三日後。アルバートと、魔塔の応接室で会うことになった。
本来なら、ジャネットの執務室で会う方が、向こうに対して自然と圧をかける意味も成せるため、使用したかったのだが、生憎室内は未だ書物だらけで、人を呼べる状態ではなかった。
机の上も、何一つ減った様子がない有り様を、他の人に見せられないのもまた、理由だった。
「お会いできて光栄です。アルバート・カラリッドと申します」
先に応接室にいたアルバートは、入ってきたジャネットを見て立ち上がり挨拶をした。ゾド王室と姻戚関係という証のような、王族特有のピンク色の髪をした男性だった。
「ジャネット・ポーラ・ソマイアよ。ここは魔塔なのだから、そういう挨拶は無しにしましょう」
アルバートが手を差し出したのを見て、ジャネットが一蹴した。求婚を受け入れる訳ではないことを、敢えて分からせるために。けれど、相手は不快な表情を、見せることはなかった。
さすがは、ゾドが送ってきた人物なだけのことはあるわね。こんなことで感情を露わにするような者を、交渉に向かわせたりはしないでしょうから。
アルバートは何でもなかったかのように、手を元の位置に戻した。
「分かると思うけど、忙しい身なの。回りくどい挨拶や謝辞は無しにして、さっさと本題に入りましょうか。理解してくれると、嬉しいのだけれど」
そう言いながら椅子に腰掛け、足を組んでアルバートを見た。ジャネットの後ろには、一緒に入ってきたユルーゲルが、専属護衛らしく立っていた。
アルバートはジャネットの言葉に驚いた後、やれやれと頭を掻く仕草をしながら、一息吐いて向かい側にある椅子に座った。
「すでにこちらの思惑など、お見通しと言ったところなのですね」
「まさか。全て知っていたら、今日ここで貴方と会うことはないでしょうに」
知っていてこの場にいるのなら、交渉に応じるか、はたまた根元から叩きのめして、今後交渉すらしたくないようにするかの、二択しかない。
今回は後者であり、情報を絞り取れるだけ取って、お帰り願おうと思っていた。さらに警告も忘れずに。
「ですが、私の求婚を受け入れて下さらないのは、変わらないのでしょう」
「えぇ。そもそもその意思があったら、とうにしていたと分かるものではなくて」
「しかし、考えなどいくらでも変わるものですよ。これを機に、考え直してみてはいかがですか」
こいつ、本題に入りましょうか、という私の言葉を聞いていなかったのか? 婚姻の方の交渉、もとい説得をしているんじゃないわよ!
そんなジャネットの心を読んだかのように、アルバートは話を続けた。
「そんなに邪険になさらなくても、悪い話ではないと思うんです。魔塔ではなく、ソマイアとしてのジャネット様の立場からすると」
「私は今の地位で、十分満足しているのよ。それに、私の婚姻に関しては、父であるソマイア王も容認しているから、貴方が心配する必要はないし、断ったとしても、ソマイアに落ち度もない」
先手を繰り出しても、アルバートの表情は未だ変化はなかった。これも想定の範囲内とばかりに。
「満足なさるのも、分かります。私も、この年まで独り身でしたから。ゾドの魔術師というのは、祖国では肩身が狭いのをご存じですか? ですから私自身、このまま魔塔で過ごしたいと思っているんです」
「なら、尚更、結婚する必要はないでしょう。貴方は魔塔で、実績を積んで、自身の研究室と弟子たちに囲まれているのだから」
あれから、アルバート・カラリッドについて調べた。ゾドのカラリッド侯爵家の嫡子として生まれたが、神聖力ではなく、ゾドでは珍しい魔力を持って生まれてきた。
末端の貴族、もしくはゾド王室から離れている貴族なら、魔力を持った子が生まれてくることは、さほど珍しくはなかった。数としては、他国に比べて少なかったが。そのため、肩身が狭いというのは、本当だった。
ゾド王室と姻戚関係があるということは、血が繋がっていることを示唆している。アルバートの場合は、髪の色がその証として表れているのにも関わらず、持って生まれた力は、神聖力ではなく、魔力だった。カラリッド侯爵家からしたら、落ち度以外何物でもない。
故に、アルバートは嫡子でありながらも、幼少から魔塔で過ごしていた。侯爵家よりも魔塔の方が家であるかのように。
