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別に、明確な理由とかキッカケがある訳じゃなかった。
いつも道理の日に少し嫌気が差して、そこに好奇心とストレスとちょっとの破滅願望。それらがたまたま重なった日に、目についたのが剃刀だった。
そう、それだけの話である。
「あーーー、いってぇ」
心が泣いているから痛みは感じない、なんて言ったのは誰だろうか。所詮インターネットの海に転がる情報なので鵜呑みにしたことはないが、それでもジンジンと痛みと熱を持つ傷口がムカついた。
パックリと切れているそこからだらだらと血が流れて、それを何となく眺めた。
血は嫌いだ。その赤色を見て興奮する趣味はない。 けれど、最近は流れてる血をみるとちょっと安心するような気がしていた。
だって、人間の血は赤色なのだから。
緑色でも、青色でもない。自分の左腕から流れるその色を見るたび、永遠に老いない体も、九つの命をもっていても人間なのだと肯定してもらえる気がしたから。
……まあ、落ち着いたら血を見て普通に吐くんですけどね。
「グロくない血ってないのかな、ないよな…」
そう戯れ事を呟いて立ち上がれば、グラりと視界がブレた。おっとっと、なんて言ってバランスを取るよう壁に手をつけばそこにベッタリと血がつく。
ああ、片付けが面倒だなとか、これはコナンでも解けない暗号になっちゃうなとか、頭に回ったのはそれくらいで、ひとまずは水を飲もうとキッチンへたった。
コップを取るのも億劫で、手に水をため口に運ぶ。水道水独特の味は欠き消され、鉄の味が口いっぱいに広がる。
その不快感におえおえとえずくと、胃のなかのものがひっくり返ったみたいな感覚と共に吐瀉物が床に広がる。
あれ、いつの間に座ったんだっけ?と思う間も無く、視界が暗転した。
目を開ける。全部夢でしたーなんてことはなく、そこには地獄が広がっていた。
血はもう止まったみたいで、肌色が見えないほどに固まった赤黒い血が腕が覆われている。その処置は後回しでいいだろうと考え、お片付けの計画を立て始めた。
「まずは、まあ吐いたもん片付けるか。そのあとに血塗れティッシュ捨てて、血を落として… 」
昨夜の自分がやったことは散々なもんで、何してくれてんだと恨み言をぶつける。
大掃除くらいのときしか出番がなかった雑巾くんももうスタメンである。買い換えがすごい頻度なので、こないだ箱で買った。
血を吸って、小さくなって乾いているティッシュをポイポイと黒いビニールに詰めていく。途中までは良かったんだよなーといつものように一人反省会を始めた。
そう、途中まではいい。途中までは傷も浅く、血をティッシュで拭きながら行えるのだ。けれど、何か楽しくなってくると、もっと深くもっと深くと心臓の鼓動が激しくなって、ろくに筋肉もない腕に剃刀を突き立ててしまう。
そもそも自分の首を絞める程度だった行為がなぜこんなスプラッタになっているのか。そのおかげで最近は大忙しである。
声にも出さないつまらない恨み言を並べていれば、部屋はそれなりに元通りになった。血と吐瀉物の匂いが酷いため、窓を大きく開けておく。
さわやかな風を吸い込めば、自分は何もおかしくない、まだ大丈夫だと、そう思えた。
「っはよーざいまーす」
「うん、おはようさん」
とずり阿
月に一回のミーティングのため、東の拠点に集まる。今回も朝からお片付けがあったため遅れるかと思ったが、なんとか間に合った。走ったからか、適当にガーゼを巻いた傷口がジクジクと熱をもつ。
腕は長袖を着てはいるが、袖口が広いので一応黒のロングTシャツを中に着てきた。
見せびらかすのも興味はないし、何より唐突にR18 Gを見せられるのは彼らが可哀想である。
