テラーノベル
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青い月が照らす公園。ジャングルジムの上で、少女は歌っていた。長い黒髪と、漆黒のドレスのスカートを靡かせ――金色の瞳を細めて。
「“望む、望まぬ、望まねど。引き寄せたるは人の悪意。引き裂かれるのがさだめであるならば、いっそ全てを喜悦に変えましょう”」
鈴が鳴るような美しい声。
年の頃はまだ、十五、十六程度の少女に見えるのに――大人の女性に勝るとも劣らぬ色香を放つ。
四角いジャングルジムの上、けしてバランスが安定した椅子ではないはずなのに、彼女の体は一切ぶれる様子がない。まるでその空間に、ぴったりと体が固定されているかのよう。身動き一つせず、穏やかに歌い続ける。美しい髪とスカートは、風に逆らうことなくはためいているというのに。
「“愛す、愛さず、愛さねど。裏切られるは人の業。所詮終わるがさだめであるなら、いっそ全てを愉悦と嗤いましょう”」
その歌を、聞くのは、ただ一人。
その切り取られた公園に踏み入ることが許された、黒いコートの男が一人。
男の名前は霊能力者――新倉焔という。
「“さあさおいでなさい、罪を重ねなさい。全ては我が掌の上、誰も彼もが逃れることなどできはしない。上から見下ろす視点に立てば、誰も私を踏みつけない。私が奪う立場になれば、誰も私を奪わない。望む玩具だけ転がして、今日も私は月夜に謡う……”」
そこで、ぴたりと歌声が止まった。少女が、男の存在に気付いたのだ。
否、気づいていなかったはずがない。この公園――まだ夜の十時だと思えば、駅の近くということを考えても人気がゼロになるとは考えにくい。にも拘らず、この場に焔と少女しかいないのだ。それは、少女が招いた人間しか、今はこの場に入ることができないからこそ。
そして己の招待客を把握できないホストがいるはずがない。
焔は日本屈指の霊能力者だという自負があったが――それでも理解していた。自分は所詮人間だ。目の前の人あらざる者とは、天と地ほども力の差があると。
それでもこの場にいることができる理由はただ一つ。この少女が、多かれ少なかれ自分を気に入ってくれているから。いや、それもほんの、気まぐれのようなものだとはわかっているけれど。
気まぐれといえば、この少女の姿もそう。いる場所もそう。
前回見かけた時は、とあるレストランで、オーナーをしていたはず。それも、若い男性の姿で。
いつも長い黒髪に金眼、白皙の美貌をしてはいるものの――その年齢や性別は、出会うたびにころころ変わる。何故なら彼は、そのような性別などとうに超越した存在だから。人間の常識や理で、けして図ることのできる存在ではないから。
「いらっしゃい、新倉焔。何か御用でも?」
少女は何食わぬ顔で言う。焔は深くため息をついた。お前が呼んだくせに何を言っているんだ、と。
「……吹雪山高校で、奇妙な事件が起きた」
どうやら、全部説明しろと言いたいらしい。分かっているくせに面倒くさがりめ、と焔は仕方なく口を開く。
「女子高校生一人が、トイレで奇怪な死を遂げた。トイレの汚水が溢れて、汚物で溺れて死んだらしい。一体何をしたらそうなるんだって話だ。便座に頭突っ込んで死んでいたなら、いじめられて殺されたんじゃないかとも思うが……彼女は便座に座った状態で死んでいた。それなのに全身汚水で濡れていて、肺や気管のみならず胃袋まで汚物が詰まった状態になっていたという」
「へえ。よくそんな情報を入手できましたね」
「警察にちょいとコネがあるんでな。……それで、同じ日に……死んだ女子高校生の親友が死んだ。教室で待機しろと命じられていたのに抜け出して、いつの間にか隣町の、十数キロ離れた雑木林で死体になっていたという。靴箱に外履きの靴も残っていたのに一体どうやって?まるでテレポートしたかのようじゃないか。しかも、雑木林の土の中に体が半分埋まっていて、下半身はミンチも同然になっていた、と」
「ほうほう。なかなか奇妙な事件ですね。まるで魔法でも使ったかのようではないですか」
「とぼけるな、黒須澪。……こういう事件は基本二つに一つだ。“鬼”の仕業か、“悪魔に魂を売った人間”の仕業だ。俺は当初、鬼だと疑って学校まで向かったんだがな」
学校の前に立った途端、確信したのだ。
焔は祓う力は強くないが、視る力に関しては日本でも指折りの素質があると自負している。学校の周りには警察やらマスコミやらが集まっていてとても入れる状態ではなかったが、学校に近づいただけでも十分だった。
満ち溢れていたのは鬼の気配ではなく――澪の力の気配だと。
「お前、何をやった?……魔術師か、魔女か。そういう存在に、お前が手を貸したんだろう」
焔の言葉に、澪はジャングルジムの上でくすくすと嗤い声を上げた。
「御冗談を!あれは、そんな大層なものではありません。私から言わせれば、外れも外れです」
「なんだと?」
「私がWEBサイトでカエシオニの力を使う人を募集したのは、大切な友人が探している“敵”を見つけるため。そして、ああいう力を求める輩は基本的に自滅して……最も望ましくない末路を辿ることになるものです」
どういうことだ、と焔は眉を顰める。
黒須澪が立ち上げたサイトは既に探し当てている。ただ、あの概要を見るだけならば、“ごくごく真っ当な復讐を望む人間”も掲示板に書き込んでくるのでは?と思ったのだ。
勿論、復讐というもの全てを否定するのであれば、まともな復讐もまともでない復讐もないと人は言うかもしれない。しかし、少なくとも目の前の人非ざる少女はそうではないと焔は知っている。むしろ、彼女が今やっていることそのものが、盛大な人類への復讐だと言えなくもない。