だから、ゾドで何を言われたかは知らないが、安心させるようにジャネットは言った。
「このまま行けば、今後も変わりなく、魔塔で過ごせるだけの地位が約束されるでしょう。貴方はそれだけの努力と力があるのだから。それだけでは、不満なの? 私と結婚することで、魔塔のトップになりたいというのなら、話は別だけど」
「いいえ。そのようなつもりはありません。ただカラリッド家のために、私でも成せることは成したいと思っただけです」
やはり、ゾドが、いやカラリッド侯爵家が求めているのは、神聖力を持った人間、ということか。いつまでも、確信に触れないやり取りに、苛立ってきたジャネットは、ストレートに聞くことにした。
「それで、アンリエッタが必要なのかしら」
「はい」
「あら、先ほどまでとは違って、素直に認めるのね」
ただ単に、自分からアンリエッタの名前を出すと、私の逆鱗に触れるかもしれないから、言えなかったのもあるかもしれない。
けれど、認めた時のアルバートの表情は、先ほどのものと同じではなかった。まるで、覚悟を決めたような、そんな表情だった。
「こちらの事情も、分かって欲しかったものですから。一刀両断に断られてしまうよりかは、良いかと思いまして」
「分かったわ。それで、カラリッド家は何をしようと目論んでいるの? このまま魔塔に居続けたいのなら、そして私の協力を仰ぎたいのであれば、洗いざらい白状なさい」
何だか、悪役みたいなセリフになってしまったわ。けれど、仕方がない。アルバートの真意が、魔塔にあるのか、カラリッド家にあるのか、そこまでは分からないのだから。
先回りしてしまったが、アルバートの苦笑した表情を見て、問題なかったことに、内心安堵した。
「やはり、裏で動くより、ジャネット様に交渉して良かったです。正直言うと、家のことなど、どうでも良いのです。後継はもういますから。私が実家の要望に応えたところで、私に対する扱いなど、変わることがないのは、承知していましたから」
「そうね。私が魔塔の主であっても、ソマイアの王女としての地位が、未だ末端であることに変わりないのも、同じことよ。努力しても得られないものはある。なら、得られるものの方を、取るべきじゃないかしら」
魔術は研究次第で、さまざまな形を見せてくれる。利益になるようなものなら、魔塔を通じて国に進言すれば、名声だって得られる。魔塔としての地位に、身分は関係ない。実力主義である。
ジャネットが主であるのは、ソマイア王からの推薦と任命によるものではあるが。偏に、親心からだった。
「さぁ、今度こそ、話を聞かせてちょうだい」
開き直れば、口も軽くなるものだ。アルバートは、快く答えてくれた。
***
アルバートはまず、ゾド王室とカラリッド家の関係性から話してくれた。
建国前、つまりゾド王室が公爵家の時から、聖女が起こした家系だと言われていた。そのため、代々聖女を輩出していたのだが、年代と共にその数は減り、今は存在すらしていない。
ゾド公爵家から生まれにくくなる少し前から、それを危惧した者らによって、いくつか傍系ができた。その最初に出来たのが、カラリッド侯爵家だった。
それ故、ゾド王室に何かあれば、カラリッド家から輩出し、繋ぎとめていた。ちょうど、今のゾド王がそうである。王族特有のピンク色の髪の毛をしているが、生家はカラリッド家だった。アルバートが同様の髪の色をしているのが、何よりの証拠だった。
しかし、カラリッド家は、元々ピンク色の髪の毛の子供が生まれていたわけではない。婚姻を繰り返したため、そうなっただけだった。
では、本来の色はというと、銀色である。アンリエッタを求めた理由は、まさにそれだった。
銀色の髪に、神聖力。それも大きな力を持っていることが、必要だった。
「ジャネット様との婚姻で、アンリエッタ・イズルとの接点を作り、交渉しようと考えていたようです」
「交渉? 拉致ではなくて?」
「恐らく、それも視野に入れていたと思います」
ジャネットは溜め息を吐いた。
どいつもこいつも、アンリエッタを拉致したがるんだから。マーカスが護衛をつけると言っていたから、カラリッド家が早まった行動をしたとしても、まぁ大丈夫そうね。
