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ようやく辿り着いた。
遠目に見ていた城砦町は小さく感じていたのに、側まで来ると圧巻の高さを誇る城壁がそびえ立つ。
街道を遮るように築かれた無骨で強大な壁が、誰の進入も許してくれないのではと思うほどに。
城門のすぐ前に来ても見張りは出て来ず、二階あたりの見張り窓からしか対応しないという、拒絶感のある対応も徹底している。
魔物だけではなく、人に対してもこうだというのは何か理由でもあるのか?
女性三人だけで来たのも、何か罠なのではと冷たい態度な上に時間を要した。ようやく巡ってきた申し開きの時に、道中で夫を失ったことをリエラが説明すると、態度を改めて快く中に入れてくれたが。
こちらとしては、僅かな時間で飛んで来られるところを二日も掛かったのだから、手早く入れて欲しかったというのに。
といっても、重い荷物を持った女性の足では仕方が無いし、それに文句を言うのは俺が悪いのだが。
飛ぶことに慣れてしまうと、さすがに歩く速度というのは、止まっているに等しく感じてしまうのだ。
彼女たちには申し訳ないと思いつつも、魔王になるという、どこから手を付ければ良いのか分からない目標の途中では、かなりもどかしく感じてしまった。
それに何よりも、荷物を持ってあげることも、会話することも出来ない不便さが目立った。
特に会話だ。
彼女らの体力を鑑みて休憩を取らせるのも、出発を促すのも、全てスティアを通さなくてはならなかったのだ。
それにこんなことでは、仮にこれから魔王になったとしても……どうやって人間に知らしめる?
――宣戦布告をしても、誰も反応しないじゃないか。
聞こえる人間を探し歩きながら、独りで「俺は魔王だ」と叫び続けるのだろうか。
……それはあまりにも絶望的で、まぬけな話だ。
何か手を考えなくては、魔王など目指している場合ではない。
「なぁ、リグレザ。このままじゃ、俺は魔王になっても意味がないよな」
「……気付いてしまいましたか」
「知ってたなら先に言おうぜ。お前は何かしらを隠してるよな。悪い女だ」
「旦那さまが、人には見えないことですか?」
城砦町をひと通り見物した後、俺たちは城壁の上で会議と称して話を始めた。
なぜ城壁の上かというと、スティアが屋台を見て串肉を買いたいと言ったのが始まりだった。
俺が「どうやって食うんだ」と素っ気なく聞くと、涙を流しながらここに上ってきたのを追いかけたからだ。
スティアは今も、物悲しそうな顔をしている。もう少しやさしく言うべきだったか……。
串肉を食べるどころか触れることすら出来ないことを、こんなに悔しそうにするとは思わなかった。
「この問題が解決すれば、お前も串肉を食えるかもしれんぞ。一緒に考えてくれ」
「……私は、たぶん憑依すれば食べられます」
「なんだと?」
「私の霊格なら……聖女さんとかなら、憑依できると思います」
「待て待て。話が分からん。時々口にしているその霊格というのは何だ? 俺にも教えてくれ」
そう言ってスティアに詰め寄ろうとして、無意識に顔を近付けた時だった。
「スティアちゃ~ん……。それ、内緒って言われませんでしたぁ?」
リグレザが俺の頭に乗って、小さく上下しながらコツコツとそのタマゴをぶつけて来た。
「ちっ。邪魔だリグレザ。今更そういうのはナシだぜ。天界の決まりをこっちに持ってくんじゃねぇ」
「内緒なんて、女神セラさまは言わなかった……よ?」
……てことはスティアは、もしかして俺にも同じ知識があると思い込んでいるのか。
リグレザの内緒グセは最初からだが。
「スティア。なら俺に全部教えてくれ。俺は今、自分がどういう存在だとかそういうの、全然わかんねー状態で手探りなんだ」
「えぇ~っ? そうだったんですか? 女神セラさまに教わらなかったの?」
「この銀タマゴも、何も教えてくれねーんだ」
「え、なんで……? いじわる……してるの?」
スティアの軽蔑の眼差しには、さすがのタマゴも胸が痛むらしい。
よれよれと飛んで少し離れると、羽を見せて背を向けた。
「そうです……いじわる……してました。ごめんなさい」
なんでお前が一番悲しそうな声を出すんだよ。
「悲しいのは俺なんだが? くそ、まあいい。それよりスティア。霊格ってなんだ」
「えーっと……魂の、格付けみたいな? 神様がいて、神様くらいの人がいて、その下くらいに天使さまがいて。そのへんが、ぜんぶ神格なんだそうです。その次に聖霊がいて、その下に普通の精霊がいます。そのずっと下に、人の格があるそうですけど、ぎょくせきこんごーだって言ってました。生まれた時から精霊に近い人とか、いきなり聖霊くらいの人とか」
「お~……。あれか、リグレザが言っていた、生まれる魂の振れ幅が大きい、ってやつに繋がるのか」
リグレザにも言ったつもりだったが、まだ独り悲しんでいるらしくて無視を決め込んでやがる。
「あっ、そう言ってました。それを期待して、人を選んで転生させたりしてるんですって」
「何のために?」
「……さぁ。なんででしょう? そこまで考えたことがなかったので……」
やっぱ、聞かなきゃ良かったかもだな。
悪魔が出てきて、それと戦うことになったりしないだろうな……。
もしくは、神にも寿命みたいなものがあるから、とかか?
