テラーノベル
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重厚な扉の隙間から見えたルネサンスは
山のように積み上げられた書類を前に、相変わらずの鉄面皮を崩さず、流麗な動作でペンを走らせていた。
「……閣下。首飾りの御礼に伺いました」
私の声に、彼は一瞬だけペンの動きを止めた。
だが、その視線が私に向くことはない。
「言ったはずだ。それは単なる対価だと。礼を言われる筋合いなど、どこにもない」
「ですが、あまりにも身に余る品です。これでは、世間の人々が、私が本当に閣下を心から愛して、その代償として贅沢を求めている強欲な悪女のように見えてしまいますわ」
精一杯の皮肉を込めて、私は冷ややかに告げた。
その言葉に反応するように、ルネサンスはようやく顔を上げた。
背後の窓から差し込む逆光の中で、細められた彼の蒼い瞳が、逃げ場のない視線で私の喉元を射抜く。
「……他人の目などどうでもいい。私が、それを君に着けてほしいと思った。理由はそれだけで十分だ」
「……え?」
「似合わないものは、端から贈らん。……それから」
彼は不自然なほど急に視線を逸らし、再び手元の書類へと目を落とした。
けれど、プラチナブロンドの髪の隙間から覗く彼の耳の付け根が
ほんの僅かに、昨夜の情熱的な『熱』を思い起こさせるほど赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。
「……今夜の夜会では、私の側を一歩も離れるな。君に、他の男が指一本でも触れるのは……魔力の質が乱れる原因になる。極めて不愉快だ」
(不器用な……言い方)
魔力の質などという、学者でも言わないようなもっともらしい理由を並べて。
本当は、ただ単に独占したいだけなのではないか。
そんな、己の立場を忘れた思い上がった推測が
私の凍てついた心に小さな、けれど確かな灯をともす。
冷徹な守護者という完璧な仮面の奥底に
彼は一体、どれほどの孤独と、表に出せない不器用な優しさを隠しているのだろう。
「承知いたしました、閣下。貴方の尊い『お気に入り』として、完璧に演じてみせますわ」
私は最後の一言に意地悪な響きを乗せて優雅に一礼し、執務室を後にした。
背後で、彼が微かに舌打ちをし、椅子の軋む音が聞こえた。
「愛していない」と豪語する彼と
「お金のためだ」と自分に言い聞かせ続ける私。
仮面の下の素顔が触れ合うたび、私たちは自分自身にさえ、取り返しのつかない嘘を塗り重ねていく。
今夜の夜会は、きっと、今まで過ごしたどの夜よりも長く、そして、熱い夜になる。
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