「最終的には、アンリエッタをどうしようとしているのかしら。聖女にするつもりなの?」
「そうです。ゾドでさらに勢力を付け、王室そのものをカラリッドの血に、取って代わるのが、カラリッド家の野望です。今のゾド王であれば、それが可能ですから。カラリッド家から、久しく不在だった聖女を出す。これほどのことはないでしょう」
「そんなことのために、巻き込まれるアンリエッタも、大変ね」
「実は、それだけの理由ではないんです」
アルバートは意味ありげに言うと、懐から一枚の写真を取り出した。
「アンリエッタ・イズルは、我々カラリッドの人間に、よく似ているんです」
写真に写っている人物の中から、アルバートはある人物を指差した。色あせて、セピア色になってしまい、髪色や目の色は分からなかったが、アンリエッタに似た少女が写っていた。
「それから、こちらも見れば、我が家系の顔に似ていると言っても良いかと」
そう言って、もう一枚見せる。そこには、青年が写っていた。性別が違うため、判別は難しいが、輪郭や目の形が似ていた。
「アンリエッタ・イズルは、孤児だと聞きました。もしかしたら、我がカラリッドの血を引いているのではありませんか?」
「けれど、アンリエッタはマーシェルの孤児院にいたのよ。それは……」
「マーシェルは、ゾドと隣接しています。あり得ない話ではないかと。それ故に、カラリッド家はアンリエッタ・イズルに固執しています。もし、彼女がそれを望んでいないのであれば、どうか止めて下さい」
カラリッド家で、発言権がほぼないアルバートでは、止めることは出来ない。ゾドの中でも、王族に並ぶほどの権力を持つ家を相手にするなら、他国の王女であり、魔塔の主たるジャネットが、適任だった。
アルバートは、カラリッド家が望む通りの行動をしているように見せかけて、ジャネットの協力を仰ぎたかったのだと、白状した。
「これが成功すれば、カラリッド家内に私の居場所を作ってやる、とか言われて、少しぐらつきました。ようやく認められたと思ってしまいました」
「その代償として、平民とはいえ、一人の少女が犠牲になるのよ。罪悪感を抱かないでいられる?」
「いいえ。それに、今の研究や弟子たちを放って、ゾドへ帰っても、落ち着けないと思います」
似たような立場だからか、ジャネットはアルバートを責めなかった。むしろ、よく告発してくれたと感謝した。
今はとりあえず、注視してみる様にする、とだけ伝え、アルバートを退席させた。
アルバートが置いていった写真を眺め、ジャネットは考えを巡らせていた。
もし本当に、アンリエッタがカラリッドの血を引いていたら、どんな反応をするだろうか。侯爵家に行きたいと言うのなら、私は協力できるかしら。
もし、マーカスと結婚したいのであれば、侯爵家の地位は助けになるわ。でも、聖女として祀り上げられたら、苦労するのは目に見えている。
今だって、生活は大変そうだけど、自由がある。アンリエッタはその自由を引き換えにしても、地位と名誉、財産を欲しがるとは思えない。
いや、アンリエッタを侯爵家に行かせたくないのは、もう気安く会える立場でなくなるのが、一番嫌なのだろう。
そもそも、王女だとバレてから会っていないから、これまで通り接してもらえなかったら、どうしよう。
「ジャネット様。大丈夫ですか?」
いつの間にか頭を抱えていたらしい。向かい側の椅子に腰かけていたユルーゲルに、声を掛けられた。
「ちょっと、予想だにしなかったこともあったから、考えていたのよ」
「そうですね。ちょうど私がいた時代の聖女は、このカラリッド家の者でした」
「え? 本当?」
「はい。以前話しましたよね。その聖女は銀髪だったこと。その家系の特徴が銀髪であること。そして、ゾド公爵家の傍系だと」
「それが、カラリッド家?」
ユルーゲルは頷いた。
これが何を意味しているのか、疑問だけが残った。
生贄の証の模様である蔦が描かれた紋章。そして、アンリエッタの生家かもしれないことも含めて。
共通しているのは、蔦と神聖力。
「カラリッド侯爵家……か。気になるわね」
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