――都合の悪い話なのか、リグレザは聞いていないフリを続行している。そんなことだから、スティアに軽蔑の目で見られるんだぞ?
「それで……お前が人に憑依出来るなら、俺も出来るんじゃないのか?」
「あぁ! そのお話でしたね! いえいえ出来ませんよぅ。旦那さまは、神様に近いんですから。人に見えるはずがないですし、憑依なんて仮に、無理矢理しようとしたら……」
「したら?」
「その人、死んじゃいます」
「はっ?」
「っていうのは脅し文句らしいんですけどね。どう頑張っても、小さい器におっきなものは入らないので、どうあがいても入れないそうですよ」
「お前な、そういう脅し文句は真似しなくていいんだよ。でも、そういうものなのか……」
それに、死んじまうってのも……あながち……だよな。
「人の体って、器だそうですから。もともとの素材が凄くても、せいぜい聖霊格くらいだそうです。それでも小さいんですって。だから、私も憑依する時は器をよく見なさいって言われたの。食いしん坊なの、バレちゃったので~、えへへ」
……やっぱ、詰んでるのかよ。
「おい、リグレザ。本当に何も知らないのか。実体がなきゃどうにもならんだろう」
「……はい。なので、出来ると思っていないから、適当でいいと……言われています」
「はぁぁ? それじゃお前、体よく天界を追放されたのか。いや、俺もお前も」
「うぅぅ。でも、その割にあなたには、別格の好待遇ですから……もしかしたら何かご存知なのかもしれません。教えてくれないだけで」
「そのくらいは自分で何とかしろ。ってことか……なら、前向きに行こうぜ。俺が本当に神格に近いものを貰ったなら、特別だって言ってるようなもんじゃねーか。やる気は出たぜ」
「ラースウェイト……。あなたは単純でいいですね。でも、私は体もこんなのにされましたし、正直……女神セラ様に嫌われてしまったのかも……」
「それなら力も奪ってるんじゃねーか? 何か前向きな理由があるんだろうよ。もっと成長しなさい的な」
「人を未熟みたいに言わないでください」
「未熟とは言ってねーよ。ただまぁ、態度とかいじわるなとことか、なぁ?」
「何か言いました?」
「い、いや……」
――そういうとこだろうよ。
しっかし、落ち込んで後ろ向いてたかと思えば、感情に任せてピーピー言うし、小鳥みてーなやつだ。素直で可愛いとも言えるし、もう少し落ち着けとも思う。大天使ってのが本当ならな。
「それで、どうするんですか? とりあえずこのまま魔王城に向かいますか?」
「いいや、リグレザ。思いついたぜ。ここでスティアが憑依出来そうな人がいないか、探してみよう」
「えっ? わ、わたしですか?」
「結局は人間に、魔王が復活したと思わせられればいいんだ。なら、それが本物かどうかなんてどっちでもいいのさ。俺の代わりを演じてもらおう」
俺が魔王の代わりで、その人はさらに俺の代わりっていう、下請《したう》けみたいな感じになっちまうけどな。
「わたし、魔王みたいに出来るかなぁ……」
「大丈夫大丈夫。スティアの魔法を見せてやりゃ、信じるだろうさ。あれは凄かったからな」
「えぇ~……」
スティアは不安そうだが、俺はこれが正解だと思うね。
元はと言えば、人間同士の戦争を止めるためだ。なら、人間を使って代役を立てるのは間違ってねぇ。
「ラースウェイト。今すごく悪い顔してますよ……?」
「気にすんなって。どうせ俺だって魔王の代理だ。誰がやっても問題ない。だろ?」