テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
(―――あっ!)
驚きで飛びかけてたけど、ヤクザだから付き合えないって言われたんだった。
(山梨さんはヤクザ、ヤクザ……)
ヤクザだというフィルターをかけて、改めて山梨さんを見つめる。
怖い人……には見えないよね。
まだよく知らないけど、温かさみたいなものがあるし、優しい人だなって感じるもん。
なにより、今もめちゃくちゃ惹かれてるし、自分の中のセンサーが“運命の人”って言ってるもん。
離れたくないし、山梨さんのためなら変われるって、本気で思うもん。
「つまり……ヤクザだから、付き合えないってことですか」
「そうやな。そうなるわ」
「そんなの、やってみないとわからないじゃないですかっ!」
思わず大きな声が出た。
山梨さんが目を丸くするけど、かまっていられない。
「私が好きになったのは山梨さんで、ヤクザの山梨さんじゃないですっ。どっちも同じ山梨さんかもしれないけど、それが理由で振られるのは納得いかないですっ!」
ヤクザのことよく知らないし、理解もしてないけど。
でも!
今山梨さんがヤクザだって教えてくれたなら、私が理解して歩み寄れば、また違うかもしれないじゃないか。
「ヤクザだって聞いても、正直ピンときてません。イメージがあるのはあるけど、よくわからないです。だけど、アヤさんなら付き合いたいって思ってたんですよね? 夜の世界に詳しくなれば違うんじゃないですか?」
「アヤちゃんは……俺みたいなやつとそれなりに接してるってわかってたし、物分かりもよかったんよ」
「それなら、私もそういうふうになりますっ。ちなみに、私、めっちゃ物分かりいいですよ!!」
今だっ、自分を売り込むんだ!!
「私、会社で恵比寿さまみたいとか言われてましたけど―――あっ、七福神の恵比寿さまですっ!笑って受け入れてましたっ! えっと、ダイエットする前の話ですっ! 今は山梨さん好みの女になるために、見た目を改造しましたっ!」
そう、私は山梨さんのために努力ができる女で、物分かりのいい女でもあるんですっ!
そんな私を振るなんて、時期早々だと思いませんかっ!
山梨さんは目を丸くして、唖然としている。
数秒停止した山梨さんは、思いっきり噴き出した。
「ちょっとサキちゃん、マジメに話してたのに、笑かさんとって」
「えっ! 私もマジメですっ、大マジメですっ!!」
「確かに、前にぶつかった時のサキちゃんは、なんかそっち系やったって思い出したわ」
「思い出してくれましたか! 七福神なんて縁起いいですよねっ! 会社で言われた時は、「ん?」と思ったけど、わりといいかもって思ってたんです」
「いいかもって……、笑かさんとってって」
「笑かしてるつもりはないですっ、真剣ですっ!!」
もしかして私の想いが伝わってない!?
もっと押さないと本気にしてもらえないの!?
「私、山梨さんのこともっと知りたいです! 今教えてもらえて、びっくりしたけど嬉しかったんです! 山梨さんが引っかかってること―――壁がなにかわかっていないけど、頑張る前から諦めろって言うのはやめてください! せめて努力させてくださいっ!!」
山梨さんへの努力ならぜんぜんつらくないし、なんでもできるもん。
壁が高くても絶対に超えていく!
頑張るから頑張らせてほしいよ。
それで絶対、ハート掴んで離さないんだ!!
(ほんとに、気持ち伝わって……!)
念じるように願っていると、私の勢いに圧倒されていたらしい山梨さんが、ふいに苦笑した。
「!?」
え、笑われた?
(……いや、違う)
なんだろその表情。
苦笑いだけど、さっきと空気が変わったような―――。
「いや……。なんか……。……そうやな。サキちゃんはそういう子やねんよな。俺もサキちゃんのことすこし知ったわ。純粋で、パワーがあって、ポジティブで」
「はいっ」
わっ、ちょっと私のことわかってくれた??
そんなふうに言われるのは嬉しいっ。
「頑張らせてください! 恵比寿さまから脱却したんですもん、アヤさんみたいにだってきっとなれます」
「いや、サキちゃんはサキちゃんのままでええよ。まっすぐなところがええとこやし、“だれかみたい”には、ならんでええやん」
苦笑いをやめ、ちゃんと笑って山梨さんがこちらを見る。
「俺、サキちゃんの性格好きやで。見てて飽きんし」
「!!」
こ、この状況でそのセリフ……!!
