テラーノベル
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玄関の壁にもたれたまま、柊吾はしばらくの間、指一本動かすことができなかった。
静まり返った部屋の中で、ドクドクと警鐘のように打ち鳴らされる自分の心臓の音だけが、耳の奥でやけに大きく響き渡っている。引き戸越しに去っていった足音はもう聞こえないというのに、身体はまだ緊張で硬直したままだ。触れ合っていた唇には、ついさっきまでそこにあった瑞樹の熱い体温と、荒い息づかいの名残が、焼き付いたように心地よく残っていた。
(……僕、黒瀬さんと……キス、しちゃったんだ……)
あまりに突然で怒涛のような出来事に頭が全く追いつかず、ただ呆然と立ち尽くす。視界がどこかぼやけて、まるで誰かが作った甘い夢でも見ているかのような現実感のなさだった。それを確かめるように、柊吾は無意識のうちに指先を伸ばし、自分の唇をそっと撫で上げた。
(嘘みたいだ……。でも……)
指先に触れるわずかな温もりと、しびれるような感触。それを意識した瞬間、途切れていた記憶が一気に鮮明なリアリティを持って蘇ってくる。押し当てられた唇の柔らかさ、重なり合う角度、そして——。
(……唇、ちょっとかさついてたな……)
「……っ、なに考えてんだよ……!」
ふと頭に浮かんだあまりに無防備で生々しい感想に、自分自身で慌てて突っ込みを入れる。同時に、自分が今どういう顔でどこを触っていたのかに気づき、途端にぶわっと体温が跳ね上がった。一気に血が上り、顔全体が沸騰したかのように熱くなる。
両手で勢いよく顔を覆い隠すものの、指の隙間から溢れ出る熱は一向に収まりそうにない。立っていることすら耐えられなくなり、膝からすっかり脱力した柊吾は、その場にずるずると崩れ落ちて小さく膝を抱え込んだ。
しかし、目を閉じれば閉じるほど、脳裏に焼き付いて離れないのは瑞樹の圧倒的な体温と、勢いに流されるまま背中に回してしまった自分の腕の感覚だった。もしあのまま拒絶せず、瑞樹をそのまま部屋に引き入れて身体を重ねていたら——。
そんな禁断の仮定が頭をよぎった途端、想像は制御を失って暴走し始める。
あの大きな手が服の裾からすんなりと滑り込んできて、熱い掌で素肌を直接撫で上げられる感触。耳元に吹きかけられる吐息の熱さと、低く掠れた声で何度も名前を囁かれながら、抵抗する隙もなくベッドへと押し倒されていく光景——。
まるで自分の肌に直接触れられているかのような、恐ろしいほど生々しい情景が次々と溢れ出し、頭の中を埋め尽くしていく。激しい想像の波に呑み込まれ、下腹部がキュッと甘く、切なく痺れていった。
(……っ!? な、なにを……なに妄想してんだ僕はーーっ!!)
己の無意識が描いたあまりに淫らな妄想と、それに恐ろしいほど正直に反応してしまう情けなさすぎる身体に気づき、柊吾は頭を抱えて床に勢いよく突っ伏した。フローリングの冷たさが顔に触れても、火照った体温を冷ますには到底足りない。
あんなことされて……流されるまま背中に手まで回して……挙句の果てに自分からそんな生々しい想像までするなんて、どんだけ欲求不満でスケベなんだよ僕は……っ!!
あまりの激しい羞恥と動揺に、いっそこのまま転げ回って悶絶したくなる。けれどその反面、胸の奥深くでは、今までに味わったことのないどうしようもなく甘く熱い何かが、静かに、そして確実に渦を巻いていた。
コメント
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わあ…柊吾くんの動揺がすごく伝わってきました。キスした後の「唇、ちょっとかさついてたな」って生々しい感想から妄想が暴走するところ、あまりにもリアルで思わず笑ってしまいました。それでいて自己嫌悪に陥る流れが、経験したことのない甘さに戸惑う彼の純粋さを感じさせて、胸がきゅっとなりました。かんなさん、瑞樹さんとの距離感の変化をこんなに繊細に描いてくださってありがとうございます。続きが待ち遠しいです🌷