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「おい、カップの位置がズレている」
「そうでしょうか?」
上澤家で働き始めてから約二週間、目まぐるしい日常を過ごしていた。
初対面で巴さんに言い返し、初仕事でお菓子を届ければ会話が長引いて戻るのが遅くなったという話が使用人たちの間に知れ渡り、私は『これまでのメイドとは違う、長続きするであろう期待の星』だなんて言われていた。
巴さんも相変わらず嫌味や細かいことを指摘してはくるものの、多少のことにはまともに取り合わず、流すというスキルを順調に身につけていく。
「お前、分かっていてシラを切っているな?」
「いえ……とんでもございません」
机の上に置いたカップの位置がズレているという巴さんの言葉を受けてテーブルに視線を移すと、確かに少しだけズレていることに気づく。
「あ、本当ですね! 五ミリ左でしたね、申し訳ございません」
よくもまあ、いちいち細かいことを指摘するなぁと思いつつ、しっかり謝罪の言葉を述べた私は正確な位置へ置き直した。
すると、巴さんは手にしていたペンの動きを止め、ちらりと私を見た。
「……五ミリとか、よく覚えているな」
「専属メイドですから」
「ふん、余計なところだけ有能だな」
この二週間、ことある毎に嫌味ったらしく位置がどうのと言われてきた私は、ある程度の物の距離感を正確に把握出来るようになっていた。
「嬉しいです。褒め言葉として受け取っておきますね」
お陰で嫌味にも笑顔で対応することが出来、にっこりと微笑みながら言葉を返すと、それが気に入らなかったのか巴さんは目を逸らし、書類を捲り始めた。
「……お前、俺の言葉にいちいち反論するのやめろ」
「反論ではなく、会話をしています」
「会話のつもりならもう少し敬意を見せたらどうだ?」
「敬意なら行動で示しているつもりです。私はただ、思ったことを口にしているだけなので、不快にさせてしまったのなら謝ります、すみません」
「……本当に生意気だな」
「よく言われます」
「普通なら俺に言い返すことなんてしない」
「言い返しているつもりはないです。私は専属メイドとして、巴様のことを沢山知りたいので、会話をしたいだけです」
「馬鹿馬鹿しい。俺はメイドと馴れ合うつもりは無い。お前は決められたことをしていればそれでいい。これからも生意気な態度を取り続けるつもりなら、如月に言ってクビにするぞ」
「それは傲慢です。粗相をしてしまったのなら仕方が無いと受け入れますけど、そんな一方的な言い分では納得出来ないですもの。ですが、私が思うに巴様は、そんなことで私をクビにはしないですよね?」
私がそう問いかけた瞬間、巴さんの指がわずかに止まる。
「巴様?」
「……お前、本当に嫌な女だ。お前と話すと頭が痛くなる……」
「お薬お持ちしましょうか?」
「必要無い」
全く堪えない私を前に小さくため息を吐いた巴さんは少し不貞腐れてしまったようで、窓の外に視線を向けてしまう。
そんな彼の横顔を窓から差し込む夕陽が照らすと、その表情は普段と違ってどこか子供のように見えた。
「……巴様、コーヒー、冷めますよ」
「今日はぬるいコーヒーが飲みたい気分なんだ」
いつも熱いのが良いと言うくせに、やっぱり彼は素直じゃない。
「それは失礼しました。それでは私は一旦下がりますので、御用があればまた呼んでください」
「必要無い。夕飯までここへは来るな」
「かしこまりました、それでは失礼致しました」
もっと話をしていたい気持ちはあるものの、彼の仕事の邪魔になってはいけないと、そっぽを向いたままの巴さんに声掛けをしてから部屋を後にした。
食事やお菓子を運ぶ他、巴さんからの呼び出しが無い空いた時間は、他のメイドさんたちと共にお屋敷での家事をこなしていく。
掃除や洗濯が主なのだけど、広いお屋敷の掃除はとにかく大変だし、沢山の人が生活をしているので洗濯物の数も多い。
メイド長の羽川さんの指示に従ってお手伝いをさせてもらっているけど、私以外みんなベテランということもあって、とにかく仕事が速い。
寧ろ、私が手伝わないほうが早く終わる気すらする。
周りはみんな、「侑那ちゃんは巴様のお世話が最優先なんだから、気にすることは無い」と言ってくれるけど、あまり役に立てていないことを思うと何だか申し訳ない気持ちが強くなる。
「さてと、頑張るぞ!」
少しでも役に立てるよう色々な仕事を覚えたい私は巴さんの夕ご飯の時間まで、羽川さんに指示された雑用を精一杯こなしていった。
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