勘違いしちゃいますよ、まだ私を落としにかかってるんですかっ。
「そ、そんなこと言われると、私にもチャンスあるって思いますよ。私、告白しましたよねっ?」
「あ。好きなのは、サキちゃんの“性格”やから」
「山梨さんっ」
「はははっ」
またからかわれた?
笑ってくれたのは嬉しい……けど!
のらりくらりとかわされてるような!?
平行線の会話にヤキモキして、ついジト目で山梨さんを見てしまう。
うぅ……どうやったら私のこと考えてくれるの?
頭を高速で回転させかけた時、山梨さんがつぶやくように言った。
「……でも、サキちゃん動じないんやな。そのポジティブさで、なんでも乗り越えていきそうやわ」
優しい声。
心から出てきたような穏やかな声に、意識が引き寄せられる。
「えっ、あっ! 『為せば成る』ですよ、山梨さん!」
「おぉ、ええ言葉やなー」
「はい! 山梨さんとの壁だって乗り越えてみせます!」
両手でぐっと拳をつくる私を見て、山梨さんは小さく吹き出した。
また笑われた……。
だけど、距離が縮まった気がするのはたぶん気のせいじゃない。
私の本能が言ってるっ、この引きを逃しちゃだめだっ!!
「あのっ」
「んー?」
「私、本気ですから!」
「サキちゃんはずっとそう言ってるな」
「はいっ! 運命ですもん」
「ビビッと来たんやったっけ?」
「そうです!」
言いながら、合コンの帰りにぶつかった時のことを思い出す。
山梨さんが落とした電子タバコを届けようとして、クロリスを知ったのも。
初出勤でアヤさんが休みだったことも。
アヤさんが休みだったから、自分を指名してもらえたことも。
今日偶然会えたことも、絶対、絶対、運命だって思ってる!
ほんとは。
心の底では不安もあるよ。
けど、信じなきゃ始まらないもん。
恋の神様に私の本気、見てもらわなきゃ!
「―――……運命、かぁ」
ぽつり、と言った山梨さんは、目を細めた。
海のほうを向き、呟くように続ける。
「ほんまサキちゃん、俺が信じへんようなこと言うなぁ」
「運命でないと、会えてませんよ!」
「たしかに、普段なら会わんタイプの子やもんな。最初サキちゃん、どっかの手先かと思ったもん」
「えっ!? どういうことですかっ」
「ホステスなったん、目的があるからって言ってたやん。それ、だれかにそそのかされて、俺を陥れようとしにきたんかと思ったわ」
「!? そんなはずないじゃないですかっ」
「そしたら俺が落としたタバコ届けなきゃと思って、探してたとか言うんやで。……ありえんやん」
山梨さんはその時のことを思い出しているのか、肩を震わせて笑い出した。
いや待って、待って。
手先だと思われてたなんて印象悪すぎない!?
「そ、そんなふうに疑われてたんですね……」
「そりゃ疑うわ。怪しすぎるやん」
そんなつもりなかったのにっ。
山梨さんに会いたい一心だったのに―――!
(―――はっ、でも)
自分を陥れようとする人がいるかもって、思うのが普通な環境にいるってこと?
だからずっと一線引いている感じなの?
「そういえば、『疑う癖がついてる』って言ってたじゃないですか。それ、ヤクザだからってことだったんですよね? 私に対しても一線引いてたのだって、それってことですよね」
山梨さんは視線を海から私に戻した。
なにも言わないけど否定はしないってことは、たぶん正解だ。
(やっぱり)
ヤクザだから近づかないようにも、近づかせないようにもしてるんだ。
それは相手のことを思って?
もしくは自分のため?
そういうものだから?
「それ、私は寂しいです。それに……」
山梨さんのほんとの気持ちはわからない。
だけど、ふいに見せる、どこか諦めたような目が気になっていた。
あの目を見た時、私が思ったのは―――。
「ほんとは、山梨さんだって寂しいんじゃないですか?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!