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思い立ったが吉日とばかりに、俺達は町の中央広場で声を張り上げている。
「だれかぁ~! この声、聞こえませんかねぇぇぇ!」
「だーれかー! きこえますかー!」
俺が大声を出す意味は、全く無いと二人に言われたんだが……スティアにだけ声を出させるのは、何か違うと思って一緒に声出しをしている。
町を散策した時に、この広場は格段に人通りが多かった。スティアが串焼きで泣き拗ねたのもここだ。
そして夜は、何軒かあった酒場に向かう。
正直、それほど大きくない町だから、理想の器を持つ人なんて見つからないだろうとは思っている。
だが、やらないよりはやった方が、絶対にいい。
――大勢の前で、というか、人前で大声を出して呼び込みをするなんて、元々苦手だったんだが……どうせ誰にも見えないし聞こえないと思ったら、普通に出来るのが不思議だ。
それどころかむしろ、楽しくさえある。
羞恥心がひっくり返ると、堂々とした自分になったようで何とも清々しい。
「声を出すのはともかく……こんなんで見つかるのかよ。って自分でつっこみたくなるな」
「ご自分で言わないでください。後ろで一緒に居る私は、ちょっと恥ずかしいのを耐えつつも少しは期待してるんですから」
「だーれかー! きーこーえーまーせーんかー?」
「お前も声出してくれよ、リグレザ」
「わ、私は……恥ずかしいので。って、あれ? まさかですけど、あの女の子。こっち見てません?」
「どれだ?」
様々な人たちが横切って行く中、その子はこちらに向かって真っすぐに歩を進めていた。
通り過ぎる人が、なんとなくこちらを振り返ることは稀にある。が、明らかにこちらを見るなんてことはなかった。だから単純に、俺達の後ろに知り合いが居るんだろう……そう思って振り返っても、人は通り過ぎているだけだった。
露店も、ちょうど俺達の後ろには無い。
「ほんとですね。あの女の子、こっちに来ますね」
「こんなすぐに、見つかるもんか? でも来てくれ。来い来い、こっちに来てくれ……」
こういう時の期待というのは、裏切られるのが普通なのは分かっている。
そんなに上手く事が運ぶわけがないと。
でもその子は、引き寄せられるように――。
「おねーちゃん、おねーちゃん。そんなおっきな声出して、どうしたの?」
スティアのすぐ目の前、まさしくスティアの目を見て、その子ははっきりと話しかけてきた。
気のせいではなく、間違いなくスティアを見ている。
年のころは十……いや、もう少し下かもしれない、小さな子だが。
「――わたしのこと、見えてるの?」
「うん。おねーちゃん、かわいいからめだつし。おっきな声でさけぶから、ずっときになってたの」
見た所、身なりの良いお嬢ちゃん、という感じだ。
色白で目が大きくて、子どもを人形のようだと形容する人の気持ちが分かるくらいの、可愛らしい女の子。
赤み掛かったふわふわの髪を、ゆったりと後ろで束ねたのはこの子の母親だろうか。深い青の瞳が、髪色と対になっているせいか引き込まれそうなほど魅力的に見える。
「えーっと、えっとね。わたしはスティアって言うの。あなたみたいに、わたしが見える人を探してたの」
「……わたし?」
「そう。普通の人は、見えないんだよ?」
「あ。そうだったんだ……。じゃあ、見ちゃいけない人だ……」
「あっ、えっと、わたしたちは怪しい人じゃないんだよ? えーっと、えっとね。とにかく怪しくないから、大丈夫だよ?」
「ほんとう? よかったぁ」
「あなたはこの町の子?」
「ううん。でも、しばらくこの町にいるよって、おーなーさんが言ってた。えと、わたしは、ミルフィーっていいます」
――しまった。
見えるし聞こえるという人物が現れた場合を、全く想定してなかったぜ。
スティアと普通に会話してるのを見て、思考停止しちまった。
「スティア。とにかくこの子と仲良くなれ。今から作戦を考えるから」
「えぇ~っ? 考えてなかったんですかぁ? こ、こういうのニガテですから、早く考えてくださいよぅ」
「おねーちゃん、だれとお話してるの?」
「あぁ、えっとね。わたしの旦那さまが居るの。それでちょっと、お手伝いをしてるとこなのよ。見えないかもだけど……」
「だんなさま? わたしも、おーなーさんがね、ご主人さまをさがそうって。やさしいご主人さまをさがしてるの。おねーちゃんのだんなさまは、やさしい人?」
「うん。うんうん! とっても優しいよ? ていうか、ミルフィーちゃんは、オーナーさんと一緒に居るの?」
「うん。おーなーさんも、やさしいんだけど、ほかの人をさがすんだって」
――思いつかねぇ!
