえ、打ち明けるつもりはなかった。
(柔……)
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
今、自分がしていることを、柔太朗はどう思うだろうか。部族を言葉巧みに従わせ、時に脅し、時に利用し、着実に力を蓄えていく自分を、あの優しい人は、喜んではくれないかもしれない。
それでも、舜太はこの道を選ぶことをやめられなかった。柔太朗のもとへ帰るという約束が、いつしか、柔太朗自身の願いなのか、それとも自分だけの、歪んだ執着なのか、舜太自身にも、判然としなくなっていた。
それでもいい、と思う。
この胸の月だけが、舜太にとって、生きる意味そのものだった。誰に何と言われようと、この小さな希望を胸に抱いている限り、舜太はどこまでも歩いていける。
(――もう少し、待っといて)
誰に届くわけでもない呟きを、舜太は月の意匠にそっと口づけながら、静かに漏らした。
この一件で、舜太の名は、赤色の国の残党たちの間に静かに広まっていった。旧臣や、逃げ延びていた貴族の子弟が、少しずつ舜太のもとへ集まり始める。太智は、彼らを束ねる財政や軍備の実務を一手に引き受け、混乱していた組織を、着実に立て直していった。
与えられる要求は、その都度、無理を強いるものばかりだった。それでも舜太は、その一つひとつを、知恵と忍耐でこなしていった。
いつしか舜太は、第二王子の物事の進め方――利用できるものは、たとえ人の心であろうと容赦なく利用する、その徹底した合理主義を、自分の中に取り込んでいることに気づいていた。
(これが、生き抜くということなんやろな)
かつての自分なら、決して選ばなかったやり方だった。だが今の舜太には、その是非を問う余裕さえなかった。
勢力を広げていく舜太の存在は、当然、第一王子の耳にも届くようになった。
ある日、第一王子直々の使者が、舜太のもとを訪れた。
「――第一王子様が、お前に会いたいとのことだ」
招かれた陣営で、舜太は初めて、第一王子と顔を合わせた。屈強な体躯と、獲物を品定めするような鋭い眼光。弟である第二王子とはまた違う、剥き出しの覇気を纏った男だった。
「噂の元王子か。随分と、弟に気に入られているようだな」
「……光栄なことです」
「せいぜい、駒としての分をわきまえることだ。目障りな真似をすれば、赤色の国の残党もろとも、根絶やしにしてやる、お前の父王のようにな」
その言葉には、隠しきれない敵意があった。舜太は、表情を変えずにそれを受け止めた。
「肝に銘じておきます」
短くそう答えて、頭を垂れる。だが心の中では、この男が、いずれ乗り越えなければならない壁になることを、はっきりと悟っていた。
陣営を後にし、夜の道を歩きながら、舜太は懐に忍ばせた小さな布切れに、そっと触れた。
赤と黒。二つの色が絡み合うこの争いの中で、舜太は、少しずつ、為政者としての顔を身につけ始めていた。
コメント
1件
**リオン:** 第十四章、読ませてもらいました。舜太が「二度と何も奪われへん自分になる」と語る場面、胸に響きました。無力だった過去への憎しみを力に変える決意が、生々しくて。でも、その根底に柔太朗への想いがあるのが、また切ない……。月の意匠に口づけながら「待っといて」と呟くシーン、彼の孤独と執着が滲んでいて、とても印象的でした。第二王子の合理主義を自らに取り込みながらも、本当の望みは別にある、そのギャップが物語に深みを与えていると思います。次が気になりますね。