テラーノベル
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#オリジナル
めんだこ
白い光に満ちた研究室。
無機質な壁と、静かに稼働する装置の音。その中で、アルトは端末に向かっていた。
「……また誤差が出てる」
小さく呟く。
「0.1%でも積み重なれば致命的だ」
「真面目だね、相変わらず」
背後から、柔らかな声。
振り返ると、シオンがいた。
ただ穏やかに笑っている。
「お前が雑すぎるんだ」
アルトは眉をひそめる。
「これは、世界の調整に関わるんだぞ」
「わかってるよ」
シオンは肩をすくめる。
「だからこそ、少し余白があった方がいい」
「余白?」
「うん」
シオンは窓の外に視線を向ける。
そこには、まだ“普通の世界”が広がっていた。
「全部コントロールしようとすると、壊れる」
静かな声で言う。
「自然って、そういうものだから」
アルトはその横顔を見て、少しだけ目を細めた。
「……それでも、やらないといけない」
短く言う。
「壊れる前に、直す。それが神の領域と呼ばれようと」
その言葉に、シオンは少しだけ笑った。
「アルトらしいね」
軽く、言う。
「でもさ」
少しだけ声が落ちる。
「もう、“前”は過ぎてるかもしれない」
空気が、わずかに変わる。
アルトは視線を戻す。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味」
シオンは、ゆっくりと歩み寄る。
「環境の崩壊速度、見たでしょ」
「……ああ」
「止められると思う?」
問いかけ。
アルトは、即答しない。
できないからだ。
「……止める」
やがて、絞り出すように言う。
「止める方法を見つける」
その答えに、シオンはほんの少しだけ目を伏せた。
「そっか」
それだけ言って、笑う。
けれどその笑みは、少しだけ寂しかった。
休憩スペース。
自販機の光が、やけに眩しい。
アルトは無言で缶を開ける。
「……なあ」
隣に座ったシオンが、ぽつりと呟く。
「もしさ」
「なんだ」
「全部、間に合わなかったらどうする?」
その問いに、アルトは動きを止めた。
「……間に合わせる」
即答。
迷いはない。
シオンは少しだけ笑う。
「だよね」
でも、そのあと。
小さく、付け足す。
「じゃあさ」
声が、ほんの少しだけ揺れる。
「“何を残すか”って、考えたことある?」
アルトは眉をひそめる。
「……何を言ってる」
「仮の話だよ」
軽く言う。
「全部守れないとしたら、何を優先する?」
その問いは、軽くなかった。
アルトは黙る。
考えたことがないわけじゃない。
「……人間だ」
やがて、言う。
「人がいなきゃ、意味がない」
シオンは、その答えを静かに受け取った。
「そっか」
小さく頷く。
そして。
「僕は、違うかもしれない」
その一言で、何かがずれる。
アルトは顔を上げた。
「……シオン?」
けれど彼は、もういつもの笑顔に戻っていた。
「冗談だよ」
そう言って、缶を傾ける。
その中に、本音がどれだけ混ざっていたのか、アルトは、そのとき知ることはなかった。
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