だが、スティアが上手く場を繋いでくれてる間に何か考えないと……。
ていうか、この子は奴隷か何かなのか?
内容を鵜呑みにしていいのか分からんが、親じゃなくてオーナーと一緒だというなら、良くても里親探しだよな。
「ミルフィー! そんな所に居たのか。一人で離れちゃいかんと言ってるだろう」
飛び込んで来たその声は、野太くてなんとなく嫌な感じがした。
けれど、どこか優しさも混じっている。
声の主は小太りの、嫌味がたっぷりと染みついた商売人のおっさんだった。利益のためなら、どこまでもあくどくまとわりついてくる。初老に近いだろう皺に、それが刻み込まれているような顔つきだ。
――出来れば関わりたくない。
ゴテゴテとした装飾を、指、手首、首回りにと沢山付けている悪趣味さも、俺の嫌悪感を掻き立てる。
「あっ、おーなーさん。ここにね、やさしい旦那さまのね、お手伝いをしてるおねーさんがね」
「ううん? 誰も居ないじゃないか」
この子のオーナーがこのおっさんで、間違いないらしい。
ということは、この子はやっぱり奴隷とか……そういう感じなのか。
俺の村にはいなかったが、比較的大きな町では、売買されているとは聞いていた。
「いるよ、おねーちゃん。きれいなおねーちゃんだよ」
「ほぉ……。そのお姉さんは、何か言ってるかい?」
……ただ、この子の身なりは良いものだし、掛ける言葉も優し気ではある。
「あっ、えっと、あやしい者ではないです!」
「あやしくないって」
スティアの言ったことをオーナーに伝える様子も、怯えなどはない。
「本当に、そこに居るのかい? 幽霊が見えてるわけじゃないだろうね」
おっさん、もとい、オーナーも、高圧的な態度を取るでもない。
「おねーちゃんは、ゆうれいさん?」
「ううん。私は旦那さまのお手伝いをしているのよ」
「旦那さまの、お手伝い。だって」
本来なら、俺が話をしたい所だが……見守るしかないのがもどかしい。
「旦那様って、一体誰のことだい? それも聞けるかな?」
「旦那さまは女神セラさまに選ばれた、御使《みつか》い様ですよっ」
「めがみせら……さまの、みつかい、さま。だって」
「女神セラ様だと? その御使い様……とな。すまんが、何か証拠になるものを示してもらえんか、聞いてみておくれ」
女神セラは、普通に信仰されていたのか。
俺の村はよっぽど田舎だったらしい。そういう宣教に来る神官みたいなのも、来たことがない。
「えぇ~っとぉ……旦那さま、どうしましょう」
「あ、あぁ。うーん、それじゃあ、病人とか怪我人とか、パパっと治してみようぜ。そういう人の所に案内してもらってさ」
「いいですね! ねぇ、病人さんが居たら、治してあげますって。私の旦那さまが」
しかし本当に、相手に見えも聞こえもしない状態ってのは、どうにもまどろっこしいな。
「ほほぅ。病人か……。ならば、知り合いに重病の者がおりますので、お願いできますかと。聞いてみておくれ」
「いいよ~!」
「いいよ~、だって」
「そ、そうか。ハハ、随分と親しみやすい御使《みつか》い様のようだね。それでは、早速ご案内するとしよう」
随分と上手く話が進んだが、この男、どうも胡散臭いんだよなぁ。
だが、ミルフィーの存在はあまりにも貴重だ。スティアが見えているということは、それなりの器だと考えられるからな……。