ぼーっと立っていると先に来ていたウェンくんやリトくんからも声をかけられ、席についた。
ミーティングが始まる。
マナくんが司会として話だし、最近のCOZAKA-Cの状況や危険な場所がないかを話し合っていた。
「…てな感じでいいか?テツ」
少し意識がとんでいたようで、何に質問されたかが分からなかったが、一先ずは返事を返す。マナくんはそこ答えにニッコリと笑って、また皆のほうへ向き合った。
最近はこういうことが増えている。意識がどこかふらふらとしていて、周りのスピードに追い付けない。
それをカバーするために、最近は残機を足元においている。俺の命であり、俺自身といってもいいソイツは中々賢く、くわーと欠伸をしながらもこのミーティング内容を聞いていた。
パン、と手をうち、ほな解散!と明るく告げたマナくんの合図で立ち上がる。
俺自身であり、俺でない意識をもつ残機猫を持ち上げて肩にのせる。
みゃうみゃうと耳元で話されれば、先程の内容が頭に入ってきた。
へえ、新種のCOZAKA-Cでたんだ。発見したら即東西のヒーローに繋がる通信をデバイスを通して連絡、と。
なるほどなるほどと頷いて、残機猫を撫でればふふんと誇らしそうに鼻をなしてから肩から飛び降りた。
「…最近、残機ちゃんとお喋りだよねテツ」
ふいにウェンくんから声をかけられる。
一瞬ドキリともしたが、口はスラスラと回り、特に注目を集めることもなくその話題は終わった。
「ッテツ!!!」
そんなミーティングがあったのは、何時のことだったか。二週間前くらいか、それか一昨日くらいかもしれない。
足を掴まれ、振り回されながら、そんなことを考えた。
遠くから走ってくるリトくんが見える。
そんなに心配してくれるんだ、と思って頬が緩んだ。
今日もいつも道理明け方まで自傷行為に勤しんでいたこともあり、ぐちゃぐちゃの部屋をそのままに飛び出したことを覚えている。 緊急要請のアラーム音がなって、目が覚めたのだ。
変身、と呟けば紫煙が広がる、目を開けばヒーロー衣装を身に纏っていて、少しの倦怠感を無視して走り出した。
『こちら赤城~D地区4Bにて少数のCOZAKA-Cと戦闘中。ちょっと時間か
かるかも~』
『了解!気を付けてな』
デバイスから届く通信に耳を傾けながら、逃げ遅れた人がいないかを探していた。
その時である。どこからか黒い影が現れた。
すかさず戦闘体制になるが、貧血からか少しふらつく。焦点が合わず、それでも前を向いたときには黒い腕が目の前に迫っていた。
「カヒュッ…」
首を絞める黒い影はいつものCOZAKA-Cとは全く異なる容姿で、マナくんの新種COZAKA-Cという言葉が脳裏に浮かんだ。
全身がスライムのような感触に包まれていた。
ぬるりとした感触がゴムのように変わり、情けなく悲鳴をあげることすら叶わなかった喉はギリギリと強い力で絞まっていく。
頭に血が集まる感覚がして、トんでいきそうな意識を目を見開くことでかき集めた。新種は東西無線に連絡という言葉を思い出す。
抵抗しようと右手でナイフを振りかざす。 が、いつまで経っても手応えが伝わることはなかった。いや、刺さってはいるのだ。
しかし、ブヨブヨとしたCOZAKA-Cの体に取り込まれるようにして押さえられていた。
動かそうにも取り込まれた肘から先の感覚がない。外側から傷をつけるのは困難だと考え、まずはゴムのように首を絞める腕に左手でナイフを突き立てた。
こちらは手応えがあった。
少し切ったのか、チリリとした痛みを首に感じながら、少し怯んだ腕から身を捻り抜け出す。右腕は千切れる覚悟で抜け出したが、べちゃっと音をたてながら抜くことができた。
右腕は、きっともう使えない。抜けたはいいが感覚がない。ニタニタと笑うCOZAKA-Cを睨み付ける。
