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窓の外、霜の降りた庭園を白々と照らす朝陽が、寝室の床に冷たい格子模様を描き出していた。
目が覚めたとき、隣にいたはずの強大な熱源は、すでにその場所から消失していた。
指先で、彼がいたはずのシーツをそっとなぞれば
そこにはまだ僅かに、昨夜の狂おしいほどの体温が微熱のように残っている。
けれど、主を失った広大なベッドは、瞬く間に冬の朝の冷酷な空気によって侵食され
昨夜の出来事すべてが、私の見た質の悪い夢であったかのように思わせた。
(……あれだけ強く、壊れ物を扱うような切実さで私を求めていたのに)
首筋に残る、吸い付くような吐息の残熱を振り払うように身を起こすと、サイドテーブルの上に
この殺風景な公爵邸には場違いなほどに豪奢な小箱が置かれているのに気づいた。
深紅のベルベットに包まれたその箱には、ヴァロア公爵家の、誇り高き紋章が金糸で刻印されている。
不思議に思いながら、吸い込まれるようにその蓋を開けた瞬間、私は言葉を失った。
「……っ、これは……」
朝の眩い光を一身に浴びて
網膜を焼くほどの輝きを放っていたのは、大粒のサファイアをあしらった首飾りだった。
ルネサンスの瞳と同じ、深く、そして冷たく吸い込まれるような蒼。
それは没落したエインズワース家が全盛期を謳歌していた頃であっても
到底手にすることなど叶わなかったであろう、歴史の重みを感じさせる一級品だった。
「お目覚めですか、奥様」
静かに、そして一分の隙もない動作で扉を開けて入ってきたのは、長年この邸宅に仕える老執事だった。
その手には、主人の感情を一切排した伝言が携えられている。
「旦那様からの贈り物でございます。『昨夜の治療の対価だ。今夜の夜会には、必ずそれを着けて出ろ』とのことです」
(対価……。やっぱり、彼にとっては、あの夜の出来事もただの機械的な作業に過ぎないのね)
胸の奥が、氷の破片で突かれたようにちくりと痛んだ。
あんなに切実に、私の魂までもを求めるかのように抱きしめていた腕も
眠りの中で漏らした、あのみっともないほどに掠れた吐息も。
彼にとっては、暴走する自らの魔力を補充し
死の呪いを遠ざけるための『労働』に過ぎず、これはその報酬なのだ。
私は、贈られた宝石の冷たい表面を指先でなぞった。
指先に伝わる石の温度が、私の抱いた甘い幻想を完膚なきまでに打ち砕く。
その日の午後──
私は、昨夜交わした義務的な契約を全うするために、公爵の執務室へと足を運んだ。