推測も混じってはいるが。黒須澪が今のような歪んだ神になるに至ったのはすべて、神として生まれ落ちてすぐの地獄が起因していると考えられるからだ。そう、彼女の後ろに透けて見えるもの、それは――。
「世の中には、死んで当然と思われるようなクズなどいくらでもいるものです。私は、人は誰でも生きる権利と幸せになる権利がある、愛される価値がある……なんて性善説じみたことはまったく信じておりませんので」
だから、と彼女は嗤う。
「その、死んで当然のクズに復讐したい、と思って力を欲する人間も世の中にはいるのでしょう。ですが不思議なことにね、私の力を頼ろうとする人間のほとんどは、そういう類いではないのです。……今回私が選んだ“カエシオニ”の依り代、野間綾乃のように」
「野間綾乃……それが、今回の事件の実行犯か」
「自分の悪や罪をすべて棚上げする人間ほど……己がやった所業はすべて当然のように許されると信じている。私は、最初にちゃんと忠告したんですがね。相手の罪を上回るような罰を与えた時には……その分の対価を、全て自分の魂で払うことになると。何より」
くるくるくる、と指を回して澪は言う。
「“それでは、私はお暇しましょう。次に会うのは、貴女から対価を戴く時となります。では、後ほど”……彼女が最初の殺人を終わらせた時にそう告げたのは。最初の殺人の段階で、彼女は対価を支払わなければいけないほど、行き過ぎた断罪をしたからですしね。カエシオニの力を借りたがる人間はみんなそうなのです。結局、返ってきた罰によって報いを受ける。そして、最後の最後まで、そうなると気づかない」
「逆恨みばかりというわけか」
「今回は、相手にも全く非がないわけではなかったので……まあ、水浴びさせるくらいで済ませていたら、対価なんて必要なかったんでしょうけどねえ」
なんとまあ、タチの悪い。焔は呆れ果てるしかない。
この口調。最初から“水浴びさせる”だけで済ませるような相手でないと気づいた上で力を貸したのであろうに。
大体、今回の事件の様子から察して、綾乃という少女は被害者を“惨たらしく拷問した”上で殺している。逆恨みだろうがなんだろうが、それくらい相手が憎かったということ。そこまで憎しみを滾らせている人間が、相手を“ずぶ濡れにする”程度で済ませるはずもなかっただろうに。
「しかも、彼女はついに今夜、一切罪のない人間を惨殺し……さらにもう一人、罪なき人を殺めようとしている」
やれやれ、と澪は肩を竦めた。
「まあ、こういう人間は、私が何もしなくても……ろくな末路なんか辿らなかったでしょうけどねえ。きっと、あのサイトがなくても、別のところでもっと面倒なものを拾ってきたことでしょう。むしろ、私の魔法は一応筋が通っていると思いますがね。闇サイトのヤクザに頼むのとは違って、ちゃんと“本当に断罪されるべき”人間に、最後に罰が下るようになっているのですから」
「だが、その罰を受ける人間を決めるのはお前だろう」
「その通り。それが偏見や独善と言われるならそれでも結構。むしろ、この世に本当に平等で公平な正義など本当にあるとお思いですか?誰もが、自分が信じたいものだけ信じて生きている。守りたいルールだけ守っている。法律でさえ、誰かにとって都合の良いものかもしれないし、誰かにとっては都合の悪いものかもしれない。その平等に限りなく近づけようと人々が努力しているのは買いますが……最終的な善悪は、結局個人個人が、自分の裁量で決めるしかないではありませんか」
「だから、お前も自分の勝手で、悪と正義を決めると?」
「その通り。ニンゲンがやっていることを、神の私がやって何か不都合でもおありで?そんなはずがありませんよね?」
くすくすくす。
くすくすくす。
月夜に、少女の涼やかな笑い声が響き渡る。まったく、これが子供のたわごとだったらどれほど良かったことだろう。高校生の少女の、ちょっとした神様ゴッコ、厨二病であったのならば。
しかし実際、焔は知ってしまっている。この娘には、人の運命など玩具のように掌の上で転がし、気まぐれに潰し、逆に生き返らせるだけの力があるということを。実際、自分もそれで蘇らせられたこともあるし――それを恩と呼べなくもないので、何も言えないわけで。
「……残念ながら、この物語において貴方に……人間の霊能力者・新倉焔に出る幕はありません。もうすでに、幕引きは近づいているのだから」
澪はひらり、とジャングルジムから飛び降りた。結構な高さがあるはずだというのに、少女はまるで風船か何かのように――音もなく地面に舞い降りる。ふわり、とゴシック風のスカートが揺れるのが見えた。
「転がり始めた石は、もう自分の意思でさえ止まらない。……安心してください、焔さん。私の基準において、裁きは決める。裁かれるに値しない者は、最後にきちんと救われるのですから」
リユ
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阿炎快空
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コメント
1件
第21話「ツキヨ。」読了!黒須澪が月夜の公園で歌いながら新倉焔と対話するシーン、めちゃくちゃ雰囲気あって好きだわ。少女の姿でありながら“人非ざる者”の存在感がビシビシ伝わってくる。カエシオニの力の仕組み——復讐代行が自分に跳ね返ってくるシステムも、妙に納得できる理屈でゾクゾクした。転がり始めた石は止まらないって台詞、かっこよすぎる🔥