コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
思いきり否定しながらも、幾ヶ瀬が作ったちりめんじゃこ入り玉子焼きを頬張っている。
心外であるという顔を作りながらも、幾ヶ瀬はマグカップに紅茶をなみなみと注いだ。
「俺、カードとか銀行の暗証番号もその日付にしてるけど?」
「へ、へぇ……推察されにくくていいんじゃねぇの?」
有夏、今度はおにぎりに手をのばす。
がぶりと一口喰らいついて、にんまりしたのは具がサケだったかららしい。
「ひどいよ、有夏。俺は1ヶ月前から楽しみにして。大事な日だから有給とって、一緒にお祝いしようって……」
「何てもったいない有休の使い方を……!」
2つ目のおにぎりをモグモグ食べながら、有夏がちらりと幾ヶ瀬を見やる。
「じゃあ、お祝いはゲームの新作か漫画の大人買いか。あるいはフィギュア。あるいはグッズ。思い切って、有り金全部課金につぎ込むという手も……」
「有り金全部使ってたまるか! それ全部有夏の欲望じゃない。そもそも2人の記念日だよ? 有夏、分かってるの!? 思い出になるような何か……」
「あー、分かったよ。んじゃスイッチ2買おう」
「何のスイッチ?」
おにぎりの3つ目にかぶりつきながら、有夏は少々呆れたように目を細めた。
「ニンテンドー様の新型Switchだろうが。家の中でもできるし、外にも持ち出せるやつの新型。まさか知らねぇとか? 画面が大きくなって、あといろいろ良くなったらしい。すごく良くなったらしい!」
曖昧な情報を饒舌に喋る有夏を、半眼を閉じた幾ヶ瀬が眺める。
「有夏、外出ないからいらないじゃん」
「うっ……」
「だからさ、今のみんな有夏が欲しい物ってだけでしょ。そうじゃなくて2人の記念の……」
ムスッとした表情で有夏がヨーグルトの蓋の裏をペロリと舐めた。
今日は白桃のヨーグルトだ。これは幾ヶ瀬が好きなものである。
「……じゃあ、やわもちアイスにする? おいしいし、アレだったら幾ヶ瀬も好きだろ。それか、このさいダッツ? 高級アイス?」
「うん、だいぶ近付いてきたよ! うーん……けど、そういうことじゃあ、ないんだな」
「なにこれ。クイズ?」
何て噛みあわない会話だろう。
クイズというわけでもないので幾ヶ瀬も黙ってしまう。
その沈黙を、有夏は珍しく深読みした。
「記念って、まさかエロいカッコでプレイとか!?」
「えっ?」
「まさかハダカエプロンとか考えてんじゃ?」
瞬間的に想像が広がったか、幾ヶ瀬が白目を剥いた。
「……いや、違うな。有夏の裸エプロンはどう考えても罰ゲームって感じで、肝心のエロさが感じられないな。恥じらいなく着てそう。それはちょっと……違うんだな」
「まさかの駄目出し!?」
いっそ俺が着る方がイイのかも……なんてブツブツ言っている。
それはそれで気持ち悪いに決まってんだろという、有夏の微妙な目つきをものともせず幾ヶ瀬は立ち上がった。
「俺、思い切って着るよ!」
「はぁ?」
「恥ずかしいけど、有夏が望むなら裸エプロン……」
「いやいや、望んでない。望んでない。それこそ罰ゲーム!」
「え、それどういう意味……」
話が妙な方向へ飛び、思いもよらぬポイントへ着地しそうで恐ろしくなる。
「そもそもそんなカッコしてどうする気だよ。有夏にどうしろっての」
これには幾ヶ瀬もポカンと口を開ける。
「いやまぁ……帰ってきて俺の格好見て、ビックリしたぁとか言ってくれたら……」
「それだけかよ! そらビックリするわ!」
「それだけって……」
残ったおにぎりを保存パックに移し替えながら、幾ヶ瀬は肩を落とした。
「大事な日なのに本当に覚えてないんだね、有夏は。何か最近、俺ばっかり頑張ってる気がする」
「な、何だよ、有夏だって……」
いつになく気落ちした声色に、有夏が戸惑いの声をあげる。
「有夏だって何? 有夏が頑張ってるのってドラクエだけじゃん」
「そ、そんなこと……」
「セックスに不満を言うだけじゃん。たまには有夏も頑張ってよ」
「ふ、不満なんて言ってねぇだろ」
語尾が跳ねあがりそうになるのを、これでも堪えたのだろう。
だが、幾ヶ瀬に気遣いが通じた様子はない。
「言った! マンネリだって言ったもん!」
「しつこっ!」
このやりとり何度目だ!?
第一有夏は「マンネリ」なんて言った覚えはなかった。
それとなく匂わす言葉を吐いたことは事実かもしれない。
そのおかげで変な男娼館やら妙な芝居プレイをさせられる羽目になったのは記憶に新しい。
「もぅいいわ。記念品の? やわもちアイス買ってくる。きなこのやつでいい?」
立ち上がりかけた有夏の腕を、幾ヶ瀬がつかんで引き止める。
「アイスはいいって。それより聞いてよ。今日の計画」
「計画?」
「今日は大事な日だから2人で過ごすんだ」
「大体いつも2人じゃねぇの」
「そういうこと言わない! だから今日は……」