『…こちら佐伯。C地区E2の南側にて新種と思われるCOZAKA-Cと戦闘中 』
東西通信でそう告げれば、焦ったようなマナくんの声と『Dytica了解』という力強い声が聞こえた。
もう一度、新種COZAKA-Cと向き合う。
大きさは五メートルをゆうに越えていて、全体が黒く、スライムのようにネチャネチャとした感触があった。粘液には右腕を犠牲に得た麻痺毒という機能があることも通信で伝えておく。
とはいっても、マナくんは避難誘導、ウェンくんとリトくんは少し離れたところで戦闘中である。Dyticaも今すぐにとはいかないだろう。
ここは、避難所と近い。
こんなデカイCOZAKA-Cが暴れたら一溜りもないだろう。
僕が、倒さなければ。
その一心で走り出した。
ヒットアンドアウェイを繰り返しながら少しずつ距離を詰める。粘液に触れないよう瓦礫や鉄筋を使いながら攻撃を試みた。
スライムっぽいし、突き技が有効とかねえかなと思ったが、残念ながら通じず。
こういうときに超近距離武器しか扱えないことを少し後悔した。
それでも、やるしかないのだ。
走る。ヌメヌメとした地面に足をとられながらも、ナイフを取り落とさないよう力をこめる。急速に血が巡る感覚に左腕がチリチリと痛んだ。
右へ、左へ。そこらじゅうを飛び回って気がついたことがひとつある。
アイツは新種だからといって、COZAKA-Cどあることには変わりないということだ。
腕の役割をはたすもの、移動の役割があるもの。それがきちんと決まっている。
胴体と当たりをつけたところからパンチが繰り出されることはないし、急にロケットランチャーが飛び出ることもなかった。
しかし、外からの攻撃は何も当たらない。
それも、気がついたことだった。
ならば、と考える。
唐突に足を止めた僕をニタニタとした顔のまま腕で捕らえる。逆さになった体に、頭に血が集まる感覚。大きく振りかぶって振り回され、機会を伺っていると、リトくんと目があった。
その瞬間、ポイっと空へ投げられる。
下には大口を開けたソイツがいた。抵抗もせず、その黒々とした大穴に身を投げる。
ヌメヌメとした感触が全身を包む。
外からの攻撃が通用しないならば、という単純な考えだった。アイツらには核がある。それを、内側からぶっ壊してやれば良い。
圧迫され、骨が軋む音を聞きながら、首のチョーカーに手をかけた。
目の前でテツを飲み込んだCOZAKA-Cは大きな音をたてて爆発した。
あたりに黒い塊が弾けとんで、デカイ図体が倒れた。
「俺のチョーカーって協会お手製でさ、カチッてやると爆発すんだよね」
ばーん!って、なんていって笑ったアイツの姿を思い出す。その時はヒーロー総出で説教したが、アイツがそれを外すことはなかった。きっと、あのときからこの方法を考えていたんだろうと、察してしまう。
「ッテツ!!!!テツ!テツ!!」
その光景に立ち尽くしていた俺を引き戻したのは胸元の小さな相棒だった。ハッとし、喉が壊れるくらいの声量で何度も名前を繰り返し呼ぶ。
一心不乱にぐちゃぐちゃの黒の中を探していると、テツが優秀だと評した猫を見つけた。猫に着いていくようにして、歩みを進める。
一面の黒の中で、傷ひとつないきれいなテツを見つけた。
見つめてもそれを受け入れるようになったアメジストのような瞳も、顔に似合わず豪快に笑う口も、閉ざされている。
死んでるみたい、なんて最低なことを思って、ふらふらと近付いた。そっと胸に耳を当てれば、トク…トク…と規則的な音が聞こえる。立っていられなくて、その場に座り込んだ。
『こちら赤城!走ってたら爆発が見えたんだけど無事!?』
通信からウェンの声が聞こえる。
手の震えを抑えるようにキリンちゃんを抱きしめながら、無線のボタンを押した。
「こちら宇佐美、新種のCOZAKA-Cと佐伯イッテツによるその討伐を確認。」
「…テツが残機使った。」
ポツリと吐き出すように告げれば、『ハァ゛!?』とマナやカゲツの声が聞こえる。先程の爆発の原因を察したらしいウェンの悲痛な声が小さく響いて、それがいやに耳に残った。
「いやー!ご心配をお掛けしました!!」
ダハハと頬をかけば、ウェンくんに頭を叩かれた。どうやら久しぶりの残機使用だったので、2日ほど眠っていたらしい。
目が覚めた瞬間目元を真っ赤に腫らして泣いているマナくんと目があった。
そこからはもう色々で、詳しく調査してくれているらしいライくんへ、見たことを全部伝えたり、ベッドの上で正座させられたりしていた。
「……テツ」
「ハイ!」
どんな説教がとんでくるだろう、俺泣かないかな、なんて考える。しかし、拳骨が降ってくることもなく、ただ抱きしめられた。
「良かった…目ぇ覚まして、ほんまに良かった……」
普段ニコニコとしているマナくんの泣き顔は中々心にくるものがあって、対応が分からずわたわたとしてしまう。
その手を、ぐす、と鼻をならしたウェンくんにとられて、完全に固まってしまった。
「…ヒーローだって、逃げていいんだよテツ。僕のところに敵引き連れてきたっていいよ。」
だから、一人で無茶しないで。そう言い切ると同時に涙を溢すウェンくんに何も言えず俯いた。
無言の時間が続く。
「……あの、リトくんは?怪我はない?」
それでも最後に見た彼のことが気になって質問した。
「…リトはね、ちょっと会うまで時間がほしいって。キリンちゃんともお話ししてるみたい。」
でも、テツのことが大事なのは絶対に同じだよ。と力強く言われた。正直、怒らせて、失望させたんじゃないかと気が気でなかったので、その言葉に安堵の息をつく。
帰ったら唐揚げ作ったげるから、あとちょっとだけ頑張ってねと言われたので、ママと返しそうになったが、彼の表情を見てやめておいた。
「…ありがとう、ウェンくん、マナくん。リトくんにもありがとうって伝えといて」
そういえばやっと笑った二人と少し談笑して、彼らはDyticaと入れ替わりに帰っていった。
「佐伯ーーー!!!」
ボロボロと溢す涙を拭うこともせず、カゲツくんが突進してくる。ベッドの上でなんとか受け止めて、横に座った。
カゲツくんにはずーっと怒られた。ほんまになにしてんねん、佐伯、良かった、しか言ってなかったが。
るべくんには、戦闘方法があまりに酷いとお咎めの言葉を貰った。今度一から叩き直してあげます、と最後にいうもんだから本当に頭が上がらない。
「本当に体に違和感はないんだね?」
ライくんには先にたっぷりとお説教をもらっていたので、言われたのは心配と確認の言葉だけだった。
調査結果から、やはりあの粘液には強い麻痺効果があったとの説明を受けてから、もう三回目の質問だった。
「大丈夫!元気だよ!知ってるでしょ、残機使えば後遺症もないって」
そう明るく言ったつもりだったが、また間違えたらしい。少し悲しそうにライくんは笑った。
面会時間が終わり、あと2日は入院だからねーという言葉にうげーという顔で返して手をふる。すると、ロウくんが立ち止まって、こちらを向いた。
「慣れるなよ。」
短い言葉だったが、低く重い声。それでも濃く心配の色がのっていた。
数秒、探るように見つめられたのち、くるりと背を向け帰っていった。
……それだけにしてくれた、が正しいんだと思う。優しい人なのだ、皆。
カーテンが揺れ、風が吹き込む。
新品のチョーカーがつけられた首が寒くて、少し震えた。
病衣をめくる。左腕は傷ひとつないきれいな肌をしていた。
「…もし、あのまま…」
終われていたら。そんな言葉を、彼らの顔を思いだし飲み込む。
酷く冷たい風が傷痕をなぞっていった。