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相も変わらず、カーテンは微動だにしない。


けれど薄暗い部屋でも、こんなに近くにいれば、互いの表情はちゃんとわかる。


ティアは、自分の顔が緩んでいないか、とても不安だ。


口移し事件のことは、自分から救命行為としたのだ。ここで嬉しそうにしてしまったり、もじもじしてしまったら、元も子もない。


ここは澄まし顔をするべきだ。でも、それがなかなか難しい。


平常心を保つために、頭の中でメゾン・プレザンの衣裳部屋の棚の数を思い出し、意味もなく数えてみる。あまり役には立たなかった。


そんなふうに、ティアが一人格闘していると、グレンシスがコホンと小さく咳払いして口を開く。


「なぁ、ティア。お前の承諾もなしにここに連れてきてしまったことは詫びる。それに、目覚めてすぐに、こんな事態になって気まずいかもしれない。だが、どうか、お前の体調が元に戻るまで……ここで預からせて欲しい。嫌か?」


メゾン・プレザンで面接を受ける青年みたいな顔で尋ねるグレンシスを目にして、ティアは、質問に答える代わりに、キュッと下唇を噛んだ。


本音は、口移し事件があったから、すぐにでも娼館の自室に引きこもりたい。その反面、この屋敷にいたいと思っている。自分が思ってるより、強く。


それにグレンシスの主張は、強く拒否するほどおかしいものでもない。


でも、ティアは今すぐにでも帰るべきだと思った。


そうしなければ、離れがたい気持ちを捨てられないかもしれない。そんなの想像するだけで、とても恐ろしい。


グレンシスと一緒に過ごした日々は、幸せだったけれど任務と割り切れた。甘く優しい時間に限りがあることをちゃんと理解できていた。


けれど、このままズルズルとここに居れば、ここが居心地の良い場所だと思ってしまうかもしれない。


必ず別れがあるというのに。終わりを迎えることは決まっているというのに。


だから自分の傷を浅くするためにも、グレンシスの提案を断るべきだ。


そんな正論を言うもう一人の自分を無視して、ティアは未知なる世界に飛び込むことを選んだ。


「ご迷惑を掛けてばかりで申し訳ないですが、……あの、嫌じゃないです。お言葉に甘えさせていただきます」


ぺこりと頭を下げて顔を上げると、グレンシスと目が合った。


グレンシスは、何かに許されたかのような、安堵の表情を浮かべていた。


「そうか。えっと……これから、よろしく」

「……はい。お世話になります」


つられてティアが答えれば、グレンシスは微笑んだ。


それはさっきより、ほんの少し深く、肩の力が抜けた笑みだった。


グレンシスの顔にめっぽう弱いティアは、直視できずにそぉーっと掛布団を掴む。


そして、もぞもぞと潜り込み……ベッドの中でカタツムリのように、引きこもろうとした。が──


「おい、ちょっと待て」


急に厳しい口調になったグレンシスが、それを阻止する。


「な、な、なん……ですか?」


ティアは、唯一の防御壁をもぎ取られ、抗議の目を向ける。


「寝るのは、コレを飲んでからだ」


そう言いながらグレンシスはベッドから離れ、サイドテーブルに移動した。


「……わかっていますよ」


薬湯が入った銅製のコップを嫌々ながら受け取ったティアは、露骨に溜息をついた。


手渡された銅製のコップからゆらゆら湯気が立ち、薬湯独特のキツイ匂いが鼻を付く。


控えめに言って、まずそうだ。飲みたくない。だからこのまま、流れで飲まなくていいならラッキーなどと思っていた。

けれど退路を断たれたティアは、ちゃんと飲んだ。


「……苦い」


一口飲んだ瞬間、予想より20倍ほどの苦さが口いっぱいに広がって、思わずティアは顔を顰めた。


そんなティアを見て、グレンシスは同意をするかのように笑う。


「だろうな。確かに俺も口に入れた時、苦かったな……あっ」

「っ……!!」


グレンシスは墓穴を掘ってしまった。


カーテンがふわりと揺れ、部屋に風が再び入り込む。まるで、沈黙の間を繋ぐかのように。


一際強い風が部屋に入り込んだと同時にカーテンが大きく揺れ、部屋が明るくなる。


ティアの目に、グレンシスの赤くなった顔がはっきりと見えた。自分と同じ顔だ。


ソワソワ、もじもじ、ティアは落ち着かない気持ちになる。身体が火照る。それを誤魔化すために、まずいまずい薬湯を一気に全部飲み干した。


さっきより苦みは薄